十三 海賊達
海賊を束ねる頭は、夕べの酒が残った頭を振りながらねぐらから出てきた。つい先程、街の方でおかしな破裂音がしたと見張りからの連絡が入ったという。
「破裂音だと?」
「はい。それに、魔法士共が何やら言っていて……」
見張りからの連絡を持ってきた配下の者に、訝しげな顔を向けた頭は顎に手を当ててしばらく考え込んだ。魔法士が何かを言っているというのと併せて、破裂音とやらは魔法なのだろう。街中に魔法士がいるという事だ。
ヨストにも、街中に魔法士はいるが、魔法薬屋が二軒と魔法道具屋が一軒あるだけだ。どちらも攻撃魔法は使えないと魔法士共が言っていた。
では、おかしな破裂音とやらを上げた者は、外から街に入り込んだ魔法士という事か。そういえば、夕べギルドに置いている配下から、行商人の一行を捕まえたと連絡があった。ヨストまで陸路を使う変わり者だとかで、護衛役に冒険者が三人ついていたそうだ。
「冒険者で魔法士……? んな訳ねえか」
魔法士ならば、仕事などいくらでもある。わざわざ冒険者などという危険な底辺仕事をしなくともいいはずだ。ならば、冒険者というのは見せかけと思った方がいい。魔法士を派遣するのは、中央政府お抱えの魔法士部隊だけだ。ここにいる魔法士共が騒いだのも、昔のお仲間が街に来たと思ったからだろう。
とりあえず、そちらは放っておいていい。街中の事はギルドに任せてある。とりあえず、そんな事程度で人を起こしに来た配下に怒鳴ろうとした途端、次の報せが入った。沖合から複数の艦艇が現れたと見張りが報告してきたのだ。
頭は、配下と顔を見合わせる。破裂音がした後に、複数の艦艇。これが偶然の訳がない。
「それで? 掲げている旗は何だ?」
「それが、帝国海軍のものなんです」
「帝国海軍?」
その場にいた全員で、首を傾げた。これまでヨスト周辺でかなりの荒稼ぎをしてきたが、今まで帝国の中央政府が介入しようとしてきた事は一度もない。それもそのはず、領主のガーフドン男爵には口止め料をたんまり払っている。男爵が言うには、中央政府が動くには地方領主からの嘆願が必要なのだそうだ。それがない限り、中央は動かないという。
だが、帝国海軍が艦艇を率いてやってきている。これはどういう事なのか。
「……男爵のやつ、俺たちを騙したのか?」
もしそうなら、相手が貴族だろうと容赦はしない。特に男爵は私兵にも金をあまり使っていないから、襲撃は簡単だ。
だが、その前にやるべき事がある。
「全員、広間に集めろ!」
頭はそう配下に命令すると、一足先に広間へと向かった。
海の上に突き出した岩山を削って作った隠れ家には、中央に広大な空間が設えられている。彼等はここを広間と呼んでいた。入り口から一本道で繋がっているこの広間は、宴会以外にも様々な用途で使われる。
広間には、集められた海賊達のざわめきが響いている。その中で、異色な集団があった。ぞろりとした裾の長いローブを羽織った魔法士達だ。彼等はフードを被って顔を見せないようにしている。実際、彼等の顔を見たことがない仲間は大勢いた。
そんな彼等を見渡しながら、頭は声を張り上げる。
「みんな! 敵が現れた!」
頭の声に、広間はしんと静まりかえった。これまで、頭が他の船を表現する時は常に「獲物」と言っていた。なのに、今回は「敵」だ。
「頭、敵ってえのは、一体どこの船なんで?」
質問してきたのは、船長クラスの一人だ。頭とも長年組んでいて、頭からの信頼度で言えばこの海賊団の中でも一、二を争う。
彼の質問に、頭はにやりと笑った。
「帝国海軍!」
頭の言葉に、広間は一瞬水を打ったように静かになった後、すぐに騒ぎが広まる。
帝国海軍といえば、負け知らずの海の悪魔と同業者に恐れられる存在だ。奴らが海の藻屑にした海賊は数知れず、常勝不敗の艦隊と言われていた。
当然、海賊団の連中も、この評判は知っている。
「帝国海軍だって?」
「馬鹿な。何だってそんな連中が……」
「ど、どうすんだよお」
広間の様子を見るに、海軍相手という事で腰が引けている人間が大半だった。そんな中で、一部には戦闘意欲に燃える連中もいる。
「帝国海軍とはな。俺たちも、一流どころと評価された訳だ」
「はっはー! 海軍なんぞ、恐るるに足らず! どこからでもかかってこいやあ!」
そんな配下達を見回して、頭は魔法士達を見た。彼等は四人で固まって何やら話し合っている。
騒然とする広間を静めるべく、頭は片手を上げた。それだけで、先程までばらばらに騒いでいた海賊達が静まりかえる。
「確かに、今の俺達にとって海軍など怖くねえ。その最大の功労者にも、意見を聞こうじゃねえか」
頭の言葉に、海賊達の視線は広間の端で固まっている魔法士達に注がれた。四人のうち、三人は体を縮こまらせているが、残る一人、四人のリーダー格である魔法士、ビナーはフードの下からまっすぐ頭を見ている。
「ビナー、帝国海軍を敵に回して勝てる自信はあるか?」
「状況次第だな」
ビナーは即答した。その言いぐさに、何人かの海賊が気色ばんだが、頭が視線で止める。
「状況とは?」
「魔法士部隊が海軍に派遣されていた場合、少しやばい」
「お前等のお仲間は、街の方にいるみたいだぜ?」
「もう仲間じゃない。でも、何故街中なんだ……?」
ビナーは一人で何やら考え込んでいた。とにかく、今の彼の言葉からは、こちらが負ける心配はしなくても良さそうだ。こちらはそれだけわかればいい。
「よし! 野郎共!! 船を出せ!! 俺たちの伝説を作る時が来た!」
頭が立ち上がってそう叫ぶと、広間中に海賊達の歓喜の声が響いた。
「今まで誰も沈められなかった帝国海軍の船を、俺達が沈めるんだ。全員、気合い入れていけ!」
頭の号令に、海賊達は声を揃えて応じる。その様子を眺めながら、頭はもうじき現実になる未来を夢想した。
――帝国海軍を破ったとなれば、俺の名前にも箔が付く。そうなれば、こんなちんけな場所に留まる必要もねえ。帝国中の海を、俺のものにしてやるぜ!
壮大な夢は、頭を心地よく酔わせてくれた。
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