二十三 お約束

 翌日は、言われた通り朝一番にギルドに顔を出した。冒険者の朝は意外と早い。掲示板に張り出される依頼の中で、割のいいものを取れるかどうかはこの時間で決まるからだ。基本、依頼は早く取ったもの勝ちである。


 そのせいか、朝一のギルド受付前は混雑していた。


「おやおやあ? そこにいるのはユッヒ君に振られたティザーベルちゃんじゃないかなあ?」


 殊更大声でそうのたまうのは、年の近い冒険者で性格の悪い事で知られている男だ。大柄な体から繰り出される槍の破壊力は高いのだが、自分より弱いとわかった相手には居丈高で、強いと判断した相手には徹底的にこびる事でも知られている。


 そんな彼は、以前タッチの差で割のいい依頼をティザーベルに取られてから、何かと彼女を目の敵にしていた。


 ――うげえ、うざいのが絡んできた……


 露骨に顔を顰めたティザーベルは、それでも騒動を起こすまいと目の前に立ちふさがる男を避けてカウンターを目指す。


 だが、その進路上にまたしても男が割り込んできた。


「逃げるなよ」


 そう言ってにやつく男を見て、心の中がすっと冷めていく。どうせ今日明日にも出て行く街にいる奴だから、このままおとなしくやり過ごそうと思っていたのに、どうして向こうから煽ってくるのか。


 ――上等じゃない。


 これでもユッヒの事では鬱憤が溜まっているのだ。解消の手助けをしてくれるのだから、乗っからない手はない。


 そんなこちらの内心を知らない男は、ティザーベルが何も言い返さないのをいいことに、さらに煽ってきた。


「お前、もうユッヒとは一緒に仕事出来ないんだろう? 魔法士風情が一人で仕事なんて出来ねえんだから、俺たちのパーティーで拾ってやろうかあ?」

「へえ?」


 据わった目で男を見上げ、にやりと笑う。ついでに魔力を薄く放射し、相手が圧迫感を感じるようにした。


 普段は魔物相手に使う手だが、人相手でも有効らしい。いい実験台になってくれた男は、いきなり感じた奇妙な感覚に、引きつった顔をしている。


「随分面白い事言ってくれるじゃない。私が、あんたみたいなポンコツのいるパーティーに入るですって? しかも、拾ってやるだあ? 何様のつもりだよ、ああ?」


 笑顔のまま一歩踏み出せば、相手の男は一歩後退った。先程までの威勢はどこへやら、今は涙目になっている。こんなヘタレのくせに、どうして自分に喧嘩を売ってくるのか。


 ヘタレの仲間は同じくヘタレらしく、先程まで彼の背後で一緒ににやついていたというのに、今は顔色を悪くして怯えた表情を見せている。そんな様子にも腹が立ち、もういっそこのままこいつらのの意識を刈り取るまで魔力を放射しつづけようかと思った途端、カウンターの奥から声がかかった。


「そこまで!」


 ちらりと視線をやると、このラザトークス支部を預かる支部長、リサントだ。現役時代は名の知れた冒険者だったという彼は、この支部でも頼れる存在と言われている。


 ギルドでは、信頼度や依頼達成度を等級で表す。駆け出しの十級から始まり、上位の一級、その上の特級となると一つの街に一人いるかいないかの人数だ。


 特級の上は初段となり、そこからは二段、三段と上がっていく。リサントはその初段に上がる手前で引退したそうだ。そのせいか今でも眼光は衰えを知らず、荒くれ者揃いの冒険者達を時に力ずくで抑えるという。


 リサントはティザーベルに絡んでいた男達を睨み付けると、顎で掲示板を指した。


「お前ら、こんなところで管巻いてないで、とっとと依頼受けてこい」


 さすがに支部長に逆らう気はないらしく、彼等は這々の体で掲示板へと向かって行く。


 その姿を内心ざまあみろと見送っていたら、リサントの視線がこちらに向いた。


「お前も、あいつらの相手なんぞするんじゃねえよ。らしくもねえ」

「えー? 私はただ口げんかに応じただけですよー。それに、私らしくないってどういう事よ?」


 リサントに対してそうとぼけると、彼はにやりと笑う。


「俺は魔力が見えるって、言わなかったか? あいつ等に何やったか、ここで一から説明してほしいのかな?」

「ちぇー」


 まさか放出していた魔力が見えていたとは。さすがは初段間近と言われた元冒険者だけはある。


 そのリサントは、眉間に軽く皺を寄せてティザーベルを見下ろす。


「大体、いつもならあいつ等の憎まれ口なんぞ軽くいなすだろうが。今日に限ってどうしたよ?」

「気分?」


 顎に人差し指をあてて小首を傾げながら答えると、げんこつが落ちてきた。暴力反対と主張したら、魔力を使った威圧も立派に暴力だと返されて言葉に詰まる。これだから支部長は苦手なのだ。当人は女性受けのいい、渋みのあるいい男なのだが、ティザーベルにとっては頭の上がらない相手であった。


 でもおかげでカウンターまでの空間が開いた為、ようやくセロアの元へ行ける。


 昨晩は結局車を雇って彼女の部屋まで送っていった。街中を走るのは、小型のトカゲを使った車である。馬よりも安価に手に入り、飼育も楽なのでこの街では使っている者が多い。


 普通ならいくら女とはいえ成人を抱えて車に乗せたり部屋まで運んだりするのは大変なものだが、そこは魔法職、全て魔法で楽にこなせるのだから助かった。


 そのセロアは、二日酔いの様子もみせずにカウンターに座っている。


「おはよー」

「おはよう。朝っぱらから元気な事」


 朝の挨拶をしたら、呆れた表情に出迎えられた。


「文句は向こうに言ってよ。私は応戦しただけなんだから」

「そういう事にしておこうか。あ、これが例の依頼。やっぱり、帝都までの護衛なんだけど、途中であちこちの街に立ち寄るらしいの。時間かかりそうだけど、大丈夫?」


 そう言ってセロアが出してきた依頼票に目を落とす。依頼人は確かにデロル商会ラザトークス支店長ゴーゼ、内容は七号水路を使って帝都へ向かう旅路の護衛、特記事項として、水路沿いにある街のデロル支店に全て立ち寄るのと、交通費、滞在費は片道分のみというものだ。


 帝国内には運河が張り巡らされていて、それぞれ番号で管理されている。七号水路とは、帝都とラザトークスを結ぶ水路の事だ。この番号が若い程、古い水路なのだとか。


 七号水路の始点は帝都で、終点はラザトークスになる。その間に十一の街があり、その全てにデロル商会の支店があるそうだ。


 カウンターで依頼票を見つめながら、ティザーベルがぽつりとこぼす。


「支店全部回るって事は、各停を使うって訳か」


 水路を行く船には、各停と直通の二種類がある。直通は快速船を使って街から一挙に帝都へ行く船の事で、途中の街には立ち寄らない。


 各停は通常の船で、水路沿いにある街には全て立ち寄る。大体街から街へは一日の距離なので、ラザトークスから各停を使って帝都へ向かうと、大体十二日かかる計算だ。


 ちなみに、直通の場合五日以内に到着するという。その分、直通の運賃の方が各停のそれより高めに設定されている。


 大店であるデロル商会が運賃をけちるとも思えないので、帝都到着より支店巡りが優先される仕事なのだろう。


「ふーん……ゴーゼさん程の商人が、そんな使いっ走りみたいな事、やるんだね」

「デロル商会は厳しい事でも有名だから、支店長といえど安泰じゃないのかもね。で、受ける?」

「もちろん」

「了解。あ、それと、これがあんたの紹介状。なくさずに本部に提出してね」

「OK」


 セロアから一通の封書を受け取ると同時に、受注の手続きをしてもらった。依頼票に受領印をもらうだけなので簡単である。この受領印も魔力が通されていて、偽造不可だそうだ。


 その依頼票を持って、大通りにあるデロル商会ラザトークス支店へ向かった。ギルドからは歩いて十分程度の場所にある。


「いらっしゃいませ」


 応対に出てきた店員に依頼の件を告げると、すぐにゴーゼに取り次いでくれた。


「やあ、あなたが依頼を受けてくれたんですね、ティザーベルさん」


 奥から出てきたゴーゼは、恰幅のいい四十路絡みの男性だ。いつでも朗らかな笑顔で、誰に対しても丁寧な対応をしてくれる。だからといって、ただ優しいだけの人物ではない。大店の支店を任されるだけあって、なめてかかると痛い目を見る人物だ。


「訳あって、帝都まで行く必要があったものですから」

「そうでしたか。依頼票特記事項の方は確認してもらえましたか?」


 依頼票には、依頼主から特記事項が記入される事がある。今回は、交通費と宿泊費は片道分だけというものだ。


 ラザトークスを拠点にしている冒険者だと、自腹で帝都からここまで戻ってくるのはかなり痛い。値段の安い各停でも片道二十万メロー、直通だと片道だけで五十万メローだ。各停の場合は宿泊費もはいるので、最低ラインの木賃宿を選択しても一日二千メローかかる。


 冒険者の収入はピンキリだが、これだけの金額を出せるのは基本的に上位の冒険者だけだ。下位ではその日暮らしがやっとの収入しか得られない。


 ――それ以上の金額を借りてたユッヒも、貸した私も大概よねえ。


 だが、そんな事はおくびにも出さず、ティザーベルはにっこりと笑った。


「大丈夫です。戻ってくる時には、また依頼を受ければいいだけですから」


 基本、護衛依頼の場合は移動の交通費と食費、宿泊費は依頼者持ちとなる。もっとも、ラザトークスに戻ってくる予定は今のところない。故郷ではあるけれど、捨てて惜しいものなどここにはなかった。


 ティザーベルの返答に笑顔で鷹揚に頷いたゴーゼは、早速出立の予定を決めて行く。基本、ティザーベルの仕度は必要ないので、依頼人であるゴーゼの仕度が整えばいつでも街を出る事が出来るのだ。


「私の方も、既に準備は出来ています。では、船の手配をしましょう」


 その場でゴーゼは船着き場まで人をやった。デロル商会で待つ事約三十分、使いの者が切符を手に戻ってくる。


 ラザトークスから各停で帝都へ行く人間などほとんどいないので、切符は簡単に手に入ったようだ。


「では、こちらが片道の切符です」


 そう言ってゴーゼから渡されたのは、綺麗に成形された木片に、出発地と到着地、それに各停という文字が焼き印で押されているものだ。これが帝都までの各停の船の切符になるので、帝都到着までなくさないようにしなくてはならない。


 もらった切符を肩掛け鞄に見せかけた移動倉庫にしまい込み、明日の朝の待ち合わせを決めて、ティザーベルは一旦帰宅した。


 この街出身の彼女は、宿暮らしではなく部屋を借りている。とはいえ、ギルドの口添えがなければここも借りる事は出来なかった。ラザトークスにおける「余り者」排除の考えは、とても根深い。


 十五までにどこの家にももらわれないという事は、何かしら問題がある人間だと思われるらしい。辺境の閉ざされた環境では、異分子を極端に嫌う。それが余り者や余所者を嫌う土壌になっているそうだ。


 ユッヒはどうかしらないが、ティザーベルは異分子という言葉に心当たりがある。前世の記憶を持っていた為に、幼い頃から子供らしくない子供だったのだ。


 おそらく、それが原因だろうけど、彼女をお試しで預かった家庭はどこも孤児院に返す理由に「気味が悪い」と口を揃えて言っていたという。


 日本で成人した記憶を持つ人間が、転生したからといって子供の振りなどそう出来るものではない。三回目のお試しから戻された時点で、もう諦めはついていた。


 幸いな事に、ティザーベルには魔法の素質があったし、帝国は魔法士を育成する事に力を入れているので、本来なら高価な魔法書も無料で手に入れられる。


 教師までは手配してくれなかったので独学になったが、それも今ではいい方向に作用していると思う。どうも、魔法の勉強は教わる教師によって大分偏りが出るらしいのだ。それを知ったのは成人した後だったが。


 独学故に人と少し違う魔法の使い方をするティザーベルは、逆にまっとうな術式の使い方が今一つわからない。特に魔法道具作りで使う術式だ。


 本来、魔法道具作成は専門的な技術を徒弟制度で学ぶという。でも、魔法書には基礎の基礎が記されていたので、それを頼りにいくつか作った事があるのだ。今も肩からかけているこの移動倉庫がいい例である。


 拡張鞄は、普通なら空間を拡張するだけなので容量限界があるけれど、移動倉庫に関しては完全に別空間を作り上げているので、理論上限界はない。


 それに加えてあれこれ手を加えて、他の人には見えない画面を出して中身の確認やソートや分類などが出来るようになっている。やたらと作るのに時間がかかったし、本来なら高価な触媒も大量に使った。


 触媒に関しては、東の大森林に行って自分で採取してきたものなので、基本無料である。こういう時、冒険者をやっていて良かったと心底思うのだ。


「……何にもない部屋だなあ」


 着替えや生活必需品などは全て鞄に入っているので、部屋にあるのは備え付けのベッドとテーブル、椅子くらいのものだった。


 もっとも、部屋は物置程度の広さしかないので、何も置けないというのが正しいのだが。これでも不自由はなかったから、問題はなかった。


 ここを借りて約二年。大家には嫌な思いをさせられた事もあったけど、過ぎてしまえばいい思い出……にはならないが、どうでもいいと思える。


 さっと掃除をした後、鍵を大家に返しに行った。相変わらずこちらを胡散臭そうな顔で見てくるが、今日で部屋を引き払うと言ったら満面の笑顔に変わったのが腹立たしい。


 何やら部屋の修繕がどうのと言っていたが、ティザーベルのした契約では修繕費用は発生しないのでそこは強調しておいた。この部屋を借りる際にはギルドが間に入っているので、何かあればそちらに、と言うと大家は黙った。


 今夜は冒険者御用達の安宿に泊まる。いわゆる木賃宿で、宿泊費は前払い、宿帳なども書かないずさんさではあるが、その分気軽に利用出来る宿でもあった。


 明日の朝は早い。ティザーベルは部屋に簡易の侵入阻害結界を張ってから眠りについた。

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