15 兵法第一帖 第四段 鵜飼五月、七人の侍に入る
山野の説明はシンプルだった。道州制プロジェクトチームに入れという。もう何名かは集めているらしい。
「なんだ。それで、オレは最後か」
「ちがう。最初から決まっていた。オルグに来たのが今なだけだ」
山野はそう言って「懐かしい言葉だね」と自分で付け加えた。
そしてさらに。
「逃げないし。で、あともう一人をいっしょに考えてほしいし」
確かに逃げない。逃げられない。そう言って二人は笑った。
「それにもう君の部署に話は付けてある。仕事の段落が付くのを待っていた」
「え? いつのまに」
「だから、最初から決めていたといっただろう。知事の話の直ぐ後だ。一番重要な人間は何をおいても最初に押さえなければな」
こいつは相変わらず、天然の人たらしだ。仕事をする男の心をくすぐる。
「で、あと一人くらいを選んでほしい」
「そうだな。すると七人のサムライになるな」
「……そうだな」
「わかった。いいのがいる」
「いい?」
「いや、よくない」
柳井は自分の返事に笑った。
「だけどきっと面白い」
☆鵜飼五月(うかいさつき)
「ちょっと! 聞いてるのか? 一体……」
「ですから先ほども言いましたように……」
「あんたじゃラチあかない! 上をだせ! 男を出せ!」
「上さんと男さんはただいま……」
「その言い方がいやなんだ。県民を何だと思っている」
「県民様と思っております」
「何だ。その癇に障る言い方は! 俺は県民でもあるが記者なんだぞ!」
ちょうど戻ってきたばかりで最後のやりとりを耳にしたらしい課長が、椅子に座る前に走って駈けつけてきた。
「申し訳ありません。お待たせしました」
「全く。お役所はこれだから。こんな不愛想な女子職員、見たことない!」
「申し訳ございませんが県民様、いえ記者様……」
不愛想な女子職員が、記者に対してそこまで言ったところで。
「あ、どういうことでしょうか?」
課長は、その不愛想な女子職員がさらなる災禍をまねく言葉を発する前に、言葉を引き取った。
それから課長はその不愛想な女子職員に目配せをした。
「あ、鵜飼クン。あの件の方をやってくれないか?」
不愛想な女子職員は、不愛想なまま言い返す。
「あのケンの方とは、どちらの方角でしょう?」
慣れているらしい別の女子職員が、「鵜飼さん」とその不愛想な女子職員に声をかけて呼びだした。
鵜飼と呼ばれた女性は、記者に向かってふんとした態度で見返し、先輩女子職員のほうに向かった。
「あれはわざとか?」
感嘆して山野は聞いた。
「分からない。天然のひねくれかもしれない」
二人は離れた場所で、さっきからこの一連の様子を見ていた。
山野は笑いを押さえきれなくなりそうだった。
あろうことか、県民局企画調整部広報課にあってこんな職員が配置されているなんて。
「発達障害か?」
「違う。性格だ。あれで県政記者クラブの一部の連中には人気なんだ」
「記者はひねくれているからな。ひねくれ具合が合うと気にいり、合わないと犬猿の中になる」山野は言った。
「その不穏当な発言は聞かなかったことにする」
「記者にひねくれているは褒め言葉だぞ。素直な記者なんて目も当てられない。で、あの態度で全員に接するのか?」
「ほぼ公平だが、気に入らないとひどくなり、気に入った相手だとまたひどくなる。だが女性職員にはあの態度ではない」
そう言って、柳井は笑った。
「だがもともと不愛想のスタンダードが高いので、相手に依ってどのくらいひねくれたか俺には判別がつかない」
それを聞いて山野も笑い出した。
「決まりだな」
――これは奇貨だ。奇貨おくべしという。
鵜飼五月は今この瞬間、自分の処遇が決まったのも知らず、連れ出しくれた先輩女子職員と何か話していた。
確かに女子職員は鵜飼のことはきらいじゃないらしい。自然な笑顔だ。むしろ爽快な気分になっている顔だ。私の代わりに言ってくれてありがとう、くらいは囁いているかもしれない。
「じゃあ、根回し対象は女子職員だな」
それから山野は小声で先輩女子職員を遠くから見ながら呟いた。悪いね、君の大好きな人を連れていくよ、と。
この配材が、吉と出るか凶と出るか。
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