16 兵法第一帖 第四段 ”11人いる!” 1


☆道州大兵法チーム


 確かに山野は、柳井の部署にすでに話を付けていたらしい。

 二人で再び柳井の部署にもどると、課長はああ、と存知の顔をした。


 片づける荷物も少ないので、山野は課長と雑談をしながら、待っていてくれる。そして、荷物を持った柳井が二人に近づくと、山野は立ちあがって課長にきちんとお辞儀をした。

「大切な職員を頂き、恐縮です」

 

 これでこいつが、どの派閥闘争にも巻き込まれず、どの派閥からも好まれ、それでいて出世し、生き延びてこれた理由が分かる。

 その類いまれなバランス能力は、新しい県知事になって生まれた山野自身の微妙な立場でも、存分に生かされている。


 山野は絶妙のバランスで、この状況を泳いでいる。

 何しろ周囲が助かった。


 さて。

 プロジェクトチームの設置場所だという部署に、柳井が荷物を持って山野に付いて行った。すると、中で4人の人間が待っていた。知念章、岩崎夏美、宮原亜矢、斉藤文哉だ。

 どうやら、ずっと待っていたらしい。

 

 柳井はそのうちの一人、宮原亜矢を知っていた。最近、柳井の所にもちょくちょく来ている。

 

 ――ねえ、アーカイブを作りましょうよ。

 県庁内の文書類や資料が、昔ながらの県庁資料室と文書保管庫と、柳井さんの内部アーカイブ担当と、三か所に分かれているのは機能的じゃありませんよ。

 もったいないですよ。文書・資料というのは財産ですよ。

 

 ――纏めるだけでもしましょうよ、一か所に。

 ウチの政策局にもたくさんの資料があります。きちんと図書や冊子になっているものは終わってから資料室に行きますが、そうでないのはほっとけば廃棄されます。

 

 ――どうして皆分からないんでしょう。文書や資料は後になって価値が出るのに。だれかアーカイブズつくればいいのに。


  やってきてはそう愚痴のように言って、帰っていく。誰かが音頭をとれば真っ先に従うが、自分自身は行動する力はないしその方法も分からない。だがアイディアは持っている。思いもある。山野から一緒に人を捜してくれと言われた時、どうして彼女を思いつかなかったのか不思議なくらいだ。


「お願いがあります」

 そのうちのリーダー格らしい男が、意を決したように立ちあがって言った。

 知念章だ。

「うちの地域分権グループはずっとこの件をやってきた。対策チームをうちの課の中に作るというのなら、当然自分達は入るべきだ。いっそ全部で一つのチームにしてほしい」

 

 何度も練習したのか、あまりにもまとまり過ぎているセリフだった。


「全員移行の形ですか? それとも何名か入りたいのですか?」

 山野のシンプルな返しに、知念はあわてた。最初の言葉だけは練習して、そのあとは考えていなかったらしい。

 残りの三人もさっきまでの緊張を支えていたつっかえ棒がいきなり一つとれたらしく、次にどう対処していいか分からない感じだ。


 「あ、あの。すでに移動で別の課に行くのが決まって……、何名か……。残っているのは私たち4人だけです」

  この四人は、全員、政策局広域行政部広域行政課地域分権グループのメンバーだ。この課はずっと道州制研究が仕事の一つだった。


 この課のこのグループがあるのに、わざわざ新しいプロジェクトチームの結成を命令したのは新知事だ。

 藤堂甲子新知事が、何も考えずに県庁のしきたりを無視したのか、それとも何か改編のつもりなのか分からない。毎回、知事によってできる部署や強化される部門もある。

 

 ――今回もそうなのか、偉い人の考えは分からない。だが自分達の気持は分かる。残りたい。入りたい。どうすればいい? そうだ、直談判すればいい。

 このチームの責任者は山野部長。当然、直接に知事からチーム作りと部長を命じられている。どっちみち最後は山野部長と話すことになる。それなら当たって砕けろ、直談判だ。

 大丈夫、かの部長、山野さんだ。知る限り、山野部長は理不尽さがなく、柔軟な人だ。そう聞いている。

 

 そんな風に四人は考えて、やってきた。

 しかし。

 山野は、にこりともしない。そして丁寧な言葉で言った。


「私がチーム選抜に厳しい基準を持っていることは、ご存知ですよね?」

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