十六 えー……?
崖の上には、縛り上げられた人々と共に、大型の船が転がされている。勢いで船も一本釣りしてみたが、その後どうすればいいのかわからないティザーベルは、そのまま放置する事にしたのだ。
「あとで向こうが何とかするでしょ」
さすがにそこまで責任は負えない。命令通りに魔法士及び海賊の頭は捕縛したのだから、これでいいだろう。
とりあえず、仕事は終わったと連絡を入れなくては。ティザーベルは、通信用の魔力の糸を飛ばす。相手はヤサグラン侯配下のハドザイドだ。
『こちら崖の上の釣り人、依頼完了です』
『こちらもそろそろ終わる。もうじき人をやるから、その場で待機せよ』
それだけ言うと、ハドザイドは通信を切ってきた。街中の騒動も収まったらしい。そういえば、崖から海を見るとちょうど街は背中側になるのだが、そこからかすかに届いていた音が今は何も聞こえない。ヤードとレモの話は出なかったから、彼等も無事なのだろう。
それにしても、今回は疲れた。対人は気を遣うので、なるべくならやりたくないというのに。
「結構皆、誤解しているよねー」
対人の場合、殺さないように気を付けなくてはならないので、人外相手より細かい制御が必要になる為気疲れするのだ。だから人外専門を謳っているのだけれど、それをわかってくれる人は殆どいない。
もっとも、ハドザイドとは出会いの時からして人相手にあれこれやってるせいで、今一つ信じてもらえないようだが。
ティザーベル的には、あれも緊急事態故で、常からやっている訳ではない。その辺りはギルドでの活動履歴を調べてもらえればわるだろう。殆ど魔物相手の依頼ばかりだ。
とはいえ、パーティー結成当時にいくつか大きめの盗賊団を潰しているし、余所のパーティーに手伝いで入った時にも盗賊団のアジトを潰した事がある。おかげで「オダイカンサマは盗賊殺し」というおかしな噂まで出回った事があるのだ。そういう連中には、捕縛はするが殺した事などないと言いたい。
「失礼しちゃうわよね、本当!」
噂など、面白おかしくあればある程出回るものだ。結成当時から割と高額の依頼を引き受ける事が多いオダイカンサマは、周囲のパーティーやソロからやっかみを受ける事も多い。それらも、妙な噂が出回る原因の一つだろう。
ちらりと見た海上は、こちらも片が付いたらしく、海に落ちた海賊達を軍艦が拾っているのが見えた。生きていれば捕縛、沈んだらそのまま海の藻屑である。
海賊に同情は出来ない。牢屋でソガ達に聞いた話では、沈まなかった冒険者達や捕らえた商船の乗組員は、全員東の国に奴隷として売り払ったというのだから。彼等がこれから地獄を見たとしても、全て自業自得だ。
「う……ん……」
呻くような声が聞こえる。最初に釣り上げた魔法士かと思いきや、彼等はまだ気を失ったままだ。気のせいか、なにやら臭う気がする。
「ばっちいので近づかないどこ……」
魔法を使えば綺麗にする事も出来るが、それは後で自分達でやればいい。元魔法士部隊にいたエリートのはずなのだから、攻撃術式以外にも使えるだろう。
海賊の中で一番最初に目を覚ましたのは、最後に船ごと釣り上げた魔法士ビナーである。
「ここ……え……?」
意識がはっきりしたのか、自分が拘束されている事に気付いたようだ。海賊達は、白い糸で簀巻きにされていた。
この白い糸は、ティザーベルの魔力の糸を物質化したものだ。糸そのものに拘束と魔力を封じ込める術式を展開させてある為、魔法士達は術式を使えない状態である。
今回釣り上げた連中には、衝撃に耐えられるよう丁寧に防御結界を張っておいたし、着地の際にも衝撃を全て急襲するようネットを張っておいたから怪我一つない。
――精神的なショックまでは、責任負わないけど。
一人ずつ釣り上げた魔法士達は、覚悟も何もなくいきなり逆バンジーをさせられたのだから、精神的ショックは大きかっただろう。心臓の弱い人なら、やばかったかもしれない。次に同様の依頼がきたら、意識を刈り取ってから釣り上げなくては。
そう思っているうちに、ビナーが騒ぎ出した。
「何だよこれ!? どこだよここ!?」
「ここは崖の上。で、あんたは私に釣り上げられた海賊。わかった?」
「へ……? 釣り上げた……?」
「後ろ、見てみなよ」
ティザーベルの言葉に後ろを振り向いた敵の魔法士は、更なる驚きの声を上げる。
「な、なななな、なんでえええ!?」
彼の目の前には、先程まで彼等が乗っていた海賊船があったのだ。海上からここまで目算で約二十メートルはあるのだから、普通はあり得ない光景だ。
「なんで船が崖の上にあるんだよ!? つか、どうして俺、ぐるぐる巻きにされてんだよ!?」
ビナーが喚いているが、ティザーベルはわざとらしく耳を塞いで答えない。こちらが何も話す気がないと悟ると、ビナーはわざとらしく落ち込んだ。
「何だよもう……クソな部隊からやっとおさらばしたと思ったのに……俺の輝かしい人生を返せ」
何を勝手に言っているのやら。百歩譲って魔法士部隊から脱走したのは同情するが、その後がいただけない。
海賊に入って商船を襲ったり、討伐に参加した冒険者達を海に沈めたのは法に背く行為だ。しかも、ソガ達によれば生き残った者達を奴隷として売っている。
それらにビナー達魔法士がどこまで関わっているかはしらないが、海賊に協力した時点で同罪だ。
うなだれてぶつぶつぼやいているビナーの背後で、海賊達がぞくぞくと目を覚ましてきた。うめき声がそこかしこから聞こえる。
中でも声が大きな者がいた。
「おおい! 何じゃこりゃあ!?」
声だけでなく、態度もでかい。周囲の海賊達の声から、彼が海賊のお頭だとわかった。彼もまた、周囲の人間同様船から下ろした後に魔力の糸で簀巻きにしている。お頭はビナー同様、簀巻き状態がお気に召さないらしい。
「何で陸にいるんだ? しかも何縛り上げてやがんだてめえ」
簀巻きにされて転がされているというのに、まだこちらを睨み付ける元気があるとは。簀巻きにする際にざっと身体検査をして、武器になるものは全て取り上げ済みだ。もっとも、普通のナイフ程度では簀巻きの糸は切れないけれど。
睨み付けてくる頭に、ティザーベルは簡単に説明した。
「私があんたら海賊を全部捕縛したから。ちなみに、街中にいる連中も、今頃は全員捕まってるよ」
「何だと?」
頭は改めて周囲を見回している。仲間の顔があった事で、ティザーベルの言葉が正しいと判断したのだろう。再び彼女を睨み付けてきた。
「おい、小娘。俺らにこんな真似しておいて、ただで済むと思ってねえだろうなあ?」
簀巻きにされた海賊に凄まれても、怖くもなんともない。逆にちょっと油断すると吹き出しそうになるので困っている。
そんな事はおくびにも出さず、ティザーベルは続きを促した。
「ただで済まないなら、どうなるってのよ」
「さあ、どうなるだろうなあ?」
にやつく頭に、笑いを通り越していらっとする。こちらが若い女一人だから、高圧的に出れば意のままに操れるとでも思ったのだろう。ついさっき言ったティザーベルの言葉も忘れているらしい。普通の女が、船ごと海賊を捕縛出来るわけなかろうに。
半ば呆れた様子で見下ろしていると、頭は彼女が恐怖で何も言えないと思ったようだ。何やら得意満面で語り出す。
「まずは東の国に連れて行って奴隷市場に出すかな。あそこじゃあ、帝国の犯罪奴隷も真っ青の扱いになるから、相当酷い目にあうだろうよ。その前に、俺らにこんな真似したツケを支払ってもらうがな」
頭の言葉に、周囲の海賊どももにやにやとしている。簀巻きにされている現実が理解出来ないでいるとは、この海賊達はどこまでおめでたいのだろう。
ティザーベルは一つため息を吐いてから、言い放った。
「……あんたバカ?」
「ぶほっ!」
何故かビナーが吹き出したが、放っておく。
「現状をよく考えなね? 仲間が全員縛られて身動きとれない状態なのに、よくそんな戯言が言えるもんだわ。あ、魔法士に助けてもらおうとか考えない方がいいよ。彼等の魔力はきっちり封じてあるから。それと、ガーフドン男爵にどうにかしてもらおうとしても無駄だよ。そっちも今頃捕まってるから」
魔法士の厄介さは、同じ魔法士であるティザーベルもよく知っている。だからこそ、ハドザイドは彼等の捕縛を彼女に依頼してきたのだろう。
領主のガーフドン男爵に関しては、ハドザイドから簡単に聞いている。大体、今回のヨストの問題の半分以上は男爵の責任だ。それを見逃すヤサグラン侯ではない。
ティザーベルの言葉を聞いたお頭達は、さすがに顔を青ざめさせている。それはそうだろう、優位に立っているとばかり思っていたのに、切り札が全て封じられていて詰んだ状況になっているのだから。
ようやく現実がわかってきた頭は、震える声で聞いてきた。
「お……おめえ、何者だ?」
「ただの冒険者よ。今はちょっと特殊な依頼を受けているけど」
ティザーベルはあえて一部ぼかして伝える。さすがに、ギルド本部長から直接依頼を請け負っているとは言えない。大本の依頼は、さらに上の中央政府だとも。
――守秘義務……って冒険者にあったっけ? まあいいや。
冒険者の何割が「守秘義務」を理解出来るのか謎だ。さすがに冒険者も上級に上がるような連中は、口が硬いそうだけれど。
ティザーベルの答えを聞いた海賊の一人が、ぽつりと漏らす。
「まさか……『オダイカンサマ』?」
「何だとう!?」
「ぶはっ!」
またしてもビナーが吹き出したが、これも無視する。仲間の言葉を聞いてお頭が驚きの声を上げているが、そんなにびっくりする事だろうか。
だが、続いた海賊達の言葉を聞いて、ティザーベルが額に青筋を立てる。
「オ、オダイカンサマといやあ、血も涙もない冒険者パーティーじゃねえか……」
「彼等が通った後には、雑草すら生えねえって言うぜ……」
「俺はその正体は大鬼だとも聞いたぞ」
「おい」
黙って聞いていれば、何という言いぐさだろう。散々商人や冒険者達を酷い目に遭わせてきた海賊共が、どの口でほざくのか。
ざわざわと情報が伝わるにつれ、海賊共の顔色は青くなっていく。その中で、一人だけ俯いて震えている者がいる。ビナーだ。
周囲の海賊同様、オダイカンサマのおかしな噂を恐れて震えているのかと思いきや、がばっと顔を上げると途端に笑い出した。
「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ! お、お代官様って、じゃあ越後屋もいるのかよ? それとも廻船問屋?」
ビナーの言葉に、ティザーベルは呆気にとられた。彼の口から飛び出た単語は、まさしく彼女が待ち望んでいたものだ。それにしても、まさかこんな場所で見つかるとは。しかも相手は海賊という、この国では重罪になる犯罪を犯しているなんて。
彼のような反応を示す人間を探したくて、わざわざこの名前をパーティー名に付けたのだ。日本語で付けたので、ヤードとレモには散々意味を聞かれけれど、そのたびに誤魔化した。
話を聞こうと思うのだが、先程からビナーは発作でも起こしたように笑い続けてばかりで、こちらの言葉を聞こうとしない。
「ウケるー!! 何でパーティー名がオダイカングオォ」
いい加減しびれを切らしたティザーベルによって、笑続ける彼の頭上に氷の塊が落とされた。痛みからかショックからか、ビナーは意識を失ったらしい。そのおかげで、ビナーの馬鹿笑いは収まったからいいけれど。
彼が目を覚ましたら詳しく話を聞けるかと思ったら、背後から声が聞こえてくる。どうやら、迎えが到着したらしい。
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