第5話

 飛行準備としていちばん問題だったのが滑走路である。彼女が風を捉えるためには速度が要る。《滑空》するときですら全力疾走が必須だ。さらにワンランク上の《飛行》をするためには脚だけでは足りない。幸い心当たりはあった。

 学校から少し遠くの通学路。長い坂道を登り切ったときには空はすっかり暗くなっていた。星々がまたたいて冷たい空気が身を切る。息が白い。油断すると手足から震えが来そうだ。俺はまだコートを羽織っているからいいが、御藤さんは翼を自由にするため、セーラーブラウスのままでいなければならない。

 一陣、派手な木枯らしが突き抜ける。彼女はそっと自転車を支える俺の陰に入ってきた。

「危なくないか」

「危ないですよ。でも、先輩がいい出したんですからね。首謀者です」

 口答えをしながら彼女はひょいと身軽に自転車の荷台に飛び乗った。

「さ、早く」と俺を促す。

 焚き付けたはいいが、要は俺が無理に連れ出したようなものだ。既に引くに引けなくなっている状況である。

 後は俺が自転車で駆け下り、御藤さんに飛んでもらうだけだ。直線の坂道だからこそブレーキはかけない。いまどき小学生でもやらないような直滑降だ。通行量の少ない道を選んではいるが、それでも車と鉢合わせした瞬間に台無しになる。主に人生のほうが。

 無事御藤さんが離陸できれば、その勢いで体育館屋根へ向かってもらう。同時に俺は下から指示を出す。学校に残る教諭陣に発見される前に手早く終わらせなくてはいけない。そのための見張り役も兼ねている。

 荷台にしゃがんで待機姿勢を組む彼女を前にして、俺は最後の唾を飲み込む。サドルにまたがると彼女がゆっくり遠慮がちに腕を伸ばしてきた。

「ちゃんと腹まで手回せよ」

「こ、こうですか」

「離すなよ。マジで危ないからな」

「……はい」

 へその真上を彼女の両手が押さえている。柔らかい指の腹にきゅっと力が込められた。ほんのり甘い香りがした。季節外れの薄着のせいで彼女の高めの体温が伝わって来る。

「先輩、早くしてください。この態勢けっこう辛いです」

「……あ、ああ」

 ペダルに足を置いて深呼吸。そして地面を蹴った。

 二人分の体重が重くてもすぐに下り坂で楽になった。あっという間に、誰もいない車道を転げ落ちるように加速して行く。感じたことのない速さで両脇の風景が流れる。寒気にぶつかり眼も開けてはいられない程だ。少しでもブレーキをかければ途端にスリップしてしまうだろう、この速さは、時速にして……、

 もはや考える余裕もない。バランスを取ることだけに集中して、そうして下り坂が終わりに差し掛かる。

「まだか!」

「足りませんっ」

「もう坂終わるぞ!」

「先輩、漕いでっ」

「んな無茶を」

「いいからっ」

 猛スピードという言葉も生ぬるい。ペダルは既に滅茶苦茶に暴れまわっている。漕いだところで俺の脚が役に立つのか? いちおう漕ぐけど。

「御藤!」

 再度大声で背中に呼びかける。

「……いけるッ!」

 御藤さんのかけ声が聞こえるや否や、ふっとペダルを漕ぐ足が軽くなった。背後ではばさりとひときわ逞しい羽音が響く。どうやら彼女は無事、飛び立ってくれたようだ。

 彼女の持つ白い翼は本当に見事で、夕闇に紛れた中にあっても俺の視界に飛び込んでくる。さっきからちらちらと、どこに目を向けても視界を遮るのだ。それもかなり解像度が高い。

 さっきまで俺は人類最速の男になっていて、御藤さんは翼人最速で、その後俺は漕ぐのをやめた。二人の距離はどんどん広がるはずだっだ。けれど羽の大きさが変わらない。街の灯りが走馬灯のように線を描く。それでいてなお俺の眼はどうしても御藤さんから離れなかった。

 何かおかしい。下を見やるとそこにペダルはなく、俺の足は蛙のように空を切るばかりだった。こんな地に足の着いていない感想があるか? 空を飛ぶのは御藤さんの役目のはずだ。

「すごいです……先輩、空ですよ、空」

 感慨深げで甘いささやき声が耳元でする。

「ちょっ、ちょ、ちょっと待て御藤さん、なんで俺まで飛んでるんだ」

「え? だってさっき離すなって」

「それは助走の間だっ。い、いいから早く降ろせ」

「いま離したら死にますよ。あたし殺人犯になっちゃいます」

 といいながら、ずり落ちそうになる俺の腹を一層ぎゅうっと締め付けてきやがった。

「大丈夫です。先輩ぐらいなら運べますから。それより学校へ――」急旋回して、灯台のように道を標す校舎へ首を向ける。「急ぎましょう!」

 そのとき、下のほうで派手な衝突音がした。きっと俺の愛車だろう。何にぶつかったんだ……。一目散に確かめに行きたかったが叶うはずもない。俺は一心に幸運を、あわよくば奇跡も祈って、彼女に全てを委ねることにした。

 たまに大気をかきまぜながら、一直線に体育館へ向かう。上空は遮るものがない。長い坂をいったん下ったものの、既にかなりの高度まで上昇していた。ここからだと電線が部屋のコードの類に見える。

 整理しよう、俺は空を飛んでいる。地上よりも味のない空気に頬を叩かれやっと実感が湧いて来る。

 高所恐怖症でないと自負していたが、後輩の頼りない小脇に抱えられてこんな高さにいたら……。白状すると股間がかなり謝罪している。平謝りの平身低頭だ。生きた心地がしないのだが、命綱ともいうべき御藤さんの腕はまだ何時間だって俺を離しそうになかった。

 目線は雲と同じ高さ。眼下には夜に紛れた民家が広がっている。暗がりに重なった二人分の影を探してみたのだが、月明かりの淡い光では映りがわるい。紛れて溶けていく。……いや、というか下を見るのはよそう。

「な、なあ御藤さん」

「なんですかぁ?」

 俺を抱っこしたままの状態で御藤さんが顔を覗き込んでくる。ついでにバランスを失ったのかぐるんと揺れた。「おっと」漏れそう。漏れた。

 たまらず抗議の声をあげようとしたのだが、御藤さんは軽く翼を操り気流に乗った。こうしてみると運動して温まった彼女のぬくもりがじんわり伝わってくる。空は寒いと聞いていたが、あれはほんとは大嘘だ。なんか切り出すきっかけをなくした。

「……先輩、ありがとうございます。あたしのために」

 いつまで経っても話し出さない俺の代わりに、御藤さんがぽそっと囁いた。

「いいよ」

「あたし嬉しいんです。こんな素敵な空を飛べて。ここはいいところです。……ねえ、また連れて来てくれますか?」

「……」

「……せんぱい?」

 俺が物静かなのはカッコつけているからではない。流れる空と景色が単純に怖かった。いかに夜空が素晴らしかろうが知ったこっちゃない。だからその分、御藤さんには存分に感動してもらえればそれだけでよかった。

「そろそろですね」

 そうしてものの五分もしないうちに学校の敷地に侵入していた。

 職員室だけに蛍光灯が輝き、中庭周辺の校庭は不気味に静まり返る。不躾に飛び入る御藤さんは、このときばかりは昏いコウモリのようであっただろう。

「じゃ、着地しますね」

「もうかよ」

「噛むと危ないので、口閉じてください」

 一も二もなくせっつかれる。おとなしく口を噤み、その瞬間を待った。後ろから抱っこされる格好なので、俺は少し足を上に持ち上げてタイミングを見計らう。なんかいやらしいビデオでこういうポーズ見たことある。

 ところで、垂直着陸といった洒落た物はない。クッションになるものもないので、御藤さんは斜めの角度から矢のように降り立ち、走って減速をかけるようだ。

 みるみるうちに徐々に地面が近付いて来て、御藤さんの爪の先がちょんと地に触る。これは行けると思った矢先。予想以上の速度が出ていたためか、歩調はきわどくふら付き出した。慌てて俺も足を着けてバランスを取る。だが自転車で地を蹴って減速するようなものである。

 傍から見ると下手な二人羽織りだっただろう。どたばたよちよちと、屋上の半分を使いながら、そうしてようやく止まることができた。正確には転んだ。前にいた俺を目掛けて御藤さんがボディプレスを食らわせる。頬のあたりをしたたかに打ち付けてしまった。

「いてて……」

「すみません先輩。立てます?」

「……高いところに行くと縮む理由がわかった。大きくなってると折れちゃうもんな。あれは生存本能なんだよ」

「変なところ打っちゃいました?」

 空にいたのはほんの数分だというのに、まるで数ヶ月ぶりに地球に戻って来たような感覚である。地面がしっかりしているって素晴らしい。ほんとすごい。俺は感慨に浸るのもそこそこにのっそりと立ち上がる。重力最高。

「生きてる」

「もしかして高所恐怖症でした?」

 耳をくすぐるような、悪戯っぽい問いかけだった。

「あんな飛びかた、誰でも腰抜けるよ!」

 そう抗議しても、

「えー。あたしは楽しかったですよ」

 うんざりしつつ、手で軽くあしらって、ついでに彼女の腕を外す。もう着地したんだから、いつまでも抱き合っている場合ではない。惜しいけど照れくさいというのもある。

 御藤さんはけろりとした顔で、

「で、どこにあるんでしょーね」

「野ざらしでも大丈夫な場所だから……」

 もともと避雷針ぐらいしか立っていない屋根である。雨樋の裏まで含めれば怪しい場所は増えるが、タイムカプセルを埋めるのには適していない気がする。まさか燕の巣に隠したりはしないだろう。

 となると、あるのは時計台の陰ぐらいだ。体育館の屋根には百葉箱を乗せたような格好で後付けの時計台がある。天井の色に合わせた深い濃紺だった。しかしつくられた年代のズレもあって明らかに彩度が違う。

 寄って見ると鍵らしい鍵は付いていない。盗まれる物でもないせいかごく簡単な仕組みの取っ手しか付いていなかった。

 付け根が錆びており開くのに難儀したが、開けると数年分の土埃が篭ったカビ臭い匂いが鼻を突く。眉根を寄せながらも果敢に御藤さんが首を突っ込む。

「むぅ、何もないですね」

「もっとよく探して」

「暗くて見えないんです」

「懐中電灯いるか」

「あるんなら早く出してください」

 懐中電灯で照らすと格段にわかりやすくなる。顔を突っ込むのは彼女に任せて、俺は後ろから光を当てた。その照り返しを受けて御藤さんが何かを見つけたようだ。

「もうちょい奥に光ください」

 いわれるがままに小さな入り口に腕を滑り込ませる。今度は俺が御藤さんの背に密着したので、さっきよりも数段危うい感じだ。……申し訳ない。

 いっぽう彼女は俺の緊張に気付かないまま細い腕を懸命に伸ばして、中から何かを取り出した。顔が渋い。

「……怪しいのといえば、このゴーフルの缶々しかありませんね」

「白々しい」

「えへへ」

 どこぞのテーマパークで売られている、装飾華やかな丸い缶である。蓋の周囲は厳重にセロテープで封されていて、いちいち開けるのに苦労しなければならなかった。どうにかテープを剥がし終え、

「開けるぞ」

 告げて指に力を込める。

 中から、乾燥剤とともに《笹越高校将棋部初代部長 旗降之りう》なる署名の入ったポストカードが出て来た。

 御藤さんの本名、『御藤之あすか』もそうだが、名前に入る『之』は翼人族特有のネーミングである。いわば外人のナカグロやイコールみたいなものだ。普段呼ぶときは発音しない。つまり、この署名は間違いなく、

「翼を持った先輩……」

「そうなるな」

 御藤さんがしげしげと感慨深げにしている傍らで、もう一枚の手紙を取り出した。こちらはルーズリーフの切れ端である。

《よく来た、未来の将棋部の後輩よ。これは翼人にしか指しこなすことのできない、私が勝手にそう思っている定跡であるよ。羽を持つ私がわざわざピエロの振りして隠す場所なのだから、君もきっと翼人なのだろう。ぜひ使ってみて欲しい。大空を駆けるような、そんな世界へ誘おう。なんちゃって角角。

 なお見つけたのが、たとえば天文部とか工事関係者様の場合は下記までご連絡ください――》以下、個人情報が続く。

 さらに外付けの記憶媒体もあった。御藤さんはひょいと取り上げる。

「何です、この、キラキラしてるの」

「……いったい何代前の人なんだか」

 御藤さんの質問には直接答えず、俺は尋ね返す。「これ、おまえの家のパソコンで読めるか?」

「……パソコンで読めるんですね」

 無理そうだ。

 御藤さんが穴の開く程観察するのは、ええと、光磁気MOディスクとかいう名前だったっけな。都会のパソコンショップになら売れ残りのドライブが眠っていると思う。十数年前の代物のはずだ。

 分厚く頑丈そうなつくりだからたぶん読めないことはないだろう。雨風にさらされたわけでもないし。手にしたMOをずっと手のひらの中で握り締めていると、

「倉田くんっ!」

 突如名を呼ばれて驚いた。すわ先生かと思ったが、すぐに鷹取さんの嬌声だとわかり胸を撫で下ろした。

 ……で、どうして彼女が?

「何をしてるの。倉田くんでしょ!」

「答えなくていいんですか」

 御藤さんがやきもきしながら顔をうかがって来る。と、鷹取さんはまだまだめげずに、今度はメールに切り替えてきた。

『隠れてないで早く降りて。さっさとずらかるわよ』

「あっ、あたしにも来てました」

 暗闇の中、二つの携帯電話が燦然と光る。これでは居場所を教えているようなもの。俺は別に意地悪で答えなかったわけではない。屋根からどうやって降りようか、それが問題なのである。

 来るときとは違い、助走できるのは限られた屋根のみだ。どこかに避難梯子はあるはずなのだが場所を調べていない。事前準備がいささか疎かだった。

「鷹取さんに頼んで、梯子の場所を確かめてもらうか」

「まどろっこしいですね。そんなことせず、ここから飛び降りません?」

「飛び降りるって……ええっ」

 妖しい御藤さんの眼を見て、俺は二度驚いた。

 先の空中散歩で感覚が麻痺しかけているが、こんな高さから飛び降り、もとい落ちたら骨が折れるぞ。

「屋根の端から端まで全力疾走すれば、浮力は確保できると思います。あたしも追走して、踏み切りと同時に先輩を抱えて滑空します」

「さっきみたいにか?」

「ええ。いい練習ができましたからね」

 にこやかに断言されても怖いものは怖い。いい練習とか、そういう次元ではないのだが……。

 しかしいい争っているひまはない。俺は半ば諦めて、MOをいったん缶にしまい脇に抱える。翼人の彼女がいい張るのだから、そう無茶ではないはずだ。きっと。

 御藤さんが背中にぴたりと寄り添う。何かの予行演習のように俺の腹へ手を添わせ、照れ臭そうにまたすぐ離した。恥ずかしいことをやっている場合じゃない。地上人の命がかかっている。俺は念入りに確かめた。

「踏み切りの坂がないけど、飛べるんだよな」

「飛距離が欲しいわけではないので平気です」

 飛び過ぎると今度は校舎に激突してしまう。それより気になるのは落ちる速度だ。全力でのんびりして欲しい。

 ……そうか、彼女はパラシュートなのだ。パラシュートパラシュート……俺は自分に何度もいい聞かせようとした。けれど次の瞬間、焦れったくなった御藤さんに背中をとんと押された勢いで走り出してしまった。

 凹凸のある赤茶色い屋根に何度も足を取られながら先端まで全力で走り抜ける。飛び込む恐怖はある……が、御藤さんのことを信じて、俺は跳んだ。

 間髪いれず、背後から強烈なタックルを食らう。彼女が力加減なしに飛び付いたのだ。そのまま空中でこれ以上ない程強くハグされた。腹の底からぐええ、と声が出た。

 結局傘を差して落ちるよりはマシ、ぐらいの落下速度で地面が近付く。御藤さんも懸命に羽ばたいているようだが、思う程空気抵抗にはなっていない。

 着地した途端、二人分の体重を諸に受けてしまった。膝とふとももにびりびりと電気みたいな震動が伝わる。痺れはしたが、かろうじて捻挫はしていないようだ。

 すかさず鷹取さんが駆け寄って来た。

「あっ部ちょ――」

 御藤さんが声をかけたそうにするが、

「話は後。先生が来る前に、急いで」

 鷹取さんはぴしゃりと鞭を鳴らす。

 幸い俺も無事に走れそうだ。まずは脱出が先とばかり門を抜ける。

 校門で曲がりバス停まで走ると冷気が思い出したように襲って来る。いつの間にか風が出ていて、バス停の侘しいポールは風を待つ白い綿毛のようだった。

「……まったく。何をしているのよ」

 呆れと怒りがないまぜになった、いわく不可思議な声色で鷹取さんが問うてきた。弁解のしようもない。弁解できないのだから俺はきっぱりと声にした。

「鷹取さん、あった。ずっと探してた先代の棋譜」

「えっ……」

 足を止め、小脇に抱えた缶を差し出す。鷹取さんは口を半開きにしたまま蓋を取ると眼をこらす。署名の一文を見ただけで、彼女は瞬時に理解する。

「本物だわ……よく見つけられたわね」

「ああ。これで問題も解決だろ」

 ずい、と御藤さんの背中を優しく押してやる。さっきの仕返しである。

「部長、あたしやりたいんです。倉田先輩に励まされてわかったんですけど……。将棋部として、ずっと将棋を指したいんです」

「陸上は?」

 鷹取さんは眉をひとつも動かさずにいった。

「ちょっぴり名残惜しいです。でも陸上部じゃ自由に羽ばたくことはできませんでした。自分から進んで狭苦しい場所に入るのはいやです。性に合いません」

「うちの部が、広い場所とは限らないわよ」

「いいえ、広かったですよ。とても……。だって上から見たらわかりました」

 上から見た、か。

 俺はこのとき、奇妙な胸のすく共感を覚えていた。御藤さんが俺に力を貸してくれたのは、たぶん、彼女も本当はそうして欲しかったからだ。一緒に将棋をやりましょうと誘われたかったのだろう。

 鷹取さんは長いこと御藤さんを上目遣いで射竦めていた。睨めっこが続き、ややあってから、

「……わかったわよ」

 肩を落として小さく首肯した。自分の鞄に埃だらけの缶をむりやり押し込む。そこに不穏な空気を気取ったのか、御藤さんが小さくあっと声を発した。

「安心して、捨てたりしないわ。そもそも大事な将棋部の財産だしね。このディスクの中身は、部長として責任をもって印刷してくるわ」

「MO読めるのか」

 そう尋ねると、

「外付けドライブがいくつか部屋に転がっているの。まあ、期待していて。わたしも気になるもの」

 何故そんなマニアックなものを、という疑問をよそに、鷹取さんは鞄の留め金をぱちりとはめた。

「さ、みんなも帰りましょう。特にあすかさん、風邪ひかないように」

 さも何事もなかったかのように。たとえるなら、部活終わりのように鷹取さんがいう。

 きょとんとしていた御藤さんが、ようやく寒気を感じたようにぷるぷると震え出した。そういえばずっと薄着で頑張っていたのである。

「あ、さむいっ。帰ります」

「お疲れ様でした」

 両者ともに涼しい顔で言葉を交わし、御藤さんは駆け出した。俺も同じく続く。……と、バス待ちのはずの鷹取さんが寄って来てコートの裾を掴む。ぼそっとささやいた。

「そのコートは飾り? 着せてあげなさいよ」

 眉をひそめた。鷹取さんは、あれだ。俺をプレイボーイか何かだと思っていやがる。

「春になったら考える。いまは寒い」

「……ばぁーか」

 そうはいうがな。俺だって寒いのだ。俺と御藤さん、どっちが風邪をひいたら困るっていうんだ。

 ……あっちだよなあ。


 ところで俺の自転車だが、道路のガードレールにぶつかりひしゃげて歩道に転がっていた。あれだけの速度が出ていたのだ。原形はほとんど留めていない。特にフレームがひどい。修理しないと乗れないし、ここまで壊れると新しいのを買ったほうが安上がりだといわれてしまった。さよなら俺の愛車・かざぐる丸。

 それにしても怪我人が出なかったのは奇跡的だった。その後、勘違いした誰かによってそっと花束が添えられていたのはぞっとしなかったが。

 ところで例の棋譜だが、翌日には鷹取さんが印刷し終えていたらしい。戦法の概略と、十数局の実戦譜だそうだ。現物は既に御藤さんが持っているという。

 俺はそれらの経緯をメールで事後報告されただけだったが、無事御藤さんの手には渡ったようでひと安心である。

『わたしも少し、その戦法で戦ってみたんだけどね』

『どうだった?』

『恥ずかしいけど、わたしにはどうも指しこなせる気がしないわ。だいたいわたし、飛車を振って勝てる気がしないもの』

『ああ、あれ振り飛車だったんだ』

『まあね』

 鷹取さんのメールは、まるで男子のように素っ気がない。もっともあの性格で過剰装飾のきゃぴきゃぴしたものを送ってこられたら、それはそれで恐怖だ。

 彼女から短めのメールが送られた後、思い出したように続きの文章が来た。

『そうそう、御藤さんが貴方にお礼をいっていたわよ。倉田先輩がいなければもう生きていけないって。←ごめん嘘』

『ひどい嘘だ。おれも』

 そう打ち込んでから、次の言葉をいおうかとちょっとだけ逡巡した。ずっと鷹取さんとばかり戦っているから、平たくいって焦れったくなったのだ。

 ――役得だろう。向こうも感謝しているのだし。『俺もその戦法っていうのが気になる。今度対局させてくれ』

『いいわよ。段取りは整えておくわ』

『助かる。ちなみに、いつになりそうだ?』

『火曜日かしらね』

 火曜日というと、二日後じゃないか。一気にもたもたしていられなくなった。

 鷹取さんの宣言どおり俺と御藤さんの対局が実現した。平常どおりの放課後に、部室に集まって将棋盤を挟み合う。

 いろいろもたついていたせいで、彼女と面と向かって会うのはあの飛んだ夜以来である。とはいえ、そこは御藤さんだ。照れた様子もなく、むしろ新しく研いだばかりの刀の切れ味を試したくて仕方がないようである。

 観戦者は意外にも二人いた。鷹取さんとかすり君である。かすり君は不承不承だった。声に出したりはしないが、明らかにこの状況を芳しくは思っていなさそうだ。当然だろう。陸上部の活動姿を見せたのにますます姉の心は将棋に振れている。

 こうなれば物分かりのわるい人には実際に見てもらうのが一番だ。

 俺達は静かに盤に集中する。いざ対局者になってみると彼女は穏やかに緊張しているのがわかった。この周りだけ空気の流れが違うような気すらする。《滑空》の準備運動中にも似た……いいや、もっと精度が高そうだ。

 振り駒の結果、先手は御藤さんになった。

「それでは、お願いします」

「よろしくお願いします」

 お互いに一礼してから、御藤さんは大きく息を吐いて自分の手を揉んだ。

 たっぷり十秒はかけた後、彼女の手がすっと七筋に伸びる。彼女が身に付けた戦法について、俺は詳細を知らない。最初に何が来るかと多少は訝っていたが、初手は普通だった。ならば、と俺も角道を通させてもらう。

「どういう状況なんです」

「わたしが小声で解説するわ。……とはいえ、まだ始まったばかりね。しばらくは二人で距離を計り合う感じになると思う」

「なんか地味っすね」

「かと思えば、いきなり殴りかかったりもするものよ。……どうなるかしら」

 鷹取さんと弟君はちゃんと小声で話しているが、同室にいる以上自然に耳に入る。多少思考を遮られるのは我慢するほかない。彼の眼にも焼き付けなければいけないのだから。

 しかし御藤さんの出だしは、俺に何をするつもりなのか、まったく読めないかたちだった。

 俺は普段から四間飛車を愛用している。飛車を左から四番目の縦の筋に置いて戦うのだ。鷹取さんから聞いた話によれば、現存する最古の棋譜というのは四間飛車と中飛車の相振り飛車だそうだ。ちなみに、それは四間飛車側が勝っている。

 さて。先代将棋部の残したものというのは中飛車だったようだ。御藤さんが最初に学ぼうとしたものと奇遇にも一致している。お互いに序盤から飛車を振り回す。気がかりなのは、彼女の銀将がやけに中央へ出っ張っていることだ。陣地を睨むようにのさばっているので、こちらは玉将の囲いを発展させづらくなりそうだ。玉の守りの堅さは、将棋において勝ちやすさにそのまま結び付く。

 唇を噛みながら、それでもいったんは玉将を《美濃囲い》に組ませる。

 御藤さんはそれを見て、……いや、俺のほうはほとんど見なかった。俺の玉将を一点に射抜く。

 駒音が響いた。

「どういう状況なんすか」

「ぶっ込んできた」

「ぶ、ぶっこ……?」

 手順は四十の手前である。こっちはまだ囲っておきたいのだが……。

 いましかない。覚悟を決め、俺は自分から角を交換しに行く。


                   *


 他の部の歓声が聞こえない。もう帰ってしまったのだろうか。御藤さんとの将棋に夢中になった俺は、まるで空まで連れて行かれたようだ。

 ずい分長かった。しかし、終わるときが必ず来る。

「……おっ」

 何かを雰囲気で感じ取った嘆息が、弟君から絞り出された。

「ああ、うん……やっぱり。これは間違いないわね」

 鷹取さんは早々に解説業務を放棄し、自分の脳内に沈んでいる。彼女が『間違いない』といったのは、主に戦況判断のためだ。

 いま俺が馬を彼女の懐に滑らせたことで、相手に《詰めろ》がかかった。詳しい手順は省くが、もしこの瞬間に俺の手番なら以下7八馬と斬りかかり、後は自然に王を追うことで俺の勝ちとなる。

 まさにいま、御藤さんの首筋にぴたりと刃を突き付けている場面である。下手なかわしかたでは、受けにならず押し切ってやる。というか斬る。真剣勝負を望んだのは御藤さんの側だ。そういう状況にある。

 彼女は盤面から長い間、眼を離していた。こんな剣呑な場面だというのに、ぼんやり外を眺めていたのである。視界に入るのは、彼女らの故郷の山しかない。

 無意識なのだと思う。御藤さんは、そこで飛んでいた時代をはせるようにふぁさりと翼をしならせた。

 そして将棋盤に戻ると、舞うような指の動きで▲9二金を放った。

 王手は王手でも、金のタダ捨てだ。

 金将は全ての駒の中でも、かなり価値の高い駒である。飛車角と王将を除き、周囲六マスに利くのはこれしかない。守りの駒としても攻めの要としても使いやすい。金将以下の小駒がどれも成ることで金将の動きをするのは、ある意味で到達点だともいえるだろう。

 そしてそんな大事な駒をタダで相手に押し付ける行為が意味するのは二つしかない。御藤さんがうっかりしてしまったか、あるいは……捨てたから勝てるか、だ。

 盤面をもう一度広く見る。机一面に収まる大きさだが、対局中、しかも主戦場に集中し切った直後だと、唐突に無限の広さを感じさせるのだ。

 たしかに王手がかかっているので、少なくとも御藤さんの延命にはなっている。けれどこれが彼女の読みどおりカウンターを狙える状況だったらどうだ。

 ともかくここは△同玉の一手だが……。

 俺が動くと、すかさず御藤さんは▲4七馬で再度、王手を迫った。

「これが狙いだったのね」

「え? どういうことですか」

「この手に対し倉田くんは、△同馬か合駒かの選択肢があるわ。でも合駒をしてしまうと、そのまま▲6九馬と、急所にある馬を一掃されてしまう。次に6三にいる御藤さんの銀が踏み込めば彼女の勝ちね」

「勝てるんすか」

「だから△同馬、とせざるを得ないのだけど、これでもやっぱり銀がにじり寄って来て、受けなしだと思うのよ」

「受けなしってことは……」

「勝てるわね」

「勝てるんすか」

 盤外のふたりが、どういう顔で語り合っていたのかは知りようがない。

 俺と御藤さんは淡々と、▲7二銀成△9三玉▲8一龍△3八角打まで手を進めた。

 ……淡々? どこがだ。俺は凌ぐのに精一杯である。俺自身を守るためだけに、果てしなく遠いところから、働きのわるい駒を打つはめになってしまっている。

 しかし無慈悲にも、彼女は冷静に▲5六桂と打って角の射線を遮った。

 これを△同馬と取ると、守り駒の数が足らずに今度こそ押し切られる。かといってどういう順番で攻めても、御藤さんの玉将は絶対に詰まなかった。

「……負けました」

 俺は深々とこうべを垂れながら告げた。

 いったいどの手がわるかったのだろう。きっちりと受けるつもりでいたのが、既に手遅れだったということか。でも、追究はひとまず後回しにするとしよう。

 にわかに全身から力が抜けたようで、御藤さんがだらしなく翼を弛緩させる。疲れきったが満足気だった。

「……ふう。なんとか、勝てました」

「おめでとう」

 鷹取さんが優しく声をかける。

「ちょっと前は定跡も知らなかった貴女がね」

「えへへ、先輩がたのおかげです。……今度は楽しかったです」

「俺も楽しかった」素直な感想だ。

 と、ねぎらいもそこそこに鷹取さんが急に振り返る。みなの視線が、弟君のほうに集まった。

「ルールがわからなくても理解できたでしょう? いまの二人の対局」

 弟君はじっと口を噤んだままだ。

「あすかさんの陸上競技もわたしにはできないことだけれど、この勝負だって、じゅうぶんわたしにできないことだと思うわよ」

「そうですね、とてもじゃないけど俺には指せない。……はは、ねーちゃんにはどっちも敵わねーや」

「そう。貴方のお姉さんがやったのよ。まるで盤上を舞うようだった。素晴らしかったわ」

 御藤さんが少し身を引き、照れたように頬を染める。

「ぶ、部長……。褒め過ぎですよ」

「本心よ」

 誇らしげに御藤さんを誉めそやしてから、もう一度くるりと反転する。

「さてかすり君。改めて、彼女を見てどうかしら。まだ陸上部に縛ろうとするの? こちらのほうが、余程彼女に似合っていると思うわよ」

 弟君は、長い沈黙の後、重々しく頷いた。

「……俺もわかってはいるんだ。こっちのほうが、ねーちゃん。羽が、なんていうか、綺麗だ」

「だから?」

「え」

「貴方のお姉さんの容姿端麗っぷりは、いまさら再確認するまでもないわ。わたしが聞きたいのはその先の言葉なんだけど?」

「そういわれても。……あー、ねーちゃん。将棋がもっと強くなるといいな」

「だから……?」

「しょ、将棋を……」

「しょうぎぶに……?」

「将棋部に入ればいいんじゃねーの……」

「……りくじょうぶは……?」

「……り、陸上部には、いつ戻って来てもいいからな」

「わかればよろしい」

 にっこりとわるい顔で笑い、そっと御藤さんの手を握る。ああこれ、舞踏会に誘うときにやるやつだ。愛する人を首尾よく導くお姫様と、彼女に見初められた麗しいプリンセスのような。

 二人は手を繋いだままにっこりと見つめ合った。

「それじゃあ、お姉さんは将棋部で責任を持って預かるわ。……よろしくね、あすかさん」

「はいっ」

 花が咲いたように顔をほころばせる姉を見て、かすり君はようやく、諦めたように自嘲した。「うまくやれよ」

「うん、ありがとう」

 彼女の晴れやかな表情のせいで、俺はどうにも、どぎまぎして止まらない。

 こいつ、ここまで綺麗に笑うのか。まるで屈託がない。

「……じゃ、心残りもなくなったことだし、先生に挨拶して来ないとね」

「怒られっぞ」

「怒られるぐらいなら平気だよ」

 と、姉弟での相談もそこそこに、御藤さんは素早く身なりを整えた。

 いつの間に用意していたのか、手には退部届を隠している。正式に陸上部を辞める決意がついたらしい。

「いってらっしゃい」

 鷹取さんが部屋の扉まで行き穏やかに送り出す。御藤姉弟が部室を去ったのを確認すると、何故か、彼女もすたすたと出口のほうへ続いた。御藤さんを預かる側として、顔だけでも見せに行くのか……と思いきや、そのまま扉をロックしてしまう。


 密室の出来上がりである。なにゆえ? 俺が怪訝な表情になるのも束の間、鷹取さんは沈んだ声で俺に水を向ける。

「ひどい部長とか思ってるんじゃない」

 背中で語るように、不意打ちで濁った声の鷹取さんが問うて来た。

「は、はい?」

「あすかさん」

 これで理解しろとばかり、言葉数が少なめだ。

「歓待したり、突っぱねたり。ちっとも一貫しなかったもん。ちゃんと背中押してあげるべきだったのに。これじゃコウモリ以下になっちゃうよ。……ああもう最悪。部長になって最低の気分だよぉ」

 いじけたように背を丸まらせる。

 態度の話をすると、鷹取さんは侵入部員を前にしてとんだ二枚舌だった。どうせこうなるのなら、最初から御藤さんを歓迎していれば話は早かっただろう。

 ただ、早ければいいものではないし、必要な回り道だった。

「部長だからな。ああいう態度を取らないといけないときもあるよ」

「わたし、ちゃんと部長やれてたかな?」

「もう完璧。非の打ちどころがなかったね」

「……逆に不安になるんだけど」

「あんま気にするなよ。ほら、俺はわるくなんていってないだろ。鷹取さんマジ最高のオンナ」

「倉田くんごときにどういわれても関係ないもん」

 顔をぷいと逸らし、彼女は独り言のように吐く。

「……まったく、とんでもない子が来ちゃったね」

 いいぐさがあまりといえばあんまりなので、つい周囲をうかがってしまう。御藤さん本人に聞かれたら、あらぬ誤解を招いてしまう。

「陸上部に戻ればいいと思ったのは本心だし、あの戦法を見て心変わりしたのも本当だよ。……あれ、『かまいたち』という戦法らしいよ」

「かまいたち……」意味もなく繰り返す。

 なんだか大空を舞う御藤さんにぴったりだ。

「相手が振り飛車だった場合だけど、中央を先制して悠々と相手の頭を抑えるのよ。制空権を確保、ってやつ。倉田くんもそれで苦戦したよね。その辺がさ、実に翼人の嗜好とマッチしてると思うな。ちなみにこれはいい意味でいってるよ?」

「いい意味ねぇ」

「破天荒だった先代のように、わたし達が知らないすごいものをきっと見せてくれるはずだよ」

「これからが楽しみだな」

「そうだね。だけど倉田くん、次負けたら折檻するよ。負けてばっかで悔しくない? 惨めだもんねー」

 空恐ろしい。俺は肩をすぼめて答えにした。

 鷹取さんがふっと頬を緩める。幼稚にふてくされた態度が、雪のように解けていくのがわかった。

「ところで……。あともうひとつだけ、面白いことがあるわ」

「なんだよ」

 口調がすっかり元のネコを被った鷹取さんに戻っていたので、つられて俺もつっけんどんになってしまう。

「翼人達もあまり空を飛ばなくなったって話があったわよね」

「ああ」

「そういう時代だからこそ、飛ぶことがちょっとした意味を持つようになっているみたいなのよね」

 意味深な顔をしながら、鷹取さんはおもむろにピンク色過多な表紙の雑誌を取り出してきた。俺は訝りながら、それを手渡してもらう。なんだか直視に堪えない感じ……と思いきや、それはいたって健全な、ウェディングドレス姿の女性だった。超厚化粧である。

 ご丁寧にも、御藤さんは折り目を付けたページを反対側からめくってくれた。

『一生に一度のハネムーンフライト……パートナーを抱いて幸せな飛行愛そらとぶゆめを』……?

 見出しに多幸感溢れる文字が踊る。

「……なに、鷹取さん結婚すんの」

「わたしは生涯独身よ。……じゃなくて、そこに書いてあるの。読んであげようか。都会だと好きな人と一緒に空を飛ぶのが、プロポーズの流行りになるそうよ。おめでとう婚約者さん」

 唐突だった。唖然としている俺をよそに、誰かが部屋の戸を叩いた。が、教室のドアは『どういうわけだか』閉まっている。がちゃがちゃと格闘する音が響いて、次いであどけない声がした。

「ぶちょー、せんぱーい。いますよねー? ちょっと忘れ物ですー。あけてくださーい、あすかでーす」

 鷹取さんは意に介さない。ちらりと曇りガラスに視線をやっただけで、再び俺に向き直る。

「陸上競技でしか跳んだことのなかった娘が、まさか倉田くんを捕まえて飛ぶなんてねぇ」

「……こういう流行があるって、御藤さんは知ってるのかな」

「さぁね」

 最高に不愉快な表情を残して、彼女はひょいと俺の手から雑誌を取り上げた。そしてぱたぱたと、扉の側へ小走りで歩いて行く。

「ごめんなさいあすかさん。いま開けるわ」

「んもーっ、いるじゃないですかぁ。中で何やってたんですか? 不純ですよっ」

 鷹取さんが無言で涼しい顔をつくったのが、空気で伝わって来る。そういう香りがする。

「帰って来たら、詰将棋をしましょう。極上のを用意して待っているわ」

「あっはい。あたしも、すぐ終わると思います。顧問のセンセ、あんまり怒ってなさそう」

 鷹取さんは俺に見えるような角度で、口元を高く吊り上げた。

「いいえ。ゆっくりでいいのよ。ゆっくりで……」

 何がゆっくりでいいものか。瞬く間に過ぎ去る部活動。持ち時間なんて、ほとんどないのだ。


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翼のある金将 @maetoki

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