19 兵法第二帖 第一段 道州兵法隊これに誕生 2

☆青山とハル、その数日前


 「一つのチームが始動するには、まずやるべきは宴会です。物事の始まりと終わりには、会食が必要です」

 

 山野からそういわれて、青山は店を探していた。

 県庁以外から入った者もいるので自己紹介と親睦も兼ねて、まずは飲みましょうか、と山野はその前日に青山に命じていた。

 

 車椅子の自分も普通に宴会に入れる店は限られているが、そういう店を捜すのに青山は慣れていた。

 とにかく新しい11人が自然にテーブルを囲めて、途中で座席のシャッフルが自然にできて、美味しい店、というのが山野のリクエストだった。

  「『始まりの会食』の場所です」と念を押して。

 

 その時、その傍で杉田ハルは興味深げに聞いていた。杉田ハルはその日始めて県庁に出勤してきて、慣れるためにとブラブラとそこら辺を歩いていた。

 そして山野と青山の二人の会話を、隣に来て座って聞いていた。青山には常識でもハルには始めての知識だ。

 ハルは物問い顔に山野を見ていた。


「国際会議でもまず最初にアイスブレーキングというものがあるものです」

山野はハルにも分かるように続けた。

「立食だろうが、簡単なものであろうが、人間はまず何かを食べながら話す必要があります」

「へえ」ハルが感心する。


「その時一番いけないのは、食べるものがないこと、次にそれが不味い事です。何も宴会にしろ、というのではありません」

ハルは興味津々だ。

「いや、やっぱり宴会が必要だ」

 山野はすぐに訂正した。

「賑やかで、お行儀が悪いくらいがいい。」

「とにかく食事が美味しいのは、すべての欠点を救います。不味い料理だと全部の長所を台無しにする。アイスブレーキングどころじゃない」


「……ボクが女の子と失敗するのは、そのせいだったのか」

 杉田ハルは感心したように言う。

 杉田ハルはニー対で採用された。県庁のしがらみがないからか、それとも社会感覚がないせいか、山野に何の屈託もなく自然に話しかけている。

 上司が話し終わるのを待つとか、丁重に聞くとかいう姿勢は、全くない。山野もそんなことで機嫌を損ねる人間ではない。


 「ちょうどいいから、ハルさんも青山さんについて一緒に店を開拓してくださいな」

 山野からすでにハルさんと呼ばれていた彼は「はい」と答えて実際に青山と会場の手配に加わった。

 その過程で、青山はハルのことをすでに把握していた。県庁の人間と違って、もともと杉田ハルは自分の考えや思いを隠すことはしない。


「どうしてこの店はダメ?」

「ボクの車椅子では、入るのがややこしい」

「あ、なるほど。じゃあ入口と座席にゆとりが必要なんだ」

 ホームページからカラ―印刷した紙と、店のパンフレットと、横浜ウォーカーと横浜るるべを並べて、それはそれは楽しそうに比べている。


「あっ、トイレは?」

「それは非常に重要だ。だけど普通の飲み屋じゃ、障がい者用トイレはない」

「そういうとこでは、今までどうしてたの?」

 

 わざと話題を避けるということをせずに全く気にとめずに聞いて来るハルに対して、青山も答えるのが気楽だった。ヘンな気の使われ方が一番困る。

「県庁で先にトイレに行っておく。宴会はだいたい二時間だから大丈夫だ」

「なるほど~。じゃあ、この店は?」

「そこは料理が不味い」

「けっこう店をよく知ってるなあ」

そういうわけで、二人はすでに一つ仕事をしていた。些細な手配だが、仕事は仕事だ。


 青山には県庁内に、これまでタメ口で話すほどの友人はそれほどいない。

 雨宮草子は別だ。新人教育担当で先輩として草子についていらい、二人は友人とも言えるし、ちょっと親しい仲だといえばそうもいえる関係だった。

 だが普通の同僚は、青山に対しては、同期でもまるで先輩後輩のような態度になる。同期でも、彼に丁寧語や敬語を使ったりする者もかなりいる。

 下手すれば他部署の人間では、上司でも敬語を使う人がいたりする。


 女性の場合は、頭脳明晰で優秀すぎる青山が相手だと、親しくなる時にただの友人同士という構図は即座に捨てるらしい。

 おまけに車イスというちょっとした遮断物が入る。見下ろしながら青山と話す相手が、視線の配置に困る様子を見たことが何度もある。

 

 慣れれば何でもない。だが親しくなるその前に、今度は青山の優秀さが邪魔をする。また、職場の正式な宴会はともかく、だれかとカジュアルに飲みに行くという行為は自然に少なくなる。そういうわけで自然に青山は、尊敬されるが親しくはない、好かれるが敬遠される、という立場になる。

 すべてにおいて自然に会話をし、自然に一緒に行動できるのは、これまで雨宮草子だけだった。


 そんな青山とハルは、この時点ですでに互いがため口になっていたのだ。

 というよりは、ハルはだいたい誰とでもほぼタメで話す。敬語というものを使えない。

「これでも面接の時はちゃんとした言葉づかいだったんだよ」とハルは青山にいった。

 だがその面接でひとり、知事の名前を聞かれて、あろうことか宿敵東京都知事の女性の名を出した人間がおり、それがこの杉田ハルである。

 ……ということを、青山は面接のあったその日のうちに聞いていた。


 これは公然の秘密だがと前置きして、「山野さんはそれを聞いて杉田の採用を決めたらしいよ」と一緒に面接官になった別の課の人間が話していた。

 

 ちなみに県庁では「公然の秘密」とは、単に会議や公式の場以外つまりトイレや廊下や宴会で話されるおもしろい話題のことを指す。それに対して、頭に何も付かないただの「秘密」は、ひそひそとそれでも話される話題のことである。

 そして、目配せで話題を制される話が、ある意味「本当の秘密」である。


 どちらにしても職員の間で話され、言い伝えられる。

 秘密扱いの程度は、主語が省かれてアレソレで話が通じるか背景説明が必要か、あるいは部署や年齢を超えて話題にされるかで、自然に分かる。


 その例に従うと、ハルの話題は上司が青山に話した。おまけに、『例の話知っている?』『あの人の代わりに例の名前を出したらしいよ』『ところが政策課の彼はそれを気にいってうちの部署が採用するって申請したって』『まあ彼しかできないことだけどね』、という話題の振り方だ。公然の秘密と呼ばれる要素は充分にそろっている。

 

 で、その公然の秘密は、まだ県庁文化を知らない外から来たメンバーを除いて、当然ながらほとんどの人間が知っていた。

 県庁組の数人は、たとえ山野が採ったといっても、今後まだ何が起きるか分からない状態で、いやそれよりもさらに、何をどう接していいのかも掴めず、まずは杉田ハルには距離を置いていた。

 

 ハルは通称ニー対で入ったが、採用される前はフリーターをやっていた。コンビニでは意外に客扱いが上手かったんだろうな、と思わせる節もある。

 敬語は使わないが、人づきあいが苦手と言うわけではない。下手なだけだ。そこに、通常の観点からすると、という但し書きが入る。


 タメ口とか、敬語が話せないとか、そういうことではない。

 要するになんというか、”誰とでも同じ距離感”で会話するのだ。

 たとえ県庁の偉い人であろうと、自分を採用してくれた人であろうと、同年代の人であろうと、年下であろうと、とにかく距離感が変わらないのだ。

 

  同世代の人間の自分に対する丁寧語にへきえきしていた青山にとって、ハルのタメ口は好ましいものだった。


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道州大兵法(どうしゅうだいへいほう)~異現代歴史小説~ 天道安南 @tendou

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