10 兵法第一帖 第二段 藤堂甲子と徳俵吉良子の対決 2

「そりゃあ。東京都知事の方が、どっかの県知事よりは上だよ」


 藤堂甲子はその言葉を、初当選した翌日、インタビューに答える為にテレビ局に着いた時に聞いた。ディレクターが着席の確認や質問の順番について、アナウンサーに指示している場面にでくわしたのだ。

 かあっと頭に血が上り、藤堂が徳俵に目を走らせると、我が世の春を迎えた彼女は傲然と見返してきた。

 

 この時、甲子と吉良子の第二ラウンドが始まった。

 

 頭に血が上った甲子と、それを傲然と見返す吉良子。


  ――などと、まるで見てきたように語られるが、実際に秘書がその様子を見ていた。そして秘書やお付きの職員は、それを自分だけの秘密として胸にしまった。胸にしまった秘密ということは、つまり県庁職員の誰もが知ることになる秘密ということだ

 

 それまでの何回か前の都知事選で、元神奈川県知事だった人間が県知事を降り都知事選挙に挑戦するという事態があった。それまでも地方の県知事だった人間が都知事に立候補するというのはよくあることだ。


 だが、首都圏で、神奈川県知事だった人間が都知事への転身を図ること自体、神奈川県民にとって、ましてや県庁職員にとっても見たくないことだった。

 それは自分達の隠していた劣等感をつつく行為であり、神奈川県は東京都よりも格下であると世間に確定してしまう行為であった。

 

 東京都の方が神奈川県よりも上であるということが当然のこととして認識された以上、神奈川県と東京都は同等であると本気で言いだす人間などは県庁の中にはいない。


 しかし県庁職員は、心の底のどこかでいつも、東京都と同等でありたい、いやあってほしいと願っている。実力は同じはずなのに、ただ東京と神奈川というだけで世間から差を付けられるなんていやだ。

 

 そういわけで、県庁職員にとって、藤堂甲子と徳俵吉良子の相対する存在は、まるで自分達の鏡のように思えた。

 だからそんな話題が、県庁内で放っておかれるわけはない。盛られつつ、尾ひれを付けつつ、あっという間に広まっていった。

  

 都知事選で、選挙の初めから徳俵についていた『黒幕』は、宣伝が抜群にうまく、広報や広告の嗅覚が優れていた。彼は、選挙参謀の最後の仕上げとして、徳俵に対して選挙時から「ニー対」での政策をぶち上げさせていた。


 東京都職員は、徳俵が就任するやいなや、すでに出来上がった具体的な「二―対」提案を差し出したのである。

 この点について神奈川県庁職員は、東京都に出遅れていた。

 

 それゆえ、神奈川県庁職員は、東京都に追い付き上回ろうと、やや焦り気味に劣勢を取り返そうとしてた。この「ニー対」で。


 だが実は、藤堂甲子は、ニー対による人事採用と同時に別の指令を発していた。

 「道州制準備法対策チーム」の結成だ。


 「道州制準備法」は、国会でニー対とともに成立した法律だ。

 地方から道州制移行への強い要望と突き上げがあり、だが権限をどうするか区分をどのようにするかそれを誰が決めるかなどで、国と地方は絶対におり合うことはできなかった。


 長い間、道州制法案は何度も草案が上がってはつぶれていた。歴代の自治省・総務省官僚の中には、かげろう法案と呼ぶものもいた。そうしているうちに、国と地方の力の逆転現象が、あちこちで起き始めていた。

 

 そこで旭日も26年を過ぎたころ、ある官僚が「道州大都市制度希望並立準備法案」なるものを考えだす。

 

 直ぐに道州制への移行はできない。首都圏の各都市では大都市制度なるものの研究も始まっている。だがそれぞれの地方の思惑は異なる。同州制との兼ね合いはどうする、云々。


 それらを、各々の希望に向かっていろいろ考えましょう。どのように区分するかもそれぞれの県で話し合って、一番いい形を出しましょう。互いに並立できるようになるといいですね。よりよい制度になるために準備を許しましょう。地方分権の時代ですから地方が希望した形を主体とし優先しましょう。等々。

 

 どうせ、地方は割れて答えがなかなか出ない。何しろそれぞれの地方の希望の形は千差万別でまとまるわけがない。

 いつまでも結論が出ずに『希望』で終わるだろう。とにかく地方分権だの、財源移譲だの、盛り上がった今の機運をうまく逸らす必要がある。


 ――そんな狙いで、ひたすら引き延ばしと地方のガス抜きを狙った法律だった。

 そして目玉のニー対の影に隠れて、あれよあれよという間に国会を通過した。

 そうして二つの法律が、旭日28年の同じ年に施行されたのだ。


 国会は油断していたが、地方自治体はそうではなかった。

 直ぐにどの自治体も千載一遇のチャンスとばかりに対策本部をたてたのである。 

 地方自治体には、明治維新以来の『この国のかたち』が変わるときであると、考えていた者もいた。

 特に藤堂甲子は、虎視眈々と狙っていた。

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