八 牢屋の出会い
牢屋というのは、どこも同じ作りなのだろうか。広場で違法に物を売った罪で捕縛されたティザーベル達は、何故かギルド支部の地下にある牢屋に入れられていた。驚いた事にあのハゲは、ギルドのヨスト支部長なのだという。
「ここまでくると、いっそ清々しく感じるわね」
「んな訳あるか」
「わかりやすいのは楽なんだがなあ……」
「本当に……皆さんにこんな迷惑をかける事になるなんて……」
ティザーベル、ヤード、レモ、ミドと感想はそれぞれだ。特にミドなぞ、今にも床に額をつけ兼ねない程うなだれている。
思わずティザーベルはちらりとパーティーメンバーの方を見た。ヤードとレモは軽く頷いている。了承したと捉えて、彼女はミドに向かう。
「あのね、この仕事を受ける際にも話したと思うけど、私達はあなたからの依頼とは別件でこの街に入ってるのね。そんで、ここに入れられるのも、ある意味想定内なんだ」
「え?」
驚いて顔を上げるミドに、ティザーベル達三人は揃って頷いてみせた。そうでなければ、格安料金で依頼を受ける事などあり得ない。守銭奴ではないけれど、安売りもしないのがオダイカンサマだ。
ティザーベル達オダイカンサマがヨストに来たのは、帝都にあるギルド本部の本部長ポッツが持ち込んだ中央政府からの依頼による。オダイカンサマは、特にギルドの不正の生き証人になるよう指示されていたのだ。
どうやって向こうに不正をさせようか、街に入るまではそれなりに悩んだものだが、こうもあっさり冤罪で牢屋行きになると、肩すかしを食らった気分になる。
ヨストの街へのてこ入れは、既に中央政府によって決定されていた。今回のギルドの「不正」を足がかりに、ヨストの膿を一掃する予定なのだ。既に街の外には武装した新しい巡回衛兵隊と、彼等を指揮する帝国軍監察のヤサグラン侯爵とその配下がぐるりと囲んでいる状態だった。
彼等が担当するのは街中で、海上はまた別口が控えている。ヨストの海賊達はやり過ぎたのだ。暴れ回っても中央政府がなかなか動かなかったので、甘く見ていたのだと思う。それに関しては、中央政府に非があるが。
だが、実際の中央政府はそこまで甘くない。だからこその、今回の作戦なのだ。
とはいえ、そんな事情をミドに話せる訳もない。
「細かい話は言えないけど、こういう事にならないと逆に困ったというか……ね」
オダイカンサマに期待されているのは、餌役なのだ。うまくギルドの連中を釣り上げた今、彼等の仕事は殆ど終わったと言っていい。
どちらかといえば、オダイカンサマと一緒にいるせいでミドが巻き添えを食らっているのだ。詳細を説明出来ない以上、それを言えないのが何とももどかしい。
「と、とにかく! ミドが申し訳なく思う必要はこれっぽっちもないから! 大丈夫!」
「は、はあ……」
最後はティザーベルの勢いに押された形のミドだが、一応納得したようだ。その様子に安堵したティザーベルは、改めて周囲を見回す。石組みの壁や床が剥き出しの地下部分に、鉄格子をはめて房としている典型的な牢屋だ。石壁はいくつか区切りがあるようで、ティザーベル達が入れられている場所よりさらに奥にも牢屋は続いている。
ギルドの建物の地下にあるのだから、上物の大きさを考えれば納得の広さだ。ティザーベルはいつもの癖で、魔力の糸を牢屋の奥へと送ってみた。
壁で見えない奥に、とある反応がある。
「……人がいる」
「え?」
ティザーベルの言葉に、ヤードとレモが反応した。牢屋に人がいても不思議はないが、今のヨストの状況を考えると普通の犯罪者とも思えない。自分達がいい例だ。
奥の人物達も冤罪で捕まっているとしたら、見過ごすのは気が引ける。
「どうしよ?」
ティザーベルが問うと、ヤードとレモが一瞬顔を見合わせた。
「会ってみるか」
「だな」
答えはすぐに出たようだ。ミドは一人理解が及ばないようで、おろおろしている。とりあえず、彼はしばらく放置だ。
奥へ行くとなったら、邪魔な代物は片付けるに限る。
「まずは……」
ティザーベルは、地上からの入り口を人が来ないように周囲の石壁を変形させて封じた。向こう側から見たら、階段を下りた先に壁がある状態だ。
それから牢屋の鉄格子を変形させる。音もなくうねるような動きを見せる鉄格子は、最終的にアーチ型のオープンゲートになった。
「な、なななな」
大した反応も見せずにアーチを潜るヤードとレモとは対照的に、目の前で起こった出来事に対応出来ないミドは驚きすぎて声もないようだ。そんな彼の背中を押して、入れられていた房から出る。
「どこだ?」
「こっち」
ヤードの問いに軽く答え、ティザーベルは先導用に魔法の明かりを飛ばす。先頭をヤード、次にミド、ティザーベルと並んで最後がレモだ。これはオダイカンサマでの基本パターンだった。
明かりはふよふよと浮かびながら、ヤードの前三十センチ程度の所を行く。角を曲がり奥へと進み、脇の通路へと入りさらに奥へ。
すると、奥の方から人の声が聞こえてきた。
「うお、眩し!」
「なんで明かりなんて……うわああ! お、鬼火だあああ」
「ひいい、海神様、お助けくださいいいい!」
数人の男の声だ。聞く限り、弱っている様子は窺えない。奥の房へ近づくと、男が五、六人、一つの房に押し込められている。心なしか、臭ってきていた。
背後からそっと房を覗いたミドが、驚きに声を上げる。
「あ! あなたはディントさんところの網子のソガさん!」
「うん? なんだ、おめえミドじゃねえか!? なんだっておめえがここにいるんだ?」
どうやら、房の中の一人はミドの知り合いのようだ。ひげぼうぼうで小汚い格好をしたソガという男は、山賊だと言われても納得出来る風貌である。
彼に問われたミドは、頭をかきつつ苦笑した。
「実は……いつもの広場で品物を売っていたら、捕まってしまいまして……」
「何だってえ? おめえはちゃんと商業組合の許可証、もらってんだろうが。なんでそれを見せねえんだよ」
「見せたら、偽物だって言われちゃいました……」
ミドの言葉に、ソガとその仲間達は皆一様に黙りこくってしまった。その表情にはどこか諦めたような色がある。お互いに顔を見合わせて、何か言いたそうだったが、結局口を開いたのはソガだけだった。
「正直言うとな、今のヨストならそれくらいの無茶は押し通るんだよ。何せ海賊共が我が物顔でのさばってるからな。ギルドの連中も大半がやられちまったし、支部長もな……」
ソガ言う内容に、ティザーベルはヤード達と視線を交わした。やはり、あのハゲは偽物だったらしい。しかも本物の支部長は既にこの世にはいないようだ。
「なるほど、許可証の件を知らない訳だ」
小声で納得するヤードに、ティザーベルも同意した。
「あれはギルドの依頼票なんかと一緒で偽造も汚損も単純廃棄も出来ないもんね」
何せ皇宮で管理されて作られている代物だ。といっても、知っているのは一部のギルド職員だけで、一介の商人や冒険者なら丈夫な紙程度の認識だろう。ティザーベル達が知っているのは、彼等がギルド本部長から仕事を受けている影響だ。
放っておくとどんどん暗い雰囲気になっていくミドに、ティザーベルが声を掛けた。
「で、今更で悪いんだけどさ、この人達、誰?」
「あ! すみません!! この人達はディントさんっていう網元に雇われている網子の漁師さん達で、行商の際にはいつもお世話になっているんです」
房の中の連中を紹介していない事にやっと気付いたミドは、恐縮しながらも教えてくれた。彼によると、ディントというのはヨストの街でかなり手広くやっている網元で、町議会にも参加している人物なんだそうだ。
「ふうん。その網元の網子が、なんでここに放り込まれてる訳? 海賊に逆らったりしたら、速攻海にどぼんじゃなかったの?」
ティザーベルの質問に、ソガ達はお互いに顔を見合わせている。そんなに口にしたくない内容なのだろうか。
数瞬の後、代表する形でソガが聞いてきた。
「それを答える前に、ミドと一緒にいるって事は、あんたらは海賊の仲間じゃねえって思っていいんだな?」
「私達は海賊を退治しに来た方」
「はあ!? おめえみたいな娘っ子がか?」
ソガの声には、驚いたというよりは小馬鹿にした調子が含まれている。普通で考えれば、数多の冒険者ですら敵わなかった海賊に、十代半ば程度の少女が勝てるとは思わないだろう。
だからか、彼は余計な事まで言い出した。
「悪い事は言わねえから、やめとけ。な? 若い身空で無茶する事はねえ。とっとと故郷帰って嫁にでも行きな」
故郷と嫁。ティザーベルにとっては地雷ワードが二つも揃ったとあっては、見過ごす事は出来ない。彼女の機嫌は一挙に降下した。
「……言い残す事はそれだけ?」
途端にティザーベルの周囲で何かが弾けるような音がし始める。雷撃が起こす音だ。これらを敵に向かって放てば、相手が感電する。
ミドや房の中の男達は何が起こっているのかわかっていない様子だが、ヤードとレモは理解していた。
「おい、やめろ!」
「嬢ちゃん、落ち着け! あんたらも、命が惜しけりゃ余計な事は言うな!」
ヤードとレモの制止の言葉に、ティザーベルは低く笑う。
「大丈夫、落ち着いてるから。ちょっとあちこち焦がすだけだから心配ないよ」
「十分やべえだろ! おおい、ヤード、どうにか止めらんねえか?」
「人外専門」
レモの懇願に呟いたヤードの一言で、ティザーベルの周囲の異変は途端に収束した。ほっと胸をなで下ろしたヤードとレモを余所に、ティザーベルはにやりと笑う。
「今度そんな戯言言ったら問答無用で丸焦げにするからね。で? 何やってここに入れられてるのか、話すよね?」
さすがのソガも、呆然としたままこくこくと頷くばかりだった。
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