第5話 友三郎、孫の看病をさせられる

 孫のみよ子が、マイコプラズマ肺炎に罹った。

 それだけなら、みよ子の面倒は息子の良治と嫁の静子さんが見るのだから、友三郎にはなんと言う事もなかったのだが・・・。

 それが、なんと明日から息子家族は三泊四日の旅行で、今更、キャンセルできないと言っている。

 「と言うことは・・・? みよ子の面倒を、わしらに見ろと言うことか?!」、思っただけで友三郎は恐怖におののいた。

 

 友三郎が、どうしてそんなに神経質になるのか?! 理由は簡単である。幼い子からマイコプラズマをうつされた事があって、インフルエンザに似た症状で友三郎はかなり苦しんだ事があったのだ。

 友三郎が、とある家を訪問した時の事だ。その家ではマイコプラズマ肺炎に罹った孫を祖母が面倒見ていたのだが、何も知らない友三郎は用向きを伝えようと玄関に足を踏み入れた。ところが応対で出てきた祖母に、「それ以上入ってはダメですよ」と言われたのだ。

 その言葉に、驚くと共にイヤな感じにとらわれた友三郎だったが、祖母が言うには「孫のマイコプラズマが感染しますよ」とのことであった。そう言われると「確かに、そうだ」と思い、かなり離れて用件を伝えたのだが、やはりと言うべきか予想通りと言うべきか、友三郎はしっかりもらっていたのである。

 恐ろしい過去が脳裏を横切った友三郎は、

「大丈夫なのか?」

と、初に聞くが、

「何がですか?」

「みよ子のことだよ。」

「みよ子が、どうかしたのですか?」

「みよ子は、具合が悪いんだろう。」

「ええ、そうですよ。」

「わしらで、大丈夫なのか?」

「何を言うんですか、良治たちは、これから旅行ですよ。」

「ああ。それは、分かってるが・・・。」 

 何度も聞いてくる友三郎に、初はウンザリすると、

「大丈夫ですよ、ひつこい人ですね。」

と、呆れたように言っていた。


 家を出る前に「たぶん大丈夫です。みよ子は罹って三日過ぎたし、とっくに熱は下がっていますから」と、嫁の静子は初と同じようなことを言う。

 しかし・・・と、友三郎は考える。その言葉を真に受けていいのか・・・? 熱が下がったとしても、それで大丈夫なんだろうか?! 安心していて、もし肺炎がこじれれば、息子夫婦から何を言われるか分かったものじゃない等々、あれこれ理由をこじつけていたが、じつは友三郎本人が怖いのである。

 そんな友三郎が何を言っても、初はアッケラカンとして、

「どういう事はないですよ。あなたは覚えていないでしょうが、良治だって肺炎になったことがあるんですから。」

と、いとも簡単に聞き流していた。

 仕度ができたのか、

「それじゃあ、母さん、父さん。悪いけれど、頼みます。」

と良治が言うと、嫁の静子も、

「申し訳ありません。よろしくお願いします。」

と、取りようによっては微妙な言い方をしていた。

 友三郎は思わず「ああ! こんなときに、さよ子が残ってくれたら」と、日ごろは憎々しいさよ子であったが、どうしてかこの時ばかりは思ってしまったのだ。

 ところがである。そのさよ子は、

「じいちゃん、みよ子を頼むぞ。ちゃんと、看病しろよ!」

と、出がけにえらそうに言っていた。

 言われた友三郎は、病気の孫と憎たらしさ全開の孫の二人の面倒を見るよりは、まだ一人ならましかと思うしかなかったのである。


 息子家族が旅行に行って、一日目が過ぎた。熱はないが体力の戻らないみよ子が、

「ねえ、ばあちゃん。パパやママは、いつ帰ってくるの?」

と、さみしそうに言う。

「すぐに、帰るわよ。」

 初が言うのを聞いて、友三郎もここぞとばかり、

「おお。あと三日したら、戻ってくるぞ。」

と言うが、それは密かに自分自身に言っていた。「後、三日か? 短いようで、長いな!」、それは口にできない言葉であったが・・・。

 そんな友三郎の思いは別として、みよ子はさすがに、

「うん、分かった。」

と、初に言っていた。

 病気になると誰でもだろうが、あのさよ子の妹であるみよ子もしおらしくなっていたのだ。みよ子は、アトピー性皮膚炎も持っている。熱が下がった後では、余計に痒いらしい。

「ばあちゃん、痒いよ・・・。」

「もう、これ以上眠れない様態が続いたら、私がのびますから・・・。お父さん、薬買ってきてください。」

「? 薬って何を?」

「かゆみ止めですよ。」

「わしが行って、分かるのか?」

「店員さんに、聞けばいいじゃないですか!」

「そりゃ、そうだ・・・。」

 気の利かない友三郎は、初に言われてあわてて薬局に出向いた。


 熱も下がり、痒みも止まってきたみよ子は、三日目には元気を取り戻していた。あと一日の辛抱だ。ところがである。

「じいちゃん、退屈だ! 公園で遊ばしてくれ。」

「みよ子。お前は病気なんだから、おとなしく寝ていなさい。」

「もう、元気、元気! 公園に連れて行ってくれよ。」

「・・・。」

 初は友三郎を見ると、

「お父さん、連れて行ったら。」

と言う。初の目は、寝不足で充血していた。

 前の日まで、みよ子に「痒いよ、痒いよ」と言われて、夜中に何度も起きると薬を塗ったり背中を撫でたりで、初はろくすっぽ寝ていなかったのである。

 おそろしいことに、病気が治り出すと孫の何と元気なことか?! 残り一日、どこでもかしこでも飛び回り、際限なく喋る孫に、初がリタイヤした今、友三郎は精も根も尽き果てていた。

 そして思わず、「ああ~、わしの方が熱が出そうだ?!」と胸の内で叫んでいたのである。





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バトルじじい 友三郎 ゆきお たがしら @butachin5516

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