4 兵法第一帖 第一段 杉田ハル、庁に入る 2
それでも引きこもりやニート相手の面接なので、圧迫面接はしていないというのが応募者たちの噂だった。噂といっても片言の交換だ。
自宅警備員歴の長い連中ばかりで、みな他人との接触にあまりなれていない。口のきき方にも距離感が担保されていない。初対面なのに前置きなしにいきなり本題を振ったり、反対にどこまでも遠慮がちだったりする。
だが同じくくりの境遇の人間ばかりだと互いに知っているせいか、今回の応募者の控室は不思議な空気に包まれていた。みなぼそぼそと互いに情報をわたしている。短い単語にすべての情報を乗せ、互いにそれで通じる。社会で普通の人生を送ってきた人間には分からないだろうが、あれで相当活発な情報交換なのだ。
ハルはこれまで興味が涌いたら集中し、飽きたら投げ出して、また新しいものに引き付けられたら飛びついてきた。それで気がつくとフリーターをしている。自分は常識がないらしい、ということは承知している。それでも募集広告を見てピンときた。何か面白そう……とハルのいつものオモシロ勘と呼ばれる感覚が働いたのだ。
だが今日のこの面接で、そのカンは間違いだったことが分かった。とにかくこの日のハルは、ツボを外しまくっていた。これは明らかだった。ハルでさえ分かる。
面接官は、もう一度最後に全員に聞きますと前置きして聞いた。
「この採用は、わが県の、新しい、女性知事の、画期的な、方針で決まりました。その、神奈川県知事の、名前を、言ってください」
いちいち言葉ごとに息をねじ込むような質問だ。
きっと面接の山場だ。
知らない振りをすれば受けがいいのか、それともここだけ常識に従うべきか。迷っている時に限って、ハルが真っ先に指名された。
ハルは演技ができない。知っているのに無知なふりもできない。ここは正直に言おう……。
「徳俵吉良子です」
息をのむ音がした。面接官全員が息をのむ音が。
ただひとり、一番右はしの面接官が笑いをこらえていた。
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