十二 崖の上の釣り人

 青い空、白い雲、眼下に広がるは空を映した青い海。これだけ見ればどこのリゾートだと思うが、この街の港は商港で漁港だ。しかもそれを見下ろすティザーベルは、これから魔法士と海賊の頭領を捕縛しなくてはならない。こんな内容は依頼に入っていなかったのだが。


「ま、しょーがない。これも浮き世の義理って奴か」


 依頼を持ってきた筋は断れない相手だし、個人的に恩義もあるので引き受けない訳にもいかなかった。


 それに、聞いた話が本当なら、確かに海軍や巡回衛兵隊だけでは厳しい。


「まさか、魔法士が海賊にいるなんてねー」


 しかも、帝都の魔法士部隊から脱走した人員だという。それなら魔法士部隊から捕縛要員を出せと言いたいところだが、残念ながら今の部隊にその余裕はない。未だに建て直しを図っている最中なのだ。部隊をむしばんでいた不正は根が深いらしい。


 その為、今回の海賊討伐の主役である海軍にも、魔法士の派遣はないという。その分、ティザーベルの負担が増えていた。


「これは後で臨時ボーナスせびるべきよね」


 そうぶつぶつと独り言を言いながら、彼女は崖の上でその時が来るのを待っていた。ボッチ作業の弊害で、独り言が増えている。なおもぶつぶつと呟きながら、ティザーベルは手元の魔力の糸をいじっていた。


「まずは軍艦とー、それから魔法士とー、後は海賊頭領かー」


 街の外には既に軍監察であるヤサグラン侯率いる部隊が展開している。そちらと連携する為に、陸と海、双方に見えるよう作戦開始の合図を上げるのもティザーベルの役目だ。


 合図までに、どうやって魔法士を捕縛するか決めておかなくては。とはいえ、取れる手はそう多くない。


「やっぱり、一本釣りかな?」


 首尾良く、海賊にいる魔法士が全員甲板に出てきてくれればいいのだが。ティザーベルはなおもぶつぶつ呟きながら、魔力の糸に術式を込めていった。




 海賊共の隠れ家は、湾から見える岩山だそうだ。それがわかっていて今まで手出しが出来なかったのは、例の魔法士達が原因だという。


 ヨスト側も、今まで黙って手をこまねいていただけではない。打てる手としてギルドの力を総動員し、岩山を襲撃したそうだ。だが、彼等の船は全て沈んでいる。命からがら逃げ帰った案内役の漁師によって、海賊に魔法を使える人間がいる事が知らされた。


 魔法士に対抗出来るのは、魔法士だけだ。特に船を沈められる程の実力の持ち主を相手にするのは、そこらの街中にいる低級魔法士程度では無理がある。


 攻撃手段を持つ魔法士は、全て帝都の魔法士部隊に所属している為、中央政府に派遣を要請しなくてはならない。それを怠ったのがヨスト周辺の領主であるガーフドン男爵だ。


 ハドザイド達の調べにより、男爵が海賊から少なくない金銭を受け取っている裏が取れている。なので、彼もまた今回の作戦での捕縛対象だった。といっても、男爵の側に魔法士はいないのは確認済みなので、そちらは巡回衛兵隊を中心に行うそうだ。 

 ティザーベルの主な仕事は、沖合に停泊中の軍艦に対物対魔完全遮断の結界を張る事と、敵の魔法士の捕縛である。


 ヤードとレモは、街の外に待機している兵団と共に街中での肉弾戦だ。その為に、ハドザイドは町長を抱き込んだらしい。ちなみに、この崖の使用許可を出したのも町長である。使うのに許可がいるとは知らなかったティザーベルは、それを聞いた時に驚いたものだ。


 街中に入り込んでいる海賊の仲間に関しては、ティザーベルの索敵で居場所を把握している。その情報は全て部隊の方へ提出済みだ。


 街中での作戦を海の海賊共が邪魔しないよう、軍艦が彼等の背後をつく作戦だ。そのまま海戦に持ち込めば、陸と海とで海賊共を分断出来る。単純な作戦だが、案外こういったものは単純な方が成功率が上がるそうだ。


 ふと見ると、沖合に帝国海軍の軍艦が姿を現した。そろそろ海賊船も岩山から出てくるのではなかろうか。


 海賊にいる魔法士は、全員元魔法士部隊に所属していたそうだ。となれば、攻撃術式はお手の物であろう。それらの攻撃から、軍艦を守らなくてはならない。


「問題は、相手の魔力量かなー」


 そんな事を独りごちしながら、ティザーベルは魔力の糸を沖合にいる軍艦へと伸ばした。この糸には、先程必要な術式を込めてあるので、軍艦に到着次第展開する。


 軍艦は全部で二十隻。一海賊討伐には多い数だが、これまで失敗続きである以上、ここで彼等が負ける訳にはいかない。帝国海軍の意地がかかっているのだ。だからこそ、数で相手を圧倒しようという作戦である。


 もっとも、ティザーベルの結界がなければ数だけ揃えたところで意味はない。ハドザイド経由で知らされた敵魔法士達の得意術式は、二人が炎特化、一人が衝撃波に特化した魔法士だという。木造船とは相性の悪い術式だ。


 気になるのは、最後の一人の得意術式がわからない事だった。攻撃系なのだろうけど、どんな手を使ってくるか予測出来ないのは厄介だ。


「ま、なるようになるでしょ」


 ティザーベルは先程から独り言が増えている。突っ込む人間もいない為、止まるところを知らない。孤独な作業故か、何か口にしていないと逆に落ち着かないのだ。


「恐るべし、ボッチ作業」


 そう呟いた途端、通信用に伸ばした魔力の糸に連絡が入った。


『はい、こちら崖の上の釣り人』

『……何だ、それは』


 ハドザイドだ。彼にしか魔力の糸を伸ばしていないので、連絡してくるのは当然彼だった。ハドザイドは部隊の窓口になっていて、連絡は全て彼を通す事になっている。


 ティザーベルは、通信で答えた。


『世を忍ぶ仮の姿です』

『……まあいい。進捗状況はどうだ?』

『問題ありませんよ。軍艦の方は完了です。魔法士の方は、出たとこ勝負でいきます』


 ハドザイドからの質問に、ティザーベルはありのままに答えた。一瞬詰まった後、向こうから確認の言葉が来る。


『大丈夫なのか?』

『いただいている情報からすれば、問題ないかと。ただ、やはり未確認の一人が気になります。せめて傾向だけでもわかれば……』

『残念だが、部隊には彼の資料だけ残っていなかったそうだ。部隊内で親しい人間も、共に脱走した三人だけだというし、誰もビナーの術式を見た事がないらしい』


 ビナーというのは、得意術式のわからない最後の一人の名前だ。それにしても、資料が一切ないというは気になる。


 聞いた話だが、魔法士部隊では隊員それぞれの資料を作成して保管してあるそうだ。名前と出身地、年齢、身分その他。その中に、得意術式も記載されるそうだが、ビナーの分だけこの資料が消えているらしい。


 ――用意周到に消していった? その割には、一緒に脱走した連中の資料は残っているのはどういう事?


 一瞬考えたティザーベルだが、どのみち全員捕縛するのは決定事項だ。捕まえた後に聞けばいい。


『それは置いておいて、そろそろ合図を出しますか?』

『……そうだな。こちらの準備は整ったようだから、出してくれ』

『了解』


 そう言って通信を切ると、ティザーベルは空に向かって手をかざした。別にこんなアクションはいらないのだが、気分でそうしている。


「んじゃ、いきますか」


 かざした手のひらから、真っ赤な火の玉が打ち上がった。それは天高く上り、ある程度の高度に達すると破裂音を出して軽く爆発する。これがティザーベルの上げる合図だった。

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