六 静かな港街

 峠道を無事越えたオダイカンサマ一行は、ヨストの街の手前に到着した。ここが峠道の最後の休憩所で、近くの広場からは街が一望出来るという。


「何か……沈んだ街だね」


 遠くから見ただけでもわかる程、街には活気が見られなかった。港街で交易も盛んな場所なら、朝のこの時間から活気に溢れていてもおかしくはないのに。


 ティザーベルの言葉に、反論するものは誰もいない。


「ほんの少し来ない間に、こんなになるなんて……」


 若き行商人ミドは、ティザーベルと並んで街を見下ろし、悲しそうに呟いた。彼が前回来た時には、まだ港街らしい活気に溢れる街だったという。それから約十ヶ月後の今、海賊の影響は街全体に広がっているようだ。


 やはり、海上をほぼ封鎖されている状態なのが大きいらしい。これまでは船で何でも運び込んでいたのに、その手段が断たれたのだ。


 何より大きいのは、食料不足だという。ミドにヨストの窮状を教えた商人も、あの街はもう長くないと言っていたそうだ。


 命が惜しければヨストには近づくな。そんな忠告までくれたという。


「それでも来るんだから、大した入れ込みようよね」


 ティザーベルの言葉に、ミドは苦い笑いを浮かべた。彼にとって、ヨストという街はかなり重要な場所だそうだ。商人にとって、独立を決めた場所というのはそんなに重要な場所なのだろうか。


 そんなティザーベルの考えが伝わったのか、ミドは苦笑して教えてくれた。


「昔、まだ商会の使い走りをしていた頃に、この街に来たんです。そこで出会った人達にもらった言葉で、行商人を始める決意を固めたものですから……」


 何でも、その頃働いていた商店の主はあまりいい人物ではなかったらしく、使い走りのミドの事をこき使っていたそうだ。見るに見かねた街の人達に、このままあの商人の下にいてもいい事はない、別の商人に弟子入りするか、行商人として独り立ちした方がいい、と薦められたんだとか。


 それ以来、街の人達への礼も込めて、困難な陸路を通ってでもここに来続けているという。


「だから、今こそあの街に行かなくちゃいけないんです」


 そう言い切ったミドの視線の先には、活気を失った港街ヨストがある。


 正直、ヨストに陸路で入るのはコスト面でいけば完全に悪手だ。海に面した崖の街であるヨストは、崖側の道が険しく行き来が困難である。それに加え、魔物や盗賊のリスクも存在するのだ。


 しかも船を使った大量輸送の商人と張り合わなければならないときては、陸路の行商人などヨストでは生き残れないだろう。


 そんな高リスクの街相手でも、ミドはきちんと利益を上げている。仕入れる品を厳選し、海上輸送の大手商会と扱う品が被らないよう工夫をしてきた。それもこれも、ヨストの街を大事と思うからこそだ。


 だが、今回彼が仕入れた品は全て食料品だった。ヨストは魚こそ自前で用意出来るが、それ以外の穀物や野菜、果物などその殆どを余所から仕入れている。それら全てが海上輸送に頼っていたのだから、海賊に海上封鎖されてしまっては干上がるのは時間の問題だ。


 それらを少しでも解消したいと思い、大量の食料品を仕入れたのだった。しかもティザーベルの移動倉庫を使う事が出来たので、新鮮な野菜や果物なども仕入れ放題である。彼が仕入れの際におかしくなったのは、それが原因だった。


 しばらくそうして崖の上から街を見下ろしていたが、ここから先はほぼ危険はない。ミドはティザーベルを振り返って明るく言った。


「今のうちに品物を荷台に移してしまいましょう」

「了解」


 ミドの言葉にティザーベルは頷いて、移動倉庫から次々と食料品を取り出す。あっという間に荷台が一杯になり、さすがにこれ以上人は乗せられないようだ。


「ここから俺等は歩きだな」

「まだ山道が続くなあ……」

「途中でへばるなよ?」

「やかましい」


 ヤードと軽い言い合いをしながらも、ティザーベルは周囲を警戒しつつ足下に強化の術式を施しておいた。これをやるのとやらないのでは、その後の疲労が段違いになる。


 街道を行く商人の護衛をする場合、冒険者の「足」は荷馬車とは別に用意する。馬や騎乗用の訓練された魔物などで、依頼主の荷馬車に乗り込む事はまずない。荷馬車は売り買いする荷で一杯だから、乗るスペースがないのだ。


 馬などを自前で持っている冒険者もいるが、大抵は持っていない。なので、そうした冒険者向けに大きな街には貸し馬屋などがあるのだ。借り賃については依頼に記載されていて、出してもらえる場合もあれば、自費の場合もあった。


 今回はティザーベルの移動倉庫を使っている事と、荷馬車から離れるのは危険だという判断から三人で荷馬車に乗る事が決まったのだ。


 実際盗賊が襲ってきたのもあるし、峠道でも黒小鬼、二本角以外に数種類の魔物に襲われている。ちなみに、それら魔物は全てティザーベルが倒し、素材となる部位は彼女の移動倉庫にしっかり収納されている。


 ここからの道に魔物が出ないのは、さすがに街に近い峠道という事で、殆ど利用者のいない道でも街側で魔物の駆除はしているのだという。


「海賊に支配されていても、やってるのかしら?」

「これだけ街に近い場所で魔物が出たら、海賊共も困るでしょう」


 だから駆除は行われているはずだ、というのがミドの読みである。それでも用心はしておくべきと思い、ティザーベルはそっと探索の為の魔力の糸を張り巡らせた。


 すると、魔物は引っかからなかったが人が引っかかっている。物陰からこちらを窺うのは盗賊か、話に聞く街を支配している海賊か。どちらにしても、襲撃してくるのならやり返すまでだ。


 ティザーベルはハンドサインでヤードとレモにも潜伏する襲撃者らしき人影がある事を告げる。二人も軽く頷いたところを見ると、気配には気付いていたようだ。


 そのまま何事もなく峠道を進んで潜伏者がいる地点まで来たが、何も起こらない。ただこちらを窺っているだけだ。


 ティザーベルは内心首を傾げたが、襲撃してこないのなら余計な面倒を起こしたくないので、そのまま見逃す。結局、街までそのまま辿り着いてしまった。


 崖側の街の入り口はアーチ型の門になっていたが、特に門番がいるでなし、門も開放されたままだったので通り放題だ。


 門を抜けた先は広場になっていて、本来なら崖側の道を通り抜けてきた行商人や旅人達で賑わうのだろうが、この街の道が道なので閑散としている。


 ここまで来ればもう街に到着したと言っても過言ではない。ティザーベルは通ってきた門を振り返り、先程まであった気配について考えた。


「……何だったんだろうね? あれ」

「さてな」


 対人戦に慣れているヤードに軽く声をかけて見たが、彼も思い当たる節はないらしい。情報収集するにしても、こちらの戦力を確かめる為には何某かの行動を起こすはずなのだが。


 二人して首をひねっていると、レモから声がかかった。


「ほら、ぼさっとしてねえで、依頼主から確認もらわねえと」


 護衛依頼の場合、目的地に到着した時点で依頼主から確認のサインを依頼票にもらう。それをギルドに持っていけば、依頼料が支払われる仕組みだ。


 この依頼票は帝都の皇宮が管理していて、複製が出来ないよう魔法処理が施されている。汚損や廃棄も出来ない為、辺境のギルドに溜まった依頼票を帝都の本部まで運ぶ仕事がギルドから出される事もある程だ。


「んじゃ、この依頼票は嬢ちゃんが支部に持っていってくれ」

「了解」


 ミドにサインをもらった依頼票をレモから受け取り、ティザーベルはヨストのギルドを目指す事になった。彼女一人なのは、三人で話し合った結果である。街中で何かしら仕掛けてくる場合対人になるから、対応はヤードとレモの方がいい。


 それに対し、ギルド内部で諍いを起こす事はないだろうし、ティザーベルなら探索用の魔力の糸でギルド内部も調べる事が出来る。適材適所というやつだ。


 ギルドの場所はミドが知っていた為、地図と口頭で道順を教えられている。それがなくとも、街中の通りには全て名前が付けられているから、それを辿っていけばまず迷う事はないそうだ。


 広場からは、街中に抜ける道が三本走っている。ミド達はいつも店開きをする広場があるというので、そちらに向かうらしい。彼等は三本ある道のうち左の道へ進んでいった。


 ティザーベルが向かうギルドは街の中心にあるそうで、そちらに向かうには真ん中の道を行くのが早いらしい。


 中央の道とはいえ、大通りとはとても呼べない細い道だ。それだけ、崖側の門が重要ではないという事だろう。


 それにしても、人通りの少ない街だ。時間帯的には、そろそろ朝食を終える頃だというのに誰も外に出ていない。ここまで静かな港街などあるのだろうか。


 ――港街って、勝手に騒がしいところってイメージしていたけどな……


 これも、海賊の影響なのだろう。賊が街中を闊歩するとあっては、一般人は怖くて外に出られなくてもおかしくはない。


 だが、崖側の広場からここまで、その海賊らしき連中にさえ出会っていないのだ。まるで人が誰も住んでいないように。


 ティザーベルは、一度足を止めて少し魔力の糸を伸ばした。建物と扉の隙間から中に忍び込ませると、人はいる。精神状態も、いいとは言えないがあからさまにおかしくなっている様子もない。


 やはり、海賊を恐れて引きこもっているというのが正しいようだ。とりあえず目先の問題はなくなったので、再びギルドを目指す事にした。

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