第65話 番組予告

 結城はしばらく黙って考えた末に、口を開いた。

「よろしいでしょう、お話しします。零号作戦は確かにありました。その内容はほぼ、以前にあなたにお伝えした通りです。それ以外の事は私も知りません」

「伊220の青焼きは、後になって作成されたものと聞きましたが」

「確かに図面は我々が起こしたものでした。しかしそこに記された性能緒元は嘘ではありません。設計時のデータそのものです。それと搭乗員のリストは、やはり我々が作成したものですが、搭乗員数は正確なものです」


「なぜ、あなたが零号作戦の内容をご存知なのですか?」

「私が零号作戦について知り得ている理由――、それは日本帝国海軍の上層部の中に、我々への協力者がいたからです。我々は戦後になって、その零号作戦の情報を得ました」


「その協力者とは?」

「私の口からは言えません。ただ、私の所在を突き止めた彼女なら、もう私の背景について察しはついているでしょう。推して知るべしです」

 結城は玲子に視線を送った。

「一つだけ申しておきましょう」

 結城はそう前置きをした上で言葉を続けた。「我々のような組織は世界に幾つかあります。国土を持たずに世界中に遍在する集団です。ネオ・トゥーレもその一つと言ってよいでしょう。我々は排他主義では無いが、ユダヤとナチスは宿命的に相いれない。今回の一連の出来事は、その一言に尽きます」


「最後に教えてください。菅野は第四帝国阻止のために、自分は日本に潜んでいるのだと言っていました。ネオ・トゥーレなき後も、あなた達の活動は続くのですか?」

「菅野はネオ・トゥーレが即ち第四帝国と考えていた。私はそうは思っていない。ネオ・トゥーレが潰えても、第四帝国は今でも脈々と続いていると私は考えている。それが私の答えです」


「あなたはモサドなのですか?」

「その質問にはお答えはできません。またこれ以上の詮索は無用です。そうでなければ――」

 そう言った結城は、自分の首元に人差し指を向けて、それを一直線に横に引いて見せた。

「良く分かりました。ありがとう結城さん、もうお会いすることは無いでしょう」

 矢倉と玲子は席を立った。


 玲子が結城を探し当てたヒントは、菅野が矢倉に言った「日本人であるが、ユダヤ人でもある」というたった一言だった。ユダヤ人というのは定義が曖昧な民族だ。国を持たずに何世紀も世界を流浪したのだから無理からぬ事だろう。

 しかしそのユダヤ人たちにも、確実に自らをユダヤ人と定義できる方法が1つだけある。それは母親がユダヤ人であるという事だ。


 母親の母親、そのまた母親と母系を溯り、それが何十世代前であろうと、どこかにユダヤ人の女性がいれば、その子孫はユダヤ人という事だ。菅野や花園はそういう人間だったのだろう。

 日本に住み、日本国籍を持つユダヤ人がいたとしたら、きっとその者たちは自らのアイデンティティに悩み、自己の確立を求めたことだろう。だとすれば、どのような方法でそれを行おうとするのか?


 玲子がそんなユダヤ人の心の拠り所として目を付けたのがフリーメイソンだった。フリーメイソン即ちユダヤというわけではないが、ユダヤの影響力が強い組織であるのは間違いがなさそうだ。そしてかつてはユダヤ人と共に、ナチスから弾圧を受けた事実がある。恐らくそれはユダヤ人の共感を呼ぶに違いない。


 因みに、フリーメイソンはオカルト好きの間では、まるで世界を支配する秘密結社のように語られがちだが、現実には秘密でも何でもない。インターネットを調べて見れば、入会方法や入会資格が公開されており、年会費まで明らかにされている。ボーイスカウトやガールスカウトは、フリーメイソンに支援されて活動する団体だ。


 フリーメイソンの集会所であるロッジは、日本国内に数か所あり、その場所も開示されている。ロッジと言っても特別な建物ではない。一般の日本企業もテナントで入居している、普通のビジネスビルである。矢倉が結城を待ち受けていたビルはその中核のグランド・ロッジとなる東京メソニックビルだった。


 玲子は調査会社を使い、東京メソニックビルに入居する全企業の、社長とオーナーの顔写真を入手した。確たる理由があった訳ではない。薄い手がかりを辿るきっかけにでもなればという願いと、ジャーナリストの勘がそうさせただけだ。

 そして望外にも矢倉が、その写真の中に木下政光という名の、結城の写真を見つけ出したのだった。


 東京メソニックビルは、過去を溯れば、日本海軍の外郭団体であった水交社の本部ビルを、戦後にGHQが接収し、占領軍の中にいるフリーメイソン会員の拠点となった場所だった。

 水交社が海軍将校の親睦の場で、戦前戦中に旅館や料亭、レストランを経営していたことから、戦後になっても旧海軍の関係者も良くここに集ったそうだ。


 有名な山本五十六連合艦隊司令長官もフリーメイソンのメンバーであったと言われている。



――2018年12月8日、東京――


 結城に会ってから早3か月が過ぎ、玲子は古賀の『報道トゥナイト』に出演していた。いつものキャスターやコメンテーターの立場ではなく、特集コーナーのゲストだった。


「皆さん、今日は当番組でおなじみの、立本玲子さんの新境地とも言える特集です。何とポルトガル沖に眠る、旧日本海軍の潜水艦に、立本さんが率いる調査団が挑まれたのです」

 画面に玲子の顔が大映しになり、玲子は晴れやかな笑顔を見せていた。


「立本さん、どのような経緯で今回の調査は行われたのですか?」

「この調査の陰には、ある一人の日本人ダイバーの執念があります。その潜水艦は旧日本海軍が極秘裏に建造してドイツに送った最新鋭潜水艦で、ドイツからある貨物を、南米に輸送することを目的としていました。


 ダイバーの方の御祖父はその潜水艦の搭乗員で、事故で沈没する直前に、一人だけ辛くも船外に脱出する事が出来のです。そしてなんとその後は、日本を発つ前の軍令部からの命令に従い、秘密を守るために、終戦後もポルトガルの片田舎で人知れず余生を送られました。


 その人物は、自分の余命を悟ったある日、故郷に残した愛する妻に、最後の別れの手紙を送りました。そしてそこには、潜水艦が沈んだ海域が書き記されていたのです」


 矢倉と玲子は相談の上、矢倉が伊220に行きついた理由――即ち祖父の手紙――には、可能な限り触れようという結論に至っていた。そうしなければ、物事の本質に迫る事ができないと思ったからだ。


「すると、そのダイバーは、その手紙を頼りに潜水艦の沈没地点を探し当てたというのですね?」

「そうです。その方は矢倉さんというオイルダイバーです。矢倉さんは若き日に、御祖父の手紙をお父様から見せられ、それが切っ掛けとなり、いつの日かポルトガル沖の約束の場所に潜るために、自らがダイバーという職業を選んだのです」


「それで、その潜水艦からは何が見つかったのですか?」

「1.2トンにも上る金のインゴットと金貨、ドイツ軍の開発したレーダー兵器、水銀、ボーキサイトなどの軍需物資、そして当時決死の覚悟で任務を遂行しようとした、搭乗員たちの遺骨です」

「ほう、なるほど。立本さんは潜水調査の模様をビデオに記録されたのでしたね?」

「はい、約1か月に渡ってダイバーに密着した膨大な映像記録があります」


「なるほど、それではTVの前の皆さまには、ダイジェストでしばらくその映像をご覧になっていただきましょう」

 古賀がそう告げると、画面は水中撮影の画面に切り替わった。


 無音の中でハッチをくぐり抜けていくダイバー達。初めの内、艦内は濁っていてほとんど何も見えないが、画面に表示された撮影日付が進むごとに、艦内の透明度は増して、映像が鮮明になっていく。

 艦内にうずたかく積まれている、複雑な金属の構造物。円盤状のメッシュの形から、それがレーダーの一部だと言う事が伺える。計測機器を使って測量をするダイバーたち。


 カットが切り替わり、しきりに艦の床を指さす一人のダイバー。カメラがそちらを向くと、朽ちた木箱の中に無数の金貨が見える。

 更にカットが切り替わると、先程と同じように、朽ちた木箱の中に整然と金のインゴットが並ぶ。ダイバーの一人がそれを一つ持ち上げることで、大きさが明らかとなる。両手で抱えたのは10㎏のインゴットで、100本近い本数がそこにあるのだ。

 カメラがパンすると、その周囲にはもっと小さいインゴットが散乱している光景が映った。


 カットが先に進むと、テーブルが並ぶ部屋が現れ、床には布のようなもの。カメラがズームしたところで、そこにはモザイクが掛かる。


「今の映像が、大体の概要です。最後にモザイクが掛かったのは、あの布の周囲一面がご遺骨だったためです。ご遺族のお気持ちに配慮し、あのように処理しました。当然ですが、ご遺骨は大切に回収をさせていただきました。

 現在ご有志の方々のご寄付によって、東郷神社に慰霊碑が建立されているところです」

 玲子が言った。


「すごい映像でしたね。卑近な話になりますが、あの金塊の所有権はどうなるのですか?」

「今回のケースは水難救護法の適用対象となります。潜水艦の所有者であった日本政府、および積荷の所有者であったドイツの政府が権利を主張できますね」


「このところこの番組では、連日のように経済危機と経済問題を主にお伝えしておりますが、閉塞感が日に日に募る中、今日の映像は本当に夢のあるものだったと思います。

 まずは潜水艦の乗組員たちのご遺族には、深くお悔やみを申し上げる他ありませんが、しかし子供の頃からの夢を実現させ、大西洋の大海原の中で、小さな潜水艦を発見するとは、何とロマンのある話でしょうか。私は先ほどから感動で、体の震えがおさまらないほどです」


「先程お見せした映像は、我々が記録したほんの一部に過ぎません。調査の全貌を視聴者の皆様にお伝えできるように、現在映像を編集中です。この次は特別番組で皆様にお目に掛かれるかと思います」

「素晴らしいお話です。一刻も早く続きが見たいですね。立本さんは番組の準備のために、各国を取材なさったという事ですが」


「そうです。我々の調査目的は単なる宝探しではなく、歴史的事実の解明です。特番ではあの潜水艦がポルトガルに赴いた理由について、当時の時代背景を含めて炙り出す予定です。

 特に先日アメリカで公開されたばかりの、かつてのウルトラトップシークレット。ハイジャンプ作戦の全貌は大変に興味深い内容です。

 なんと敗戦間近のナチスドイツが画策した、ナチス第四帝国建国の計画が、戦後72年を経て明らかにされたのです。アメリカの国立公文書館の取材を通して得た、戦争記録を織り交ぜながらご報告します」


「立本さん司会の特別番組、『帝国への海図』は、第1夜が2週間後の12月22日。生放送で3夜連続の放映です」

 古賀の名調子の横で、玲子が微笑んでいた。

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