十五 帝国海軍将校ギザウィック

 自軍の艦上で、討伐部隊隊長を務める帝国海軍将校ギザウィックは軽い溜息を吐いた。海賊相手に海軍が出動する事は多いが、魔法士を乗せないのは今回が初めてになる。


 帝国海軍の強靱さは、兵士一人一人の練度の高さもさることながら、帝都の魔法士部隊からの魔法士派遣が大きい。将校がこのような考えを持つ事自体、周囲からは眉を顰められるものだが、事実はねじ曲げられなかった。


 海戦ともなれば、魔法士がいるのといないのとでは労力がまったく違う。海戦といいながら、戦いの中心は甲板上での白兵戦だ。相手の船やこちらの船で行われる武器を使った戦闘に負けるつもりはさらさらないが、やはり相手のてが届かない遠距離からの一方的な攻撃は楽でいい。ギザウィックは合理的な考えの持ち主だった。


 今回の討伐対象であるヨストの海賊の場合、これまでと訳が違う。こちらに魔法士の派遣がないのに加え、何と相手には魔法士がついているというではないか。


 最初、その話を聞いた時には耳を疑ったものだ。何故魔法士になれる魔法の才能を持った者が、海賊などに身を落としたのか。帝都の魔法士部隊とまではいかずとも、地方領主に召し抱えられればかなりの高収入が見込めるというのに。


 だが、続く事情を聞いた途端、ギザウィックは納得した。海賊に荷担しているのは、腐敗が払拭される前の魔法士部隊から逃げた魔法士だという。おそらく出身は平民で、なおかつ優秀な魔法士だったのだろう。


 ほんの数ヶ月前まで、魔法士部隊は腐敗しきっていた。貴族出身の魔法士が幅を利かせて、平民出身の優秀な魔法士を使い潰していたのだ。これが発覚した時、中央政府には激震が走ったという。何せ、中央政府の下っ端役人をやっていた家の子女達が、魔法士部隊で威張り散らしていたのだから。


 これが原因で、失職した下級貴族も少なくない。調べが進むにつれて、職権を使って息子や娘を魔法士部隊に入れていた証拠も挙がってきたのだから、当然だろう。そうした家の者達は、総じて実力不足だった事も判明している。だからこそ、実力のある平民達が妬ましかったのではないかと言われている。


 これら、魔法士部隊の不正を調べていた人物の手により、部隊は大々的な再編成を行っている。それ自体は組織の再生に繋がるのだから大歓迎だ。


 だが、問題もある。再編成の最中である魔法士部隊は、軍や他部署への魔法士の派遣を止めている。これにより各所に混乱が生じているのだけれど、文句を言っても始まらない。ギザウィックは溜息を吐いた。


「早く終わらんもんかな……」


 彼のぼやきを聞いた者は、その場には誰もいなかった。




 上空で派手な破裂音を鳴らしながら、爆発する術式があった。突入の合図である。これにより、陸と海とが連携して海賊を討伐する手筈になっていた。


 やっと始まるのかという思いと、本当に大丈夫なのかという思いがない交ぜになりながらも、ギザウィックは号令をかける。


「全艦、全速前進!」


 気になるのは、海賊にいるという魔法士の存在だ。陸の部隊からの連絡では、それに対抗出来る手段があるので問題ないという事だったが、手段の具体的な内容までは知らされていない。「当日にわかる」とだけあった。


 首を傾げながらも、相手の方が自分より身分も立場も上なので何も言えない。そもそも、どうして一地方の海賊討伐に軍監察などという立場の人物が出てくるのか。どうも上の方でやり取りがあったようなのだが、ギザウィックのところまでは下りてこない話らしい。


 今はそんな事を考えるより、目の前の海賊退治だ。最悪、白兵戦にもつれ込む事を想定しておかなくては。何があっても、自分達が負けてはならない事だけは変わらないのだから。




 洋上で周囲を見回したギザウィックは、自分の目を信じられずにいた。これだけ接近した海賊船との戦闘で、これだけ楽に勝った試しはない。しかも、勝ち方がまたおかしかった。艦船同士が体当たりしてつぶし合うなど、聞いた事も見た事もない。


 いや、海賊船が突っ込んでくる事はある。そこから白兵戦に持ち込むからだ。逆に軍艦が突っ込む事もあるのだ。だが、今目の前で繰り広げられているのは、そんなものではない。


 まず海賊船が見える海域まで来ると、船の周囲に何やら術式が発動されたのが感じられた。これまで多くの魔法士と共に海賊討伐に赴いた経験があるが、こんな魔法を使う魔法士など見た事がない。大抵、一種類か二種類の攻撃術式に特化した魔法士ばかりだったのだ。


 配下の者達が一瞬慌てたが、ギザウィックがこれも作戦のうちだと伝えると、すぐに対応した。彼等も、魔法士との連携には慣れている。とはいえ、やはり見慣れない術式には懐疑心もあったようだ。


 それが払拭されたのは、海戦が始まってからである。こちらの艦艇数が二十隻なのに対し、海賊船はそれ以下だ。しかも船の種類もばらばらなら、装備もまとまりがない。これなら早く片が付くかと思いきや、いきなり三隻の船から術式攻撃が来た。両手で抱える程の大きさの炎の塊が飛んできたのだ。


 誰もが身構えただろう。だが、次の瞬間には驚きに目を見開いた。炎の塊は、船に届く前にいきなり消滅してしまったのだ。ギザウィック達がぽかんとした表情で相手の船を見ていると、向こうから再び炎が飛んで来る。だが、それもまた同じように消滅してしまうのだ。


 これが、「当日にわかる」と言っていた内容だったのだ。どういう手段を使ったかは知らないが、相手の術式攻撃を無効化出来るらしい。これならば、海賊など恐るるに足らず。そう思ったギザウィックの目の前に、海賊の船が接近する。すれ違いざまに接舷し、白兵戦に持ち込むつもりだ。


 こちらにとっても願ったり叶ったりだ。そう思っていた彼の目は、またしても異様な光景を映した。接舷しようとした海賊船が、おかしな動きを見せたのだ。まるで見えない壁に阻まれでもしたかのように。


 弾かれた海賊船は大きく傾ぎ、甲板で白兵戦の準備をしていた海賊達を海へ振り落としている。


「もしかして、術式だけではなく、攻撃全てを弾くのか?」


 それ以外、考えられなかった。見回せば、周囲でも同様の事が起きている。その瞬間、ギザウィックは閃いた。これは使える。


「各艦に伝達! 海賊船に突っ込め!!」


 もちろん、この艦も突っ込ませる。開戦前は不安しかなかったが、今は違う。逆に大勝利が見えたせいか、興奮で叫び出しそうだ。




 その光景が目に映ったのは、ギザウィック率いる帝国海軍が海賊船への体当たり作戦を開始して間もなくだった。


 海賊船の甲板から、人が悲鳴を上げながら空中に放り出されたのだ。まるで何かに引っ張り上げられるように上空に向かった人影は、弧を描くようにして陸地へと向かっている。


 最初見た時には、自分が見たものを信じられなかった。人が空を飛ぶなど、あり得ない。気付かないうちに、疲れが溜まっておかしなものを見るようになったのかもしれない。


 思わず目元を手で押さえてから、再び視線を戻すと、彼の目の前でまたもや人が宙に飛び上がった。目を丸くしてその様子を見ていたギザウィックの耳に、少し離れた場所からも悲鳴が聞こえる。視界の端に映ったのは、三度人が宙を飛ぶ光景だ。もはや、見間違いや疲れからくる幻などではない。


 周囲を見回せば、配下や水兵達もぽかんとして人が飛んでいった方向を見ていた。自分以外にも見えていたのだから、やはりあれば本当にあった事なのだ。


 思わず、ギザウィックの口をついて疑問が出た。


「……何だったんだ? あれは」

「さあ……」

「人が飛んでいましたよね……」


 さすがに確かな答えは返ってこない。周囲の味方艦の甲板でも、あれは何だという声が上がっている。よく見ると、海賊船の方でも騒動が起こっていた。


 ふと、ヤサグラン侯からの連絡を思い出した。「当日にわかる」というのは、先程の事も含まれているのではないか。


 それはともかく、今は先程の現象を考えても意味はない。目の前の敵に集中しなくては。海賊達が動揺しているのなら、今が攻め時だ。


「お前達! 呆けている場合ではないぞ! まだ海賊船は残っている!!」


 ギザウィックの号令に、我に返った配下達は慌てて自分の仕事に戻る。海賊船は、海賊の頭が乗っていると思しき巨大船がまだ残っている。それに、海に投げ出された海賊達の捕縛もあった。


 まずは手近にいる海賊船から潰そうと動くギザウィックの視界に、今度は宙を飛ぶ海賊船が入る。しかも、一番大きな海賊船だ。


 今度という今度はギザウィック以下、帝国海軍の殆どが呆気にとられていた。

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