死の幻影

時羽

第1話




目を瞑れば、いつも彼の最期の笑みが浮かんだ。



人通りの多い大通り。

無駄に高いビル、その間を通り抜けていくぬるい風。すれ違うだけの他人が、我関せずといった態度で各々の方向へと進んでいく。


人間から発せられる特有の熱気が、私の肌を刺激して透明な汗を作り出し。

アスファルトの地を踏み、足を進める度に脳内が朦朧としていく。


暑い夏。吹き出す汗。絡む湿気。

でも私の心は冷えたままで、頭の中が朦朧としていく理由は、それら三つとは無関係だった。


私はゆらゆらと夢遊病者のような足取りで歩く。

けれど目的地などない。

ただ足が勝手にこの場所へ進んできただけだ。


無意識に、また来てしまったこの大通り。

無意識に、また足を止めてしまうこの大通り。

そして無意識に、また見てしまうあの道路。


彼が、死んだ場所。


好きでもなんでもない、どちらかと言うと嫌いな同級生の男子が、「死ぬほど君を愛してる」と言って、私が「でも私は、死ぬほどあんたが嫌い」と答えた場所。


「本当に死ぬほど嫌い?嘘だよね?」

「本当だよ」

「なら、証明してみせてよ」


その言葉に私が目を見開くと、彼は何故か笑って道路の方へ足の先を向けた。


「俺は死ぬほど君を愛してる。それを証明するから、君も自分の言ったことを証明してよ」


そう言うと、彼は軽やかに、そう、まるでステップでも踏むように道路へ躍り出た。

優雅に、戸惑いもなく、道路へ出て、そして車にはねられて死んだ。


死ぬほど君を愛してる。

それを証明するために私の目の前で死んだ。


─────彼のそんなところが、突拍子もない、狂ったその部分が大嫌いだったのに。


私の前で死んだ彼は、まるで呪いのように今でも私に纒わり付く。

死という衝撃的な光景を目の当たりにしたショックで、彼の幻影が生まれ私に囁き続ける。


「今度は君の番。さぁ、証明してよ」 と、耳元でクスクス笑いながら囁いては、私はそれを掻き消すように拒絶の言葉を叫ぶ。

けれど、夢にまで彼は現れ、目を開ければ幻影が囁き、閉じれば真っ赤な彼の笑みが浮かぶ。


精神的にも、もう限界だった。

睡眠不足と疲労で目の下には隈が出来、体は窶れてしまった。


嗚呼、意識が朦朧とする。

なのに彼はまだ私の耳元で囁く。


「証明してよ。死ぬほど僕が嫌いだって」


うるさい、そう叫んでいた元気は遥か昔に捨てていた。

楽になりたかった。彼から、幻影から、囁きから、楽に。


夏と人間の熱気で世界が歪んで見える。

貧血と睡眠不足で、もう足元が安定しない。


助けて。と手を伸ばす。

伸ばした先には、伸ばした方向は、彼が死んだ道路。

無意識に伸ばした手は、彼の幻影が嬉しそうに取ったかのように見えた。


そして、彼は引っ張った。


私は引っ張られるまま、彼にリードされるまま、道路へ躍り出た。


──────あ。



そう思った時は、既に何もかも手遅れで。


凄まじい衝撃が体に走った時、私の視界は彼の死体のように真っ赤に染まり、耳元で彼の狂ったような笑い声が響いた。



「ふふふ……一緒に、なれたね」

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死の幻影 時羽 @raksie_18

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