十七 追加報酬
街中は、思っていたよりも綺麗だった。辺りを見回しながら、ティザーベルはぽつりと呟く。
「もっと血だらけかと思った」
「そのまま放っておく訳ないだろう?」
はっとして振り向くと、ハドザイドが立っている。まさか、彼が背後にいるとは思わなかった。もう危険はないと思い、索敵をしていなかったのだ。ぬかった。
「『掃除』は我々魔法士でやっておいた。君のお仲間は向こうにいるよ」
「ありがとうございます」
ティザーベルは一礼してその場を去りかけ、思い出したようにハドザイドを振り返る。
「あ、そうだ。捕まえた魔法士の一人、ビナーと話って、出来ますか?」
「こちらの取り調べが終わった後なら構わないが……何かあったのか?」
「えーと、ちょっと個人的な事です。あ、ヤード達が心配だからもう行きますね」
ハドザイドの探るような視線から目を反らし、簡単に誤魔化してその場を立ち去った。背後から何か言われた気がするが、気付かないふりで逃げ切る。
ヤード達の居場所は、魔力の糸ですぐにわかった。
「お疲れー」
「おう」
「そっちはどうだった?」
ヤードとレモは、巡回衛兵隊と一緒にいた。ぱっと見、怪我をした様子などは見られない。
「無事に依頼完了したよ。そっちも、問題ないみたいね」
「まあな」
「ヤードはまだしも、おじさんはどうやったの? いつもみたいに爆発させてたら、街が壊れてるよね?」
ヤードのメインウェポンは大剣だ。狭い場所では扱い辛くなるかもしれないが、街を壊す程ではない。それに比べると、レモは爆発物を使う。下手をすれば、街の建物を壊す可能性が高かった。
レモの返答は、意外なものだ。
「使った武器はこれだ」
彼が見せてきたのは、少し変わった形の両刃のナイフだった。柄が殆どなく、手のひらから刃先が少し出る程度の大きさだ。前世で見た「クナイ」に似ている。
「近接戦闘用のナイフだね」
「別に接近戦が出来ない訳じゃねえからな」
何でもない事のようにそう言うと、レモはナイフを腰の後ろのホルダーに戻した。これ以上は、話を聞けない雰囲気だ。
辺境の治安保持の為に中央から派遣される巡回衛兵隊と、軍監察であるヤサグラン侯率いる軍部隊との混成部隊は、街中に入り込んでいた海賊達及びその協力者達を捕縛している。今回捕縛された連中は、海上で軍艦に捕縛された海賊と共に軍艦に乗せられ、帝都へと送られる手筈になっていた。
帝都へ護送する前に簡単な事情聴取が行われるらしく、一時的に占有した共同浴場の一室に軟禁されているのだとか。
おそらく、ティザーベルが捕まえた魔法士達もそちらに入れられているのだろう。
「この後って、私達はどうするの?」
「さあ?」
「嬢ちゃんの方で、何か聞いてねえのか?」
「いや、全然」
レモの言葉に首を横に振る。そういえば、ハドザイドからも何も聞いていなかった。さすがにこのまま街を出ていいとは言われないだろう。何より、ミドの身柄をヤサグラン侯の部隊に預けっぱなしだ。
どうしたものかと思っていると、調度よく声がかかった。
「三人とも、ヤサグラン侯がお呼びだ」
呼びに来た兵士の言葉に、三人で顔を見合わせた。
ヤサグラン侯がいたのは、ヨストの領主であるガーフドン男爵の邸だった。ヨストからは船で三十分程の海岸線にある、壮麗な建物である。
「わー、すごーい」
棒読みな声で言ったティザーベルに、ヤード達は苦笑するばかりだ。確かに男爵という地位から考えれば、過ぎた邸である。漆喰で白く装飾された外壁、凝った装飾、柱や屋根には彫像もある。
邸の持ち主である男爵は、既に捕縛されてヨストの街で護送待ち状態だ。使用人達もまとめて街に送られているので、現在この邸にいるのはヤサグラン侯と彼の配下のみだそうだ。
通された部屋には、ヤサグラン侯爵ともう一人、見慣れぬ男性がいる。年の頃は侯爵と同じくらいか。着ている物などから見て、彼も貴族階級だ。
「おお、よく来たな」
「お呼びだと聞きました」
侯爵の言葉に、パーティーを代表して答えるのはレモだ。三人は促されて、侯爵達の前のソファに座る。
「今回呼んだのは、私ではなくてこちらでな」
そう言って紹介された貴族男性は、ガーフドン男爵のさらに上にいる領主、ハドレイ辺境伯だという。
「今回は我が領の不正をただすのに、手を貸してくれた事に感謝する」
そう言うと、ハドレイ辺境伯の背後から男性が布のかかったトレイをテーブルに置く。
「これは今回の私からの報償だ」
ハドレイ辺境伯が布を取り払うと、トレイの上に乗っていたのは小金貨が三枚乗っていた。小金貨は一枚で一千万メローである。つまり、トレイの上には三千万メローが乗っているのだ。
思わず、ティザーベルはヤード達と顔を見合わせた。正直、今回の追加依頼だけでこれだけの報酬を得ていいものかどうか。
視線でのやり取りはほんの数秒だ。
「ありがたいお話ですが、これはちょいといただき過ぎですな」
「ほう?」
「ギルドの規定でいけば、十分の一でいいはずですぜ?」
十分の一でも一人頭百万メローである。追加報酬としてはかなりおいしい。
貴族相手でも言葉使いはそのままのレモだが、冒険者という立場上相手も文句は言わないようだが、レモの言い分には意地の悪い笑みを浮かべている。
「規定より多く払うというのに、文句を言うのか?」
「文句ではなく、過ぎた報酬は気が引けるだけですよ。特に貴族の方相手は後が怖い」
レモの冷静な言葉に、ハドレイ辺境伯はじっと彼を見ている。何かを探るようなそのまなざしに、ティザーベルまで居心地が悪い。心なしか、部屋の空気まで張り詰めているように感じる。
しばらくそうしていたハドレイ辺境伯に、ヤサグラン侯が苦笑いを浮かべた。
「いい加減にせんか、ハドレイ。やり過ぎると嫌われるぞ?」
「ん? そうか」
先程までの緊迫した空気はどこへやら、ハドレイ辺境伯はからからと笑い出した。一体、何なのだろう。ともかく、詰めていた息を吐き出したティザーベルは、まだ笑っている辺境伯を見た。こうして見ると、ヤサグラン侯と同じで気さくな人物に見える。
そのハドレイ辺境伯は、ひとしきり笑った後に言った。
「すまんな、少しばかり試させてもらった」
「そんな必要はないと言っておいたのだがなあ」
隣のヤサグラン侯は苦い顔だ。二人のやり取りを見るに、大分気安い仲らしい。
「近頃評判の冒険者パーティーを、こいつが贔屓にしていると聞いてな。お前達には悪いが、儂はどうも冒険者という者が好かん。こいつが何やら騙されているのではないかと思って、気が気ではなかったのよ」
「人の目を節穴扱いしおって。お前の方がとんだ節穴ではないか」
「違いない」
そう言ってまた笑い合う侯爵と辺境伯を見て、何だか毒気が抜かれたティザーベル達だった。
結局、追加報酬として一人頭百万メローを無事受け取り、ティザーベル達はヨストに戻る事になった。
「ご苦労だった」
「これも仕事でさ」
最後まで、対応はレモに任せっきりだ。辺境伯が冒険者を好かないように、ティザーベルも貴族があまり好きではない。ヤサグラン侯は別だが、これまで出会った貴族にはろくなのがいなかったからだ。おそらく、ハドレイ辺境伯もろくでもない冒険者にしか会った事がないのだろう。その辺りはお互い様だ。
邸を後にする時、ヤサグラン侯が思い出したように言った。
「ああ、そうだ。ハドザイドから連絡が来ていたぞ。もう話が出来る、と言っていた」
ビナーの件だ。あちらでの取り調べが終わったらしい。侯爵に礼を述べてから、船に乗った。これからヨストに向かい、転生者(仮)との対面だ。
「でも、何だかあれは違う気がするなー」
「何か言ったか?」
「何でもなーい」
別にビナーが生活に困っているのでなければ、手を差し伸べる必要もない。一応ざっと話を聞ければそれでいいと結論づけ、ティザーベルはヨスト方面に視線を向けた。
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