十四 一本釣り

 崖の上は平和そのものだ。降り注ぐ日差しは暖かく、気を抜くとうたた寝をしてしまいそうになる。


「そういや、今朝は早かったもんなあ」


 そう言いつつも、あくびをするティザーベルだった。眼下では、岩山からぞろぞろと出てきた海賊船と、沖合から姿を現した帝国海軍の軍艦とがそろそろ衝突する頃合いだ。


 街中の方は、既に騒ぎが始まっている。街の人達は自宅に籠もって出てこない様子だ。これまでの海賊の横行で、色々と学習した結果だろう。一応、町長からも余所者が街を出回っているので、二、三日は家から出ないようにという通達をさせているという。下準備はばっちりだったようだ。


 ティザーベルは、海賊船に乗っている魔法士の位置を特定する為、鳥の目と呼ばれる術式を魔力の糸に展開させて海上へと向かわせた。水面から約二十メートルの高さに固定する。本来なら、飛んでいる鳥の目を借りて遠い場所の様子を見る術式なのだが、色々と魔改造して自分用に調整していた。


 鳥の目から送られる景色は、手元に展開させた疑似ディスプレイに投影させている。タブレットで動画を見ているようなものだ。


「おー、壮観だねえ」


 海上に浮かぶ海賊船の甲板には、手に武器を持った海賊達が今か今かと待ちわびているようだ。海戦は相手の船に乗り込んで行う白兵戦が基本である。帝国海軍が負け知らずなのは、この白兵戦に強いのと、通常なら帝都の魔法士部隊から魔法士の派遣を受けるからだ。


 魔法士の攻撃魔法は、言わば火薬武器のようなものである。離れた場所からいきなり攻撃されては、海賊といえども手も足も出まい。


 そして、ここの海賊はその手法を自分達が使っている。つまり、魔法士による遠距離攻撃だ。もっとも、今回はその手は通用しないのだが。


 鳥の目から送られてくる映像にも、海賊側の混乱が手に取るようにわかる。ついでに、攻撃の為か甲板に出ていた魔法士達も捕捉した。


「でも、三人?」


 一人足りない。おそらく、得意術式がわからない最後の一人、ビナーだろう。甲板に出てこないという事は、攻撃よりも支援型なのかもしれない。


 だが、甲板に出てきてくれないと、こちらとしては困るのだが。


「んー、ま、いっか。そん時ゃそん時」


 そう結論づけると、ティザーベルは再びディスプレイに目をやった。少し設定をいじると、映像の中にいくつか効果が現れる。魔力の流れを見える形に表現したのだ。


 帝国海軍の軍艦は、船体を包み込むように淡い緑色の膜で覆われている。これがティザーベルの張った結界だ。軍艦に近づく海賊船は、その膜に遮られて接舷しようにも出来ないでいる。これでは相手の船に乗り移れず、白兵戦に移行出来ない。


 その間にも、軍艦は力押しで海賊船を押しやっている。何隻かは、力押しの結果海賊船の破壊に成功したようだ。ディスプレイでも、海賊達に驚愕の表情が見える。


「そろそろかな」


 ティザーベルは、一本の魔力の糸にある術式を展開させて、海上へと送った。目指す先は、ディスプレイでおろおろした様子を見せている魔法士の一人だ。先程からの攻撃を見るに、炎系の術式が得意な魔法士の一人だろう。


 感覚だけを頼りにディスプレイの中の魔法士まで糸を伸ばすと、その先は術式が自動で展開してくれる。糸が巻き付いた瞬間びくりと体を震わせた魔法士は、すぐにぐったりとして糸に支えられていた。彼の周囲にいる海賊達は、その様子に気付いていない。


「よっしゃ。せーの!」


 掛け声と共に、ティザーベルは両腕を上に引き上げるような動作をした。それに併せて、ディスプレイの中の魔法士の体が宙に浮く。そしてそのまま、魔法士は釣り上げられた魚のように、宙を舞って崖の上まで引き上げられた。


 彼が着地した場所には、予め魔力の糸で作った捕縛用の網が仕掛けられており、その網がセーフティーネットの役割も果たした。ざっと調べたが、軽い電撃で意識がないだけで、怪我はどこにもない。魔法士一本釣り、大成功である。


「んじゃ、次々行きますか!」


 甲板に出ている魔法士は、まだ二人いる。彼等を全て釣り上げれば、ビナーも甲板に出てくるかもしれない。




「マジかー……」


 次々と魔法士の一本釣りに成功したティザーベルだったが、最後の一人、おそらくビナーがどうにも甲板に出てこない。さすがに三人目を釣り上げた時点で、海賊達も警戒した仕草を見せたから、彼に忠告した海賊がいたのではないか。


 海上では、既に海軍有利な海戦が終了しつつある。海軍が突っ込んでいって破壊した海賊船もあるが、実は向こうからアタックしてきて自滅した船が大半だった。木造船で対物完全防御の結界に体当たりをしていけば当然の結果だ。


 無傷で残っている海賊船は三隻、半壊が六隻、残りは航行不能なまでに壊れた船というよりその残骸だった。放り出された海賊達は、息がある者は軍艦が拾って捕縛しているらしい。そうでないものは、そのまま海の藻屑となっているのだろう。これまで散々他者を沈めてきた海賊達なのだから、当然の報いだ。


 それにしても、このままビナーが甲板に出てこないとなると、奥の手を使う事になるのだが。ティザーベルは、もう一度ディスプレイを見た。画面への効果の入れ方を魔力反応に変えてみる。


「いた」


 海賊船の中でも一際大型の船の中だ。一番大きい船なら、きっと海賊の頭の船だろう。そこにビナーがいるのなら、もう迷う必要はない。頭も捕縛対象となっているのだから。


「んー、じゃあこっちの方を……」


 意識をなくして横たわる三人の魔法士を、魔力の糸で崖の奥まで運んでおく。大物を釣り上げるのだから、スペースを確保しなくてはならない。


 崖の上の木々も、ある程度伐採して見通しをよくしておいた。そこに、巨大な網を張る。全て魔力で出来ていて、先程魔法士を受け止めたものよりは強靱に作っておいた。


 下準備はこんなものだろう。ティザーベルは手元に魔力の糸を作り出し、念入りに術式を展開させていく。人外専門なのだから、殺人などしたくない。結果死んでました、も極力御免被りたいのだ。


「よし! 出来た!」


 魔力で編んだ特大の網だった。広げれば、この崖はすっぽり収まってしまいそうな程だ。それを頭上に広げて、崖の先に見える海上へ目をやる。軍艦に囲まれている巨大な海賊船、それが獲物だった。


「そーれい!」


 掛け声をかけて、ティザーベルは網を投げる。魔力できちんと行き先は指示してあるので、間違っても軍艦に引っかかる事はない。


 宙を飛んでいった網は、無事に巨大海賊船を捕らえた。鳥の目のディスプレイで確認すると、甲板にいた海賊達は全員倒れ伏している。電撃の術式がきちんと発動した結果だ。


 後は魔法士の時同様、釣り上げるだけである。


「大きいし重いから大丈夫かな……よーいしょー!」


 掛け声をかけつつ両腕を釣り上げるように動かすが、別に腕力で釣り上げる訳ではない。さすがに術式を使っても、船一隻を持ち上げるだけの腕力はティザーベルにはなかった。


 両腕の動きに釣られ、上空に釣り上げられた海賊船は、綺麗な放物線を描いて崖の上に着地する。仕掛けておいた網の力と、先に仕掛けた網の術式とが効果を発揮し、船には一切の損傷はない。ざっと調べたが、乗っている人間にも怪我などはないようだ。


 これにて、本日の釣は終了である。ティザーベルは誰に言うともなく声を張り上げた。


「お疲れ様でしたー!」

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