逃した魚は大きい

西山香葉子

第1話

 毎朝通勤で乗る電車には面白い女の子がいる。

 可愛い顔立ちをしているのにとんでもなく太っているのだ。

 冬場はよく赤いハーフコートを着ていて、教科書やノートをブックバンドで止めているあたり、女子大生らしい。

 20キロやせたら、さぞすごい美人になるに違いない。


 それからしばらくたって僕は、それまでと正反対の方向の部署へ異動になった。

 朝の電車が少なくなり、早く起きなきゃならなくなった。

 その女の子の顔も見なくなった。

 転勤してから半年後。

 元の部署へ出張に行く日がやってきた。

 直行していいという話だったので、以前起きていた時間に起きて、以前乗っていた電車に乗った。

 そうしたらすごい美人がいた。

 ちょっと待て!

 あの女の子だ!

 驚くほどやせていた。

 やっぱり僕が思ったとおり、やせたら美人になっている。

 予感が当たった嬉しさと同時にちょっとしたときめきも覚えた。

 しかし。

 途中の駅で、嫌味なくらいさわやかな二枚目が乗ってきて。

「おはよ」

 と彼女に声をかけた。

「あ、ゆうくん、おはよう」

 と言って彼女は頬を染めた。

 ちっ。

 手遅れだったか。

 逃した魚は大きいって、このことだと思って朝からがっかりし、久しぶりに会った元の部署の仲間から「久しぶりにこっち来たのに元気ないな」と言われてしまった 。


 数日後の日曜の午後。

 暇で家にいたのでなんとなくTVをつけていたら、とあるエステティックサロン主催のダイエットコンテストをやっていた。

 見てびっくり。

 彼女だったのだ。

 放送では彼女がいかに努力してやせたか、ということと、22キロやせてグランプリになったことが流れていた。

 そして僕は彼女について多くのことを知った。

 名前。

 大学の2年生であること。

 パスタが好きなこと。

 大学ではフランス文学を専攻していることなど。

 そして、懸命に努力する彼女は、とても美しかった。

 知ってたんなら声かけておけばよかったな、とあらためて思った。


 せっかくできた彼氏に逃げられたり騙されたりしないといいな。


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逃した魚は大きい 西山香葉子 @piaf7688

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