18 兵法第二帖 第一段 道州大兵法隊これに誕生 1
道州大兵法 第二帖 第一段
初めに名あり。その名、その形を決め、その名、その本質を決める。
☆道州大兵法チーム、青山崇史
「山口では奇兵隊って言うんだって。希並対と字が違うけど音を似せてね。道州大都市制度希望並立準備基本法対策委員会じゃ長すぎるから」
「知ってる。大阪関西では道希法をとってドヤ・キホーテだって」
「なにそれ? オヤジギャク? 道州制を幻の敵とみたわけね」
雨宮草子と鵜飼五月の二人はそう話したところで、げらげらと笑いだした。
山口っていつまでたっても奇兵隊から抜け出せないのね~とか、大阪ってかならず関西弁にするかギャグりたいのよね、他の地域の道州制対策課はどうやってるのかな、やっぱりヘンな名前付けてんのかな、などと盛り上がっている。
横でそれを聞いていた青山崇史は、不思議な気がした。
雨宮草子と鵜飼五月がこんなふうに屈託なく楽しそうに話すなんて、青山には思いもよらないことだった。青山はこの二人をそれぞれ知っている。だがこの二人が、以前から友人だったのか、それとも意気投合してこうなっているのかは、分からない。
草子は誰とでも打ち解けるタイプだが、鵜飼はどう考えてもそうではない。
無論、鵜飼は女性に対しては攻撃的でないとは知っていた。しかし何となく、鵜飼は雨宮草子に対して鋭角な態度をとる、と青山は勝手に思っていた。
だがどうしたことか。違ったらしい。鵜飼のいつもの皮肉っぽさは影をひそめている。
青山のもの思いを、ある質問が遮った。
「ねえ、ねえ。ド―シューセイって何?」
もちろん、こんなシンプルかつ初歩的な問いを発するのは、杉田ハルだ。
その言葉に、談判居残り組の四人が目をむくようにハルを見た。
四人とは、知念章、岩崎夏美、宮原亜矢、斉藤文哉である。
彼らはその質問じたいが許せないという風情だ。彼らにすると、こんな初歩的なことを知らずに道州対策チームに入るのが理解できない。だいたい、分からなければそれまでに予習してくるのが筋だろう、と。
だが、青山崇史は思わずうつむいて、笑ってしまいそうに緩んだ顔を隠した。
今、彼ら全員は、県庁内に新しく割り当てられた部屋に居た。大きなラウンドテーブルを囲んで最初の競技をしている。
神奈川県県庁内に新しく設置された、道州制大都市制希望並立準備基本法対策チーム。通称名は『道州大兵法チーム』
杉田ハルにとってはチーム命名のもとになった法律は、名前が長すぎ、意味もわからず、単語一つの聞きとりもできない。自分が編入された部署の、この長い漢字群のどこを切って発音するかも分からない。いま彼は、みなが交わす会話の音だけが頼りで聞いてきたのだろう。
会議テーブルを囲んでいた青山以外の全員がハルを見た。北野由紀が気遣うように言った。
「何か深い意味があって、質問したのね」
「違いますよ。この人、常識ないだけだから」
横から鵜飼五月が、まるで気にすることなく言った。そして、ねえっと雨宮草子に相槌を求める。それに応じて草子は、
「さすがハルさん、アホなのに核心ついているね」
なにゆえ、県庁にしてはおそろしいほど自分の心に正直で、公務員にしては言うことを憚らない人間が、こうも集まったのか。
青山は今度は苦笑した。
いや、集まったのではない、集められたのだ、山野に。
青山は、ハルの肩を掌でポンポンと叩いて、はやりの教授のまねをしてみせた。
「いい質問だね」
鵜飼五月と雨宮草子の態度にはなにも動じなかった談判居残り組四人は、しかし青山のその態度には、驚いた様子を隠さなかった。
――おそらく。
鵜飼ならどんな横柄な体も言葉もあり得る。雨宮ならどんな迂闊な言葉も行動もあり得る。だが、青山が。あの青山崇史が。
誰かとこんな風に砕けた態度をとるのは見たことがない。冗談っぽいセリフも聞いたことがない。見たことも聞いたこともないし、想像もつかない。とにかく昨日から、驚くことばかりが続いている。
そう思っているのだろう。
実はこの日のこれが、彼ら十一人の初顔合わせではない。
この前日に、アイスブレーキングと称して全員、居酒屋で飲み会をしている。そしてその幹事として場所を決めるときから、青山とハルは一緒に作業をしていた。
つまり青山とハルは、前日の飲み会より以前から、二人で働きだしていた。
いな、正確に言えば、青山の仕事にハルも傍でついていた。
そして、雨宮草子と鵜飼五月が不思議な調和を見せるように、青山とハルも思いのほか気が合っていたのだ。
頭が良すぎてあいつに付き合える奴なんていないだろう。と、そう思われていた青山が、よりによって杉田ハルと仲良く、話しが弾んでいるのだ。
よりによって、という言葉はその後も次々と、冠詞のごとく杉田ハルに付けられることになる言葉である。その冠詞が最初に使われたのは、ここにおいてである。
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