五 悪い鬼はいねがー?

 街道は谷底を越えると、山道へと入っていく。ここからは、慣れているミドが馬車を操る事になった。


 御者台に座る彼の隣に、ちゃっかりティザーベルが座っている。ここからの山道は、盗賊も出れば魔物も出るのだ。ミドだけでは対処しきれない。


 というのは建前で、彼女の目当てはこの付近に生息する黒小鬼を狩る事だ。おかげで、先程からミドの隣で鼻歌を歌い始める程上機嫌でいる。そんなティザーベルの様子に、ミドは若干腰が引けていた。


 荷台には後方の護りとして、ヤードとレモがいる。本来ならこの荷台一杯に荷物を積んでいるはずなのだが、今は何もなくがらんとしていた。ミドが仕入れた荷は、全てティザーベルが預かっているのだ。


 帝国内では、魔法道具の一つとして「拡張鞄」というものがある。読んで字のごとく、内容量を拡張した鞄だ。容量はピンキリだが、最低でもこのおんぼろ荷車の二倍量は入る。


 ティザーベルも、この拡張鞄を持っていた。といっても、彼女の持つ拡張鞄は自作の品だ。おかげで、ここでも魔法の独学による個性が発揮されている。


 通常、拡張鞄の容量は固定で、しかも内部の時間の流れまでは止められない。内部と外部との時間の流れを変更出来る鞄は存在するが、高値の為に持っている人間は少ない。


 ティザーベルは自分で作った拡張鞄の事を、「移動倉庫」と呼んでいる。倉庫という割には容量の上限がなく、かつ内部にしまっておけば時間経過が一切起こらない。売りに出せば一生遊んで暮らせるだけの金を手に入れられるだろうが、実は偶然の産物で出来上がった代物なので、彼女にももう二度と作れないものだった。


 この拡張鞄、商人なら誰でも喉から手が出る程欲しい物らしい。それはそうだろう、大量の荷物を簡単に運べるのだから。だがこの拡張鞄、容量が多ければ多い程値段も跳ね上がる。最低容量のものでも、一つ五千万メローはするというのだから驚きだ。ティザーベルにとって、ちょっとした土地付き一戸建てと同じ値段の鞄などあり得ない。


 そんな値段なので、当然ミドも所有していなかった。仕入れの前にオダイカンサマと契約出来た為、容量上限無視の仕入れが出来たのは、彼にとって良かったのか悪かったのか。


 何せ、仕入れ中のミドの表情は何かが壊れた様子だったのだ。レモが制止しなければ、有り金全部仕入れに突っ込んでいたかもしれない。


「さて、気合い入れていきましょかー!」

「は、はい」

「元気がないぞー。ほら、もう一回」

「は、はい!」


 ティザーベルにだめ出しをされたミドは、背中を叩かれつつ返事を強要されていた。対するティザーベルの方は、既に臨戦態勢である。


 普段から人外専門を謳っている彼女の様子に、荷台から呆れた声がかかった。


「……そんなに楽しみか?」


 ヤードのうんざりした様子に、ティザーベルはきょとんとした後に答えた。


「えー? だって魔物は盗賊と違って素材があれこれ取れてお得なのよ? 特にこの峠に出る黒小鬼の角は希少なんだから」


 これを狙わずして、何の冒険者か。盗賊も討伐すれば報奨金が出るが、魔物は討伐の報償とは別に素材を換金出来るので二度おいしい獲物なのだ。


「ここで取れる黒小鬼の角は、一つ三万メローで引き取ってもらえるのよ? 三万メローよ、三万メロー。十個集めれば三十万メローなんだから」


 ティザーベルは金儲けが好きだ。孤児院という、常に経済的に厳しい環境で育ったせいかもしれない。とはいえ、彼女が好きなのは自分の力で全うに稼ぐことであって、盗賊や後ろ暗い犯罪などで稼ぐ事は邪道だと嫌っている。


 高額な魔物素材の事をうきうきと話すティザーベルに、ヤードは心持ち引いている。そんな彼を見て、表情を一変させたティザーベルは一段声を低くした。


「あんたらだって、盗賊相手には楽しそうに斬りかかるじゃない」


 これにはさすがにヤードもとばっちりのレモも反論出来なかった。彼等二人は、どちらかというと対人戦の方を好む。以前ちらっと聞いたところ、ものにもよるけれど人外相手はどうにも苦手だそうだ。


 確かに魔物の中には形状が何とも言い難いものもあるけれど、大抵は動物より少し凶暴そうだったり、色や角がおかしかったり少し運動能力が高かったりする程度だ。先程話題に出た黒小鬼は人型と呼ばれる魔物で、黒い肌と角、顔に対して大きすぎる目を除けば小柄な人種と言っても通りそうな種族だった。


 そして何より黒小鬼の特徴としては、魔法攻撃を使ってくるところか。速度を上げたり物理攻撃の威力を上げてきたり、単純にこちらに火矢を飛ばしてきたり足下に穴を開けたりするという。


 だが、魔法の威力そのものは低いので、対応出来ない程ではない。なにより、人型とはいえ魔物だ。


 ――人外の方が罪悪感少なくてすむし。


 対人が苦手な自分と、人外が苦手な二人なのだから、ここから出る人外は自分が担当すればいい。もっとも、自分は人間も担当させられたが。


 少し黒い気持ちが溢れそうになったが、これも適材適所だと思っておこう。魔物の素材で荒稼ぎ出来れば、きっとこの気持ちも晴れるに違いない。


「そうと決まれば。さー! 出てこい黒小鬼! 片っ端から討伐してやんよ!」


 楽しそうなティザーベルの背後で、大の男二人が顔を青ざめさせていた。




 ギルドでもらった情報は正しかったらしく、峠道のある地点を通り過ぎた辺りから、道の前だけでなく後ろ、時には上から黒い肌の小鬼共が湧き出てくる。その数、ざっと見ても五十はくだらない。どうやら、魔法士部隊が間引く直前のタイミングでティザーベル達はここに来たらしい。


「よっしゃー!!」


 荷馬車自体に対物理対魔法遮断の結界を張ってあるので、相手からの攻撃は全て無効化された。それでも、御者台で馬を操るミドは涙目だ。


 それもそうだろう。凶悪な顔をした小鬼がわらわらと群がってきてはこちらに攻撃を仕掛けてくるのだ。


 彼等が手に持つのは石と木の枝を使った簡易の槍が中心だが、中には明らかに人が打ったと思われる剣や槍を持っている個体もいる。おそらく、彼等に襲われて死んだ冒険者や軍人などから剥ぎ取ったものだろう。


 それらを振りまわしながら荷馬車に突進してくるが、一定の距離で見えない壁に阻まれるようにはじき飛ばされていた。ティザーベルの結界がいい仕事をしている。


 それでも、ミドは絶叫を上げながら馬車を操っていた。


「ひいいいいいい!」

「大丈夫、絶対向こうの攻撃は通さないから。安心して馬を走らせて。それにしても、この馬全く怯えていないなんて、見所あるわねー」


 むしろ、飼い主よりも肝が太いのではなかろうか。狭い道な上に片方は絶壁、片方は崖という非常に危険な場所にもかかわらず、年老いた馬は快調に走っている。


 そうこうしながらも、ティザーベルの攻撃は黒小鬼を次々と倒していた。黒小鬼の素材はなんと言っても角だ。逆に言うとそれ以外は使い道がない魔物でもある。


 なので、ティザーベルは真空の刃を作り出して次々と黒小鬼の首をはねていった。はね飛ばした首はしっかり魔力の糸を使って回収し、拡張鞄と化したずだ袋に放り込んでいく。魔物とはいえ、生首をそのまま移動倉庫に入れる気にはなれないので、ワンクッション置く為の措置だ。このずだ袋ごと移動倉庫にしまえば、後で取り出すときに便利なのである。


 ちなみに、このずだ袋も自作品だ。使っている触媒が移動倉庫に使ったものより低品質なので、時間経過はあるし容量上限もある。それでも便利に使えるので、いくつか作って所有しているのだ。


 首を刈り取って残った黒小鬼の体は、崖の下へと落としている。急流が流れているので、死体掃除はそちらに任せる形だ。きっと魚や水棲魔物の養分になる事だろう。


 既に倒した数を数える事を途中で放棄したティザーベルは、半ば作業と化した小鬼退治を片手間で行っている。正直、小鬼程度の攻撃力ならば恐れる必要などない。いくら魔法で物理攻撃力を上げようと、結界にはこちらの想定以上の負荷はかかっていないからだ。それは魔法攻撃でも同様だった。


 ――少し魔力コストかけ過ぎたかな……


 結界に使う魔力が高ければ高い程、耐えられる負荷の値は上がる。黒小鬼程度なら、もう少し魔力をけちっても良かった。


 そんな事を考えていたからだろうか、絶壁の上から咆哮が響く。あれは決して黒小鬼の上げるものではない。


「なるほど、どうりで数が多い訳だわ」


 ティザーベルは、我知らず口元に笑みを浮かべていた。


 群を作る魔物は、その多くが下位種の群を上位種が率いる。そうする事で、個々の戦闘力が低い下位種の群を生かす、いわば本能のようなものらしい。


 黒小鬼も群を作る魔物であり、黒小鬼自体が小鬼種の最上位である。小鬼はその肌の色で位階が決まり、下から緑、赤、青、黒となる。


 そして黒小鬼の群を率いる上位個体は、小鬼から鬼に切り替わるのだ。鬼は小鬼よりも戦闘力も魔力も高い。ついでに素材の値段も跳ね上がる。何せ討伐に苦労する個体だからだ。


 咆哮を聞いた後、絶壁の上から荷馬車の前に飛び降りた存在がある。小鬼より大きな体格で額にはこぶのような二本の角。そのまま「二本角」と呼ばれる鬼の下位種だ。ミドが慌てて荷馬車を止めた。


 小さいがあの角には薬効成分が詰まっていて、しかも鬼は小鬼と違って内臓も素材となる。残念ながらさらなる上位種である大鬼のように骨や皮まで素材になる事はないが、黒小鬼の群と合わせていい稼ぎになるのは間違いない。


「大丈夫か?」

「平気」


 荷台部分からヤードが心配の声を掛けてきたが、それには振り返りもせずに簡単に答える。相手が何だろうと、魔物である以上やる事は変わらない。


 目の前の二本角は、もう一度咆哮を上げると荷馬車に突進してきた。さすがに馬が驚いて後ろ足で立つが、二本角はお構いなしに腕を振りかぶって殴ってくる。さすがは小鬼の上位種、鬼の中では下位種とはいえ、素手での攻撃力が武器を持った小鬼の攻撃力を遙かに上回っていた。


 だが、それでもティザーベルが張った結界を破る事は出来ない。


 ――魔力けちらないで良かった……


 こんな事を予測した訳ではないが、備えあれば憂いなしというやつだ。


 二本角は、破れないとわかったのに未だに打撃攻撃を繰り返している。一応、魔力で物理攻撃力を強化しているようだが、結界は揺らぐことすらない。


「さて、どうするか……」


 先程まで黒小鬼を倒していたように、かまいたちで首をはね飛ばしてもいい。大事なのは素材を傷めないように仕留める事で、皮自体は素材にならないから損なっても問題はないのだ。


 そう決めると、黒小鬼に使った時より大きめのかまいたちを作り上げると、そのまま二本角の首をはねる。首をなくしてもしばらく動いていた胴体は、数秒後に力をなくして倒れ伏した。これで見える範囲の黒小鬼及び二本角は全て討伐した事になる。


 依頼を受けた場合は近くにあるであろう巣も討伐対象だが、これはただの接近遭遇戦だ。それに、今はミドの護衛依頼を受けている最中なので、巣の討伐に向かう事もあるまい。


 二本角の死骸を拡張鞄にしまい込み、それをさらに移動倉庫に格納する。後は街道に残っていた黒小鬼の胴体を、全て下の激流に投げ落として終わりだ。


 ティザーベルは御者台で固まっていたミドに声を掛ける。


「とりあえず、終わったよ」


 ミドが呆然とした様子でこちらを見てきたので、意味がわかるかどうかは置いておいて、サムズアップしておいた。

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