精霊の子供

玄河一鶴

第1話 バータ島 ①

 ――太陽バマはどうして東から昇るのかな? 


「どうして?」という言葉が頭の中をいつも駆け巡る、シベルはそんな子供だった。


 島一番の物知りであるナシンの長老に何でも質問攻めするのがシベルの日課であり、日毎に彼は知恵を蓄えていた。


 ――長老が言うには、東の海の彼方には精霊の国サームがあり、サームの王様が投げた聖なる銛が光り輝くバマとなるそうだ。そして西の海の彼方にバマが沈むと、聖なる銛は再び王様の元に戻ってくるという。……俺にもそんな強力な銛があれば、魚獲りなんて簡単にできるのになぁ。


 シベルは島中でも飛びきり銛打ちが下手だった。そのせいで同じ年の少年たちからよく馬鹿にされていた。しかしもっと以前から馬鹿にされていたことも否めない。


 シベルという名前は「人魚の子」を意味し、名の通り、彼は赤ん坊の頃に大波にさらわれて、一日神隠しに遭ったことがあり、その不思議な体験から母親にシベルと名付けられた。そのため、島の子供たちはこぞって人魚の子シベルという名前をからかった。シベルの家族は大所帯で、彼を含め子供が九人居る。シベルはその中で一番末の九人目の子供であり、あまり母親に気にかけてもらえてなかった。父親も父親で「銛打ちが下手な子は俺の子じゃねえ」と彼をよくった。


「じゃあ、俺の体よりおっきい獲物を仕留めたら、てめえの子として認めろよ」


 そう言い捨ててシベルは勢いよく家を飛び出してきたものの、大物どころか小物の魚さえ容易に仕留められない彼は途方に暮れていた。


 青天の頭上から降り注ぐ日射しはきつく、真っ赤な金床のような高熱を白亜の砂浜に含ませ、裸足のシベルは幾分涼しげな翡翠色に輝く波打ち際に逃げ込んだ。数日前の嵐の余波か、紺碧の波はやや高いが決して荒波というほどではない。シベル達、百五十人のタルブ族が住むバータ島は南洋に浮かぶ珊瑚礁に囲まれた直径一里にも満たない小さな孤島であり、大昔に故郷の島アスラムから渡って来たタルブ族以外、この島を訪れた人間は数えるほどしかいない。


 真夏の熱気を帯びた海風がシベルの伸び放題の赤い巻き毛を嬲る。シベルは薄汚れた腰布を締め直し、何度も打ち寄せる波に負けずと踏ん張り、幼いながらも引き締まった褐色肌の上半身を大きく仰け反らせ、空想上の巨大な獲物目がけて空想の銛を打ち込んだ。

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精霊の子供 玄河一鶴 @tsuruyastore

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