11 兵法第一帖 第二段 山野守人、藤堂知事と密談す

☆山野守人(やまのもりと)と藤堂甲子


 

 「いいこと。東京都と一緒になることだけは選択肢としてはなしよ。絶対に。他はどことでもくっついてもいい、どの県、いくつの県と同州を形成してもいい」


 藤堂甲子は、山野守人と向き合って座っていた。知事就任式よりも前のことだ。


「そして東京都と並ぶかそれより大きい道州になる。神奈川が中心になって。ということか」

 山野は聞いた。

「そうよ。交渉、調整、交換、取り引き、何でもできることは有るわ。すでに九州各県と関西が準備法対策委員会なるものをつくってるし。それで道州の大きさやくっつく県数の基準ができてしまうかもしれない。要注意よ」


「それで、東京はどこともくっつかせずに、一つだけ残すようにする……」

「よくわかってるじゃない。首都圏が東京を中心に大きすぎる東京州になるのだけはダメよ。それを阻止するためには、この際、『だサイタマ』や『ドちば』と一緒になることも構わない」

 知事会では決して言わないような不適切な言葉も、今や甲子は平気で発している。


 「おい、君は一応、千葉で過ごして、埼玉に引っ越し、もう長く横浜だが、本籍は東京だぞ」

 山野は笑いながら言った。何しろ、甲子の強みは東京周辺県にすべてに住んだことがあることだ。愛着のある場所を悪く言えるのは、住んだことのある者の特権だ。だが藤堂は、すでに神奈川県の知事だ。そのまま取られてしまう。


「だから、言えるのよ。ほんとにダサいんだから」

「聞こえなかったことにしよう。さて、首都圏と東京都の23区を、敢えて離すという構想は……」

「私事じゃないわよ」

 即座に甲子はそう言った。


「東京だけが大きい状態で道州に移行させたら、道州制移行の一つの意味が消滅する。結局一極集中を認めることになりその弊害が続く。そうなると地方自治と地方の公平さは保てない」


 「東京がその他の道州とおなじGDP、同じ力量になるのがいい、と」

 「そうよ」

 それから思い出したように言った。

「横浜と川崎が大都市制度の件で研究会も続けているから、こっちの方にもよく気を付けてちょうだい」


「みな、自分の自治体が一番いい形になりたいだろうな」

「当たり前じゃない。とにかく、まずは人材を集めてちょうだい」

 山野は一応、確かめた。


「県庁の政策局に地域分権グループが有るじゃないか。あの課はずっとそれを研究してきた。あれではだめか」

「もう研究や提案の段階じゃないのよ。道希法ができたとたん、フェーズが変わったのだから」

 藤堂甲子は、何しろ嗅覚がある。


「実行し行動できる県が勝ち、状況に合わせてアイディアが出て行動を変える県が勝つのよ」

 たぶん藤堂がそういうのなら、今後はそういう戦いになるのだろう。山野は、長い経験からそう思った。藤堂甲子のそういう嗅覚からくる決断は間違ったことがない。


「とにかく内外から優秀な人材を集めていいわ」

「優秀というより、適切な人間でいいかな?」

 どう違うのか?という顔をしたが、甲子はかまわず言った。

「あなたが集めたチームで今後、戦うのよ」

「戦争か」

「そうよ! これは闘争、競争、戦争よ!」

「戦略が必要というわけだ」


「関西、大阪はすでにクラウゼビッツだのなんだのと言ってるわ。あのアホ知事はタレント上がりだからそれしか知らないのよ。難しい名前を発音できるからって、喜んでクラクラ言ってるのよ」 

 興奮した甲子の発言はどんどん不穏になっていく。官僚上がりは言質をとられないように物言いが慎重すぎるとされるが、甲子に限ってそれはない。山野と一緒の時は常にこうだ。


「同じ戦略を使っちゃだめよ。なにかMBAで習った戦略があるでしょ。何でもいいわよ。コトラーでも、ドラッカーでも、ランカスターでも……」

「孫子の兵法でも……」

 ホントは笑わせる掴みくらいで言ったのだが、甲子は乗った。

「そうよ! 道州制移行で神奈川は勝ち抜くのよ」


「……いくつかの確認だ。その勝利の定義は何か。神奈川が勝ち抜くとは、神奈川が有利に終わることか、それとも、東京が有利にならないことか。神奈川県が東京より大きな道州になることか。それとも、地方政府全体が国の政府に対して同等有利になることか」

 それに対して藤堂甲子は、カッと目を見開いて言いきった。


「県民つまり国民が有利になることよ」

「ではその結果、君が不利になる、東京が有利になる、ということになってもいいか」

「……それはいや」

「困るな」

「……。わかった。いいわ。腹をくくるわ。優先順位の一位は組織の構成員、つまり県民、国民よ」

「それでこそ、藤堂甲子だ」

 山野はにやりと笑った。甲子は山野を見つめながら、つられたように一緒に笑った。


「あ、でも。やっぱり、できたらあの女を見返したいわ」

 苦笑しながら山野は聞いた。

「では。チームメンバーは私の一存で集めていいんだな」

「一人だけ私の推薦を入れてちょうだい」

「だれを?」

「北野由紀」


 北野由紀とは、今回の県議選で落選した、籐堂甲子の大学の後輩だ。

「わたしこれでも面倒見がいいと評判なのよ」

 北野は甲子の選挙応援に手一杯で、自分の分まで準備がまわらず落選したことで知られている。

 

 藤堂甲子知事の後ろめたさを消すためにも、入れてあげるのが普通だろう。だが、それは山野の勝つためのやり方に反する。

 藤堂甲子が誰を出そうが、山野は、今回のチームに関して自分が決めたメンバー選出の基準を守るつもりだった。

 そして山野は、自身の中にあるその基準に照らし合わせた。そしてニコリとして言った。

「分かった。ではメンバーに入れよう」


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