17 兵法第一帖 第四段 ”11人いる!” 2
その言葉に、再び四人全員が緊張して背筋を伸ばした。
――だめなのか。やはり、山野が自ら集めた者でないからか? それともこの直談判が裏目に出たのか。それともやはり、これが県庁なのか。
四人は、顔を見合わせるのを我慢しながらも、同じような不安にさらされていた。
にやりと口の端をあげたのは傍で見ていた柳井だけだ。
すると。それから山野は、にこっと笑った。そして言った。
「みなさん全員を知っています。全員、私の欲しかった人材です。こちらこそありがとうと言いたい」
四人は目にみえて、ホッとする様子を見せた。
山野は四人のリーダーらしい知念に聞いた。
「ほかの皆さんは、他の部署に行くんですか」
「一応他の部署に行きます。だけどこれまでのいきさつもあり、道州チームより要請があれば協力するように言われています。皆、本籍はそれぞれ違いますが、住民票はこちらに置きます」
二十一世紀になって神奈川県庁は、新しい人事手法を採用している。一部の職員は、所属に主と従がある。主たる従事する部門の所属と、プロジェクト職をきちんと両方持つことを柔軟にした。
例えば引継ぎが長期に必要な部署にいるものは、新しい部署に所属しながらも引き継ぎプロジェクトとして元の部署にも所属する。或いはテンポラリーな繁忙期のある部署には、他部署から臨時かつ正式に従所属として配置される。
スタッフや人材の効果的な配置を目的として、時期を限って二つの部署に所属する職員がいるのだ。中には、複数年度にわたって二つの部署に配属される者もいる。当時の国の官僚制度改革に倣って、神奈川県庁でも「本籍は○○。住民票は○○」という言い方が、通常に使われるようになっていた。
知念の言ったのは、それが背景になっている。
「これで……、十一人いる」
山野がつぶやいた。
「はっ?」と知念。
「黒沢明じゃなくて、萩尾望都だな」
柳井がそばから小声で言った。大学で一緒に「クールジャパン研究会」を興した柳井だけには即座に山野の言葉が通じていた。
知念は、改めて言った。
「あ、あの有難うございます。自己申請の住民票移動を認めてくださって」
「どういたしまして。欲しい人材だと言ったでしょう」山野は再びニコリとした。
柳井はそれを見ながら、心中で再び笑った。
――度し難い人間。
それが、山野のあげた唯一の基準だ。人材も何も、優秀も何も、関係ない。
度し難い人間、それが今回のメンバー選定の第一条件だ。
度し難い人間はエッジに行くし、エッジにいやすい。エッジは、先端とも異端とも言ってよい。あるいは崖っぷち、あるいはボーダーだ。原因か結果か分からないが、まるでそこが彼らの居場所だ。
あの青山崇史でさえ優秀という理由ではなく、度し難いほど優秀という理由で選ばれた。あの天才的頭脳は、県庁の人間では度し難い。エッジにしか居られない。車椅子と言うことでまたある意味マイナーだ。
雨宮草子もある意味度し難く、鵜飼五月は完全にコントロール不可の職員だ。柳井も、周囲が彼を扱う方法として窓際においやった。つまり崖っぷちに追いやられており、普通の感覚ではもうあと半歩横に動けば崖から落ちる。それなのにこの窓際を楽しんでいるという彼の態度風情に、度し難さが出ている。
そして山野自身いつもつとめてボーダーにいた節があるが、新しい知事になって今回は完全に綱渡りな状態に居る。この状況では、誰も彼を度し難い。彼本人のせいではなくとも、これは仕方がない。
なぜ度し難いの条件? そう聞かれたら答えは明らかだ。
そういう人間は力を出す。他より見えるものが違う。度し難い人間を集めてそれが掛け算になった時、突破力が出る。
だいたい、廃藩置県から百五十年続いたフレームを変えようというのだ。革命なしに、かつ、中央の決定や命令もなしで。
これまでの枠組みのまん中に居た人間に、できるわけない。これまでの常識的な見識から、最高のアイディアと行動が、繰り出せるわけがない。
イノベーションと同じだ。
いままでの体制に対する不満が必要なのだ。常識があっては困るのだ。
これまでの常識の縛りのない人間が必要なのだ。今の中心からの、遠さが必要なのだ。現在の「中央」がこいつは度し難いと思うほどの、自由さが必要なのだ。
――。
さきほど山野は喫茶店で、柳井にそう説明した。
――この四人。
この県庁という場所で、人事の直談判のためにわざわざ待っているヤツなんざ、自ら崖っぷちに行く人間だ。それに海のものとも山のものとも知れないチームに、俺達も入れてくれと駄々をこねるのは、さらに崖から飛び降りる行為だ。度し難い。まさに度し難い。
全員知っているというのは、たぶんあの場で山野がついたウソだ。いやまて、山野のことだから、たぶんすでに調査済みなのかもしれない。
何しろこれまで地方分権・道州制研究課としてやってきた人間たちだ。新しいチームを作るからといって今までの課との統合性はどうするのか、などの県政の習慣を無視した知事の尻拭いは山野の仕事だ。彼の使命だ。
彼らのうちの何名かを入れなければならないのは、すでに重々承知のことだったのだろう。むしろ、県庁の常識というふるいがかけられてエッジに際立つ者がでるのを、待っていたのかもしれない。で、残ったのがこの四人というわけだ。
そう考えると、確かに山野はもう全員すでに知っていたのかもしれない。
――。
柳井がそんなことを考えている傍で、山野は四人を見回しながら、笑顔で言った。
「こんな素晴らしい人材が残ってくれるなんてありがたい」
まるで下へも置かない山野の歓迎ぶりに、彼らは子どものように顔を紅潮させた。
そして三日後。
新しい部署がスタートした。
道州大都市制度希望並立準備法対策係。
これがのちに道州大兵法チームと呼ばれる県庁内異文化集団の誕生だった。
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