十八 勝手にしやがれ

 ヨストに戻ると、港にはハドザイドが向かえに出ていた。


「戻ったようだな」

「どーも……」


 パーティー内でのハドザイドの担当はいつの間にかティザーベルになっていたらしく、彼が出てきた時点でレモは絶対に前に出てこない。同じ魔法士同士だからいいだろうという事のようだ。


 結局、ハドザイドの案内で海賊になった魔法士達と面会する事になった。道すがら、取り調べた内容を教えてくれる。


「彼等四人は、魔法士部隊の派遣先で脱走したそうだ。派遣先は北部、ビナーが他の三人をとりまとめて脱走したらしい」


 脱走の直接原因は、やはり貴族隊員の横暴に腹を据えかねてのものだったという。北部への派遣そのものが貴族隊員の尻ぬぐい的なものだったそうで、その派遣先でも同じ失敗を繰り返そうとする彼等に嫌気がさしたのだとか。


「ちなみに、失敗って何やったんですか? その無能貴族」

「魔法薬精製だそうだ。調べたら、無能共は魔法薬学を修めてなかったらしい。いつもは平民隊員にやらせていたそうだが、簡単そうに見えたので自分も出来ると出張った結果、部屋一つ吹き飛ばす事態になったそうだ」


 ちなみに、魔法薬学は脱走者四人のうち二人が修めていたそうだ。その知識と技術を使うだけ使わせて、評価だけ貴族達が横取りしていたらしい。


 帝都での失敗を受けて、無能貴族二人と、ビナー含む平民隊員四人が北部へ派遣されたそうだ。北部には、魔法薬の材料となる貴重な植物がある。その採集が仕事だったのだが。


 ここでも無能貴族が無能さを発揮し、似ているが全く効能の違う植物を採集しようとして、止めた平民隊員を殴ったそうだ。これが直接の原因となって、平民隊員四人が脱走した。


「無能貴族は、平民隊員の脱走の咎は受けなかったんですか?」

「上には嘘の報告をしていたそうだよ。四人仲良く採集中に崖から谷底に落ちたと言っていたそうだ」


 ハドザイドの返答に、ティザーベルはげんなりした。本来なら、谷底に落ちた魔法士の亡骸を探すから嘘などすぐにばれるだろうに。部隊がそれすらしなかったから、嘘が通ったのだと丸わかりだ。


「魔法士部隊って、相当な部隊だったんですねえ」


 今は再編成が進んでいて大分ましになったと聞いたが、それでもヤバすぎて近寄りたくもない。うんざりした様子のティザーベルを、ハドザイドも窘める事はしなかった。


 そんな彼は、思い出したように付け加える。


「ただ、一つ気になる事が」

「何です?」

「魔法士達は個別に取り調べたのだが、三人が三人とも、ビナーについておかしな事を言っていたんだ」

「おかしな事?」


 それはもしや、ティザーベル達のパーティー名に反応した件ではなかろうか。そう思っていると、ハドザイドの口からは意外な言葉が出てきた。


「脱走する直前、たった一晩で人が変わったようになったと、口を揃えて言っている。以前のビナーは、あんな積極性はなかったというのだ」


 他にも細かい違いがあるそうだが、残念ながら以前のビナーを知っている者はここにはいない。


 ティザーベルは、ぽつりとこぼした。


「憑依……」

「何か言ったか?」

「いえ、何でも……」


 ティザーベルは、ハドザイドの言葉に一つの仮説を立てた。もしそうだとしたら、人が変わったようだというのは納得出来る。憑依型の転生で、途中から肉体を乗っ取ったのなら辻褄はあうのだ。実際、「人が変わった」のだし。


 その場合、元の「ビナー」がどうなっているのか、ティザーベルにはわからない。パーティー名を付けた時には、同じ境遇で辛い思いをしている人に手を差し伸べたい、という思いだけだった。


 まさか、今生きている帝国人の体を乗っ取るタイプの転生者がいたとは。


 ――どうするかな……憑依を解く事が出来ればいいんだろうけど、さすがにそんな術式知らないし。


 どちらかといえば、これは悪霊祓いの世界ではなかろうか。だとしたら、魔法士ではなく教会の領分だ。


 悩むティザーベルを余所に、一行は海賊達が集められている共同浴場に到着した。何故この場所なのかというと、これ以上大きな建物が街にはないから、だそうだ。


 浴場の一室に、魔法士達は軟禁されている。その中から、ビナーだけを呼んできてもらう事にした。


 入ってきたビナーは、両腕に手錠をはめられている。ティザーベルが捕縛用に使っていた魔力の糸は全て回収済みなので、あの手錠で魔力と行動を封じられているのだろう。


 ビナーはふてくされた様子で、簡素な椅子に腰を下ろした。ティザーベル達がいるこの部屋は、天井は高いが狭い部屋で、本来は少人数用の蒸し風呂だそうだ。そこにテーブルと椅子だけを入れている。


「ちょっと聞きたい事があるんだけど」


 ビナーの対面に座ったティザーベルが口を開く。彼女の背後には、ヤードとレモが立っていた。万が一もないとは思うが、一応の護衛役である。


 ティザーベルの言葉に、ビナーはふいっとそっぽを向いた。この状況が余程お気に召さないらしい。


 ティザーベルは、手を変えてみた。


『あんた、いつからここにいるの?』


 日本語で話しかけたのだ。これにはさすがにビナーも反応した。驚いた様子でこちらを見た後、一気にまくし立てる。


『やっぱり! あんたも日本人の転生者だよな!? だからお代官様なんてパーティー名付けたんだろ? つか、何でお代官様よ? もっと他になかった訳? それにしても、他にもいるなんてなあ。あ! なあ、あんたも魔法使えるんだよな? やっぱ俺最強! って思ってる? あ、女子だからあたし最強、か。いやあ、魔法使えるなんて最高だよなあ。でも、俺まだよく使い方わかってなくてさあ。こう、格好良くファイヤーボール! とかウォーターカッター! とかやりたいんだよねえ。やり方、教えてくんない?』


 あまりの事に、ティザーベルも突っ込む暇さえなかった。どうしよう、これ。とりあえず、困っている訳ではないのだから、見捨ててもいいかもしれない。所詮、ティザーベルでは憑依状態を解除出来ないのだし。


 あまりの事に言葉をなくしている彼女の態度をどう思ったのか、ビナーはまくし立てる。


『なあなあ、出来んだろ? いいじゃんけちけちせずに教えてくれたって。同じ日本人のよしみでさあ。あ、それと獣人とかエルフとか知らねえ? 探そうにも大っぴらに動けなかったからさあ。海賊にでも入れば何とかなるかと思ったのに、あいつら捕まっちまうし、俺までとばっちり受けるし。やっぱこう、異世界来たらケモミミ娘とエルフとでハーレぐはああ!』


 最後まで聞いていられず、思わず電撃を使ってしまった。いや、ハーレム作りたいなら勝手にやれやと言いたいが、その前に自分の立場を理解出来ていたのだろうか。


「とばっちりって……十分主犯だろお前」


 机に突っ伏すビナーを見て、ティザーベルは呟いた。おそらく、今のビナーに彼女の言葉は聞こえていまい。手加減が大分緩んでしまったので生きてはいるけれど、多分しばらく目を覚まさないだろう。


「……大丈夫なのか?」

「生きてるから平気」

「いや、そうでなくてな?」


 ヤードとレモが何か言ってきているが、気にしない。ビナーを連れてきた兵士も目を丸くしているが、何も言われないのだから問題はないのだ。


 話は終わったとして、三人はその場を後にする。ヤードとレモからの視線が少し痛いけど、今は何も言いたくなかった。


 ――せっかく見つけたと思ったのにな……あんな勘違い野郎じゃ、近寄りたくもないわ。


 どのみち、ビナーは海賊行為を行った重犯罪者として裁かれる。魔法士部隊脱走の罪も加算されるだろうから、かなり重い罰が科せられるのではなかろうか。


 それも全て、ティザーベルが関わる事ではない。困っている転生者ではあっても、自業自得の犯罪者を手助けするつもりはさらさらなかった。




 翌日、街を離れる旨をハドザイドに伝えに行くと、何やら妙な顔をされた。何かあるのかと聞いたところ、どうもビナーの様子が昨日からおかしいらしい。昨日というか、ティザーベルと話した後からだそうだ。


「彼の仲間の魔法士によれば、元の彼に戻ったそうだ。記憶も何やら曖昧らしく、何故自分がここにいるのかわからないと首を傾げていたよ」


 ハドザイドも訳がわからないそうで、こんなおかしな事もあるのかと言っている。だが、ティザーベルには心当たりがあった。昨日の電撃だ。


 もしかしたら、あの時のショックで憑依が解けたのかもしれない。とはいえ、確認する気もないし、したくもないのでこの話はここまでだ。


「それはそうと、こちらは今回の依頼票だ」


 そう言ってハドザイドはヤサグラン侯の署名が入った依頼票を差し出してきた。今回の依頼は中央政府からのものだが、責任者という事でヤサグラン侯が署名してくれたらしい。これで正式に依頼完了になる。


 ティザーベルが依頼票をいつも肩からかけている鞄にしまうと、ハドザイドが尋ねてきた。


「帝都までは、軍艦に乗っていくか? 侯爵様から許可は得ているぞ」

「……どうする?」


 ヤードとレモに聞いてみると、二人とも船を選んだ。陸路を行くとなると、水路が使える街まで徒歩になる。それが面倒なのだろう。


 ティザーベルも特にその意見に反対する理由はなかったので、申し出をありがたく受ける事にした。


「今からなら、一番早い船に乗れるが、どうする?」

「よろしくお願いします!」


 特に荷物などはない。というより、ティザーベルが常に肩から掛けている鞄に全て収納されているので、荷造りの時間がいらないのだ。


 港には、他の軍艦より一回り小さい船が停泊してた。足の速い船で、帝都への報告の為、他の艦に先駆けて出航するのだという。ついでに、ティザーベル達を乗せていってくれるという訳だ。


 ハドザイドに案内されて乗り込んだティザーベルは、海を見ながら呟いた。


「さー、海上でも何か出るかなー?」


 海の魔物にはあまり縁がない。何か珍しい素材が取れる魔物と出会えるといいのだが。


 機嫌のいいティザーベルの後ろで、ヤードとレモがげんなりしていた事を、彼女だけが知らなかった。

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