七 広場でパニック

「うーんと、六番街通り……っと、ここか」


 ティザーベルは初めて来たヨストの街を、時折建物に付けられている通りの名前を確認しつつ進んで行く。それにしても、行けども行けども似たような建物ばかりで本気で迷いそうになる。しかも道が狭く見通しが悪いので余計だ。目線より少し上に通りの名前が書いてなければ、確実に迷子になっていただろう。


 ――にしても、よくここまで狭い道を作ったなあ……


 ヨストは崖にへばりつくように作った街だと聞いている。その為、ろくな計画も立てずに増改築を繰り返したとも。その結果がこの複雑な路地なのかもしれない。おまけに階段と坂ばかりときた。


 ようやく道が途切れて広場に出ると、その一角にギルドはあった。特徴的な看板が出ているので、すぐにわかる。


「頼もー」


 ついいつもの癖で言ってしまったが、ここでは通じる訳がない。とはいえ、見回すとギルドの内部はしんと静まりかえっていた。見回しても、誰もいない。まだ日も高い時間だというのに、冒険者どころか受付すらいないとはどういう事か。


 どれだけ手薄なギルドでも、受付の一人や二人、冒険者の四、五人はいるものだというのに。扉が開けられている以上、ギルドも営業中のはずなのだが。


「誰かいませんかー?」


 声をかけつつ、魔力の糸を伸ばしてみる。奥の扉の向こうに人が四人程いた。だが、一向に出てこようとしない。


 どうしたものかと思っていたが、ちょうどいいものが目に入ったので、魔力の糸でちょいといじってみた。


 絶妙なバランスで積み上げられていた鉄製の古い甲冑が、大きな音を立てて崩れ落ちる。途端に、奥からばたばたと足音がして人が顔を見せた。


「何事だ!?」

「なんだ、ちゃんと人がいるんじゃない。さっさと出てきてよねー」


 奥から出てきた、ギルド職員の制服を着た若い男達に、ティザーベルは腰に手を当ててぼやく。


 奥から出てきた職員達は、床に散らばった甲冑を見てティザーベルを睨み付ける。


「これはお前がやったのか!?」

「あ?」


 出てきた男達のあまりの態度に、ティザーベルの短い堪忍袋の緒は簡単に切れた。先程より一段低い声に加え、魔力で圧力を出したので戦闘経験のなさそうな連中は全員青い顔をしてその場にへたり込む。


「まずは受付空にしていて申し訳ありません、でしょ? 自分達の怠慢棚に上げて、謝罪もなしに高圧的な態度取るとか、馬鹿なの?」


 ギルドに用事がある人間など、依頼をしに来る人間か、依頼を探しにくる冒険者くらいしかいない。大事な資金源となる依頼主に先程のような高圧的な態度を取るなどもっての他だし、冒険者相手に職員があんな態度を取ればたちまち噂として駆け巡る。冒険者を大事にしない支部など、冒険者からそっぽを向かれるというのに。


 大方、こちらが若い女だからなめてかかったのだろう。人を見た目で判断するなど、愚かな行為としか言い様がない。


「一体、いつからギルド職員ってそんなにお偉くなったの? ねえ?」


 相変わらず圧力を出しつつそう詰め寄ると、職員は固まってずるずると後退していく。どうやら、腰が抜けたのか立てないようだ。ちょっと凄んだだけでこうなる腰抜けなら、最初からあんな態度を取るなと言いたい。


 ――最初から喧嘩腰ではなく、普通に対応しなさいよね、まったく。


 冒険者とギルド職員は常に対等な間柄だ。どちらかが上という事はない。それでも、戦闘の経験値という意味で冒険者の力が上に思われがちだが、職員に暴行を加えれば簡単に資格が剥奪される上、暴行事件として扱われるのだ。


 かといって、職員が冒険者に嫌がらせをすると、それはそれで処罰対象となる。こちらも事実と認定された場合職員の罷免と共にやった事が公表される為、まともな職に就く事が出来なくなるのだ。ギルド職員なら、そのくらい知っているはずなのに。


 とはいえ、このままずっと威圧をかけ続けるのも面倒だ。ティザーベルは軽い溜息を一つ吐いて、この状況を終わらせる事にした。威圧を解いたからか、職員達はあからさまにほっとした表情をしている。


「これ、依頼票。完了のサインはもらってあるから、とっとと手続きして依頼料ちょうだい。あ、預託金口座じゃなく、現金でね」


 預託金とは、読んで字のごとくギルドに預けておく金の事だ。冒険者は定住先を持てない者も多く、現金を置いておく場所に困る事がある。なのでギルドに預けておいて、その口座に依頼料を入れてもらったり、必要な分の現金を引き出したりするのだ。


 銀行業務のようにも見えるが、手数料が取られない代わりに利息も増えず、また預けた支部でなければ現金が引き出せないなど使い勝手が悪い部分が多い。それらもあって、ティザーベルはこの預託金口座を持っていない。いつもにこにこ現金払いである。


 固まっている職員達は、お互いに顔を見合わせて誰が行くかを押しつけ合っているようだ。もう一度活を入れた方がいいかと思い始めた頃になって、ようやく中の一人が這うようにカウンターまで来て依頼票を受け取った。


 依頼票には、依頼者指名、依頼内容、依頼したギルドに入れた金額、そこから冒険者に支払われる依頼料、依頼を受けた冒険者名、もしくはパーティー名などが記載されている。これを受け取ったギルドはどこでも記載されている金額を冒険者に支払わなくてはならない。


 今回の依頼料は破格の十五万メローだ。ここまでの道のりや道中の危険度を考慮すると、最低でも三十万メローの依頼である。


 依頼票を見た職員は、慌てた様子で奥へと向かい、革袋をもって戻ってきた。


「こ、こちらが今回の依頼料になります……」

「じゃあ、確かめさせてもらうね」

「え?」

「え? って何よ。当たり前でしょう? あ、ちゃんと支払い証明書も用意しておいてよね」


 依頼料を支払った、支払われていないで、騒動になる事は多い。大抵は預託金口座にそのまま入れて置くので、その通帳に記載されるのだが。


 現金を持ってきた職員が証明書を取りに再び奥へ行こうとしているので、へばっているうちの一人を呼び寄せる。


「ちゃんと数えるところ、見ておきなさいよ。でないと不正が行われるかもしれないんだから」


 ティザーベルはそう言うと、革袋の中の硬貨を数え始めた。十五万メロー分の硬貨が入っている事を確かめると、今度は奥から持ってきた支払い証明書に自身のサインを入れ、その場にいた職員の一人にもサインさせた。


 うち一枚を肩掛け鞄に見せかけた移動倉庫に収納し、仕事は終わったとばかりにティザーベルはギルドを後にする。本当は支部長の顔も見ておきたかったが、魔力の糸による探索には引っかからなかった。不在なら仕方ない。


 ギルドを出た所で、今度は街中に魔力の糸を伸ばす。ミド達がどこにいるか探る為だ。広場の名前は聞いたけれど、ここからどうやって行けばいいのかわからないのでこの手を使っている。


 場所はすぐにわかった。ギルドのある広場から見て、崖側に少しいった所のようだ。道順も魔力の糸のおかげでわかったので、そちらに向かって歩き出した。そんなティザーベルの前にあるのは、上へと連なる階段だ。どうやら、仲間とミドがいる広場へ行くには、この階段を上らなくてはならないらしい。


 ここでも、やはり人の姿はみかけない。人はいるのに外に出てこないのでは、ミドの商売はうまくいかないのではないだろうか。


 彼等がいる広場へ辿りつくまでに、一体何段の階段を上った事か。途中で体力が尽きてへばりかけたティザーベルは、奥の手を使った。自分自身を魔力で浮かせて、上へと運ぶのだ。体力は温存出来るが、その分魔力を消費する方法である。


 一体どちらがいいのかはわからないが、少なくとも体力切れにより階段の途中で倒れるよりはましだろう。


「あー、最初からこうしておけば良かったー」


 周囲に人目があったら、きっと驚愕の表情で見られた事だろう。その点だけは、街中に人がいなくて良かった。




 おんぼろ荷馬車がある広場にティザーベルが到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。馬車を中心に、民衆が争い合っているのだ。幾人かはミドや馬車に襲いかかろうとしているが、その全てがヤード達に弾かれている。


 一体これだけの人間が、今までどこに潜んでいたのかと思いたくなる程の人数だ。


「おお、なんというカオス……」


 余所者を排除する動きかと思ったが、違うらしい。皆切羽詰まった様子で荷馬車に群がっている。どうやら、売り物の食料に殺到しているようだ。それだけ飢えているのだろう。


 荷馬車にはヤード達がついているから大丈夫だとは思うが、逆に民衆に怪我をさせる危険性があった。


 どうしたものかと遠巻きに見ていると、こちらを見つけたらしきヤードが手

を上げて民衆を指さしているのが見える。やれという事らしい。


「何だかな」


 人外専門だというのに、とぶつぶつ呟きながらも、ティザーベルは幻影の術式を展開させた。


「うわあ!」

「きゃああああ!」

「ば、化け物ぉおお!」


 荷馬車の上から鎌首を上げた大蛇が大口を開けて威嚇する幻影を出したのだが、効果は抜群だったらしい。それまで馬車にたかっていた民衆は我先にと逃げだそうともがいている。


 その隙をついて、ティザーベルは荷馬車に近寄った。


「で? 何でこの騒ぎ?」

「売り切れた」


 ヤードからの短い返答から、買い物が出来なかった客が暴動を起こしかけていたのだと知る。こんな事なら、自分がこちらに残るのだった。ティザーベルの移動倉庫には、ミドが仕入れた食料がまだ大分入っている。荷馬車の影で補充を行えば、この騒動は起きなかっただろうに。


 とはいえ、食料が買えないから暴動を起こす、というのはやはり異常だ。確かに、食べられないというのはストレスに簡単に繋がる。


 ここまで来るのに全く人に会わなかったのに、この広場は人でごった返している。海賊の恐怖より食べられないストレスの方が上とみた。荷馬車にこれだけ群がっているのがいい証拠だった。


 とりあえず、効果抜群の幻影は消しておく。いきなり現れた大蛇がいきなり消え去ったので、当然広場にいる民衆は首を傾げているが、再び荷馬車に突撃をかまそうという者はいない。


 これでどうにかなったかと思った矢先に、広場の奥から怒号が飛んで来た。


「何だこれは!? 何の騒ぎだ!?」


 離れたティザーベルの耳をも攻撃する大声に、何事かと声のした方を見る。人で埋まっていた広場は、まるで海が割れるように道が出来ていた。


 人垣の向こうにいたのは、はげ上がった頭にいくつもの傷跡のある、筋骨隆々な大男だ。よく見ると、彼の背後にはギルドのクズ職員の姿もある。さらにその後ろには、何やら武装した集団が見えるのだが、あれはどこの所属なのだろう。装備から見て、中央から派遣されて治安維持を行う巡回衛兵隊ではない。


「邪魔だ邪魔だ!」


 そう言いながら、大男は民衆を蹴散らすように広場を進んできた。民衆の顔には、恐れと諦めの表情がある。


 ――もしかして、こいつが海賊?


 そんな事を考えていると、大男は馬車の前まで来た。


「おい! この騒ぎはおめえらの仕業か!?」


 近距離でも大男の声量は変わらないようで、あまりの大声に思わずティザーベルは耳を押さえる。ついうっかり、大男の意識を刈り取ろうとしてしまったが、気付いたヤードに止められた。彼はこういった事には勘が働く。


 大男からティザーベル達を護るように前に出たのは、レモだった。


「別に騒ぎを起こそうとした訳じゃねえよ。商品を売っていただけだ」


 こういう場合、オダイカンサマでは年長者のレモが交渉役を務める。今回も、震え上がっているミドに代わり、その役を買って出てくれのだた。


 レモの言葉を聞いた大男は、再び大声で怒鳴り出す。


「商品だとう!? おい、おめえら! 誰の許しぃ得てここで商売してやがる!!」

「あ、あの、ここに許可証が――」

「よこしやがれ!!」


 ミドが出した商業組合発行の販売許可証を、大男はひったくった。一々態度が悪いハゲだ。


 商業組合発行の販売許可証も、ギルドの依頼票同様偽造不可の帝都製だ。許可証は初めてその街に来た時に申請するもので、一度許可が下りれば余程の事がない限り同じ許可証で販売が出来る。


 きちんとヨストの商業組合に持っていけば本物と確認出来るのだが、ハゲは書面をちらっと見ただけでにやりと笑った。


「こいつぁ、偽物だな」

「ええ? そ、そんなはずは――」


 狼狽えるミドに、ハゲは声を大きくして怒鳴る。


「やかましい! 俺が偽物っつったら偽物なんだよ! こいつらは許可なく広場で物を売った罪で投獄だ!! ったく、おかしな連中が街に入ったっていうから、てっきり……おい! 早く捕まえねえか!」


 大男はぶつぶつ言いながらも、後ろの武装集団に大声で命令を出した。


 それにしてもむちゃくちゃな話だ。正規の許可証を偽物呼ばわりとは。ギルド職員がいる事から、ハゲ男がギルド関連の人間だと知れる。これは、思っていたより早く仕事が片付くかもしれない。


 広場から連れ出される際に、民衆の声がちらりと耳に入る。


「可哀想に、まだ若いのに……」

「あいつらに目を付けられたら終わりだよ……」


 他にもこちらに同情的ではあるが、諦観の入った言葉ばかりだ。これは思っていた以上に、街の深い部分まで賊が入り込んでいるのかもしれない。

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