9 兵法第一帖 第二段 藤堂甲子と徳俵吉良子の対決 1
☆県知事・藤堂甲子(とうどうこうこ)と都知事・徳俵吉良子(とくだわらきらこ)
神奈川県の新しい女性知事の藤堂甲子と、同じく東京都の新知事・徳俵吉良子は、誰もが知っている分かりやすいライバルだ。
同じ高校、同じ女子大学を同期で卒業し、それぞれ国家官僚の道に入った。
高校でも大学でも成績は藤堂甲子が一番で徳俵が二番だった。二人とも結婚後も名字を変えずに仕事を続けたが、それも藤堂甲子の先例を見て、徳俵吉良子が従った。
いつも藤堂の方がほんの少し出世が早く、メディアが「時代を担う女性官僚たち」として二人を取り上げた時も、藤堂の方が上の扱いだった。常に藤堂の名が先に呼ばれるか書かれるかだった。
二人の勝負は、だいたいにおいて藤堂の方が勝っていたのだ。これまでは。
二人の運命の逆転を決めたのはたった一つ、その住所だった。
徳俵は東京都太田に住んでいた。そして藤堂は結婚後に横浜市に住んだ。
女性を知事にという時代の空気で、おなじ時期に偶然かちあった知事選挙で、偶然にもそれぞれに知事選に出馬した。
先に、通常の神奈川県知事選挙が近づき、自然の流れで藤堂甲子に出馬の話しがいった。藤堂は承知し、出馬した。
そのあとすぐに、東京都知事の不祥事が発覚した。知事は議会の追及を受け、どうにもならなくなって辞任した。そして、急きょ、東京都知事選挙となったのだ。
議員は地域の代表だから、その場所に住んでいなければならない。しかし知事というものはそこに住んでいなくても、立候補できる。
もしも都知事選の方が先であったら、藤堂に出馬の話しがいっただろう。しかし、藤堂が神奈川県知事選への出馬を承諾した後に、東京の知事選が降ってわいた。
すると、必然的に、全体的に見れば二番手であるが東京都に住んでいる、といういくつかの条件が重なって、都知事出馬の要請は徳俵吉良子にいった。
徳俵吉良子は、承諾した。そして出馬した。
神奈川県知事選と都知事選は、同日選挙となった。
二人はそれぞれの場所で立候補し、それぞれが大接戦で競争相手をかわし、当確の一報を得た。
またしても先に当確をもらったのは甲子で、相変わらず少し遅れて吉良子に当確が打たれた。二人とも花束をもらって、ダルマに目を入れて、支持者に囲まれて万歳をし、上気した顔でそれぞれ抱負を語った。
そして、藤堂甲子と徳俵吉良子の立場は逆転した。
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