第53話 セキュリティ

「すまなかった、桃香。何故僕はあんなに自分の考えに固執していたんだろう?」

「良かった、元に戻ったんだね。何時もの紅貴じゃなかったから、心配したんだよ」

「大切な君に拳を向けてしまうなんて、僕はどうやって償ったらいいんだ」

「大丈夫。私は紅貴になら何されても平気だから」

「おい!人の背中に背負われてる分際で、いちゃつくな!」

 レッドをあのまま放置しておく訳にもいかず、かと言って意識が戻るまで悠長に待ってられないので、俺が背負って連れて行く事にしたのだが、目が覚めた途端にピンクといちゃつき始めやがった。

 もう意識が戻ったんなら、捨ててくか?

 いや、もう敵対する感じは無さそうだから、情報を得てから捨てていこう。

「おいレッド、捕らわれているヒーロー協会の人達はどこにいる?今向かっている闘技場か?」

「君は何か勘違いしてないか?桃香と違って、君達は悪に寝返っているんだ。そんな奴らに情報を渡す筈が無いだろう」

 背負われているくせに偉そうなレッドの態度に、前を走るブルーとブラックが振り返った。

「レッド、勘違いしてるのは君だ。イエローとブルーは悪に寝返ってなんかいない」

「そう。アキトこそ真の正義の味方」

 ブラックのフォローはいいんだが、シャナのは何か間違ってる気がする。

「ブラック、その言い方では君だけは悪側であるように聞こえるが?」

 レッドの低い声に、俺はどうフォローしようかと考える。

 しかし、その間が逆に肯定と取られてしまい、

「もっとも、ブラックだけは初めから信用などしていなかった。私欲の為に戦うなんて正義にあるまじき行為だ」

 レッドは冷たく言い放つ。

 ほんと、こいつ捨てて行こうか。

 前を走るブラックは何も言い返さないが、さすがにちょっとイラッとするわ。

 自分では正気に戻ったように言ってるけど、全然分かってねーじゃねーか、こいつ。

「おい、俺はお前の方が正義に見えないからな。自分の価値観だけを押しつける方がよっぽど害悪だと思うぞ」

「なっ……!?」

 俺の言葉に動揺と憤慨を込めて絶句するレッド。

 そして、何故か俺の近くに寄ってくるピンク。

「モテない男のひがみは、とても見苦しいわよ」

「アホか、違うわ!」

 このクソピンク、殴りてえ。

「でも、紅貴を助けてくれた事は感謝してる。ブ男だけど、ありがとう」

 デレた?あのピンクがデレただと?……いや、ブ男とか言ってるし、全然デレてねぇ。

 俺はフンと鼻を鳴らし、前方に視線を戻した。

 べっ、別に照れてないんだからねっ!


「それにしても、暫く進んでいるけど、誰も居ないな」

 白い壁に囲まれた通路を進んでいるが、ガラス窓から通路沿いの部屋を覗いてみても人一人すら居ない。

 天井照明は無く、ナノマシンの発光だけで照らされていて、ゲームの世界に入り込んだような錯覚にとらわれる。

 俺達は結局敵とは出会さずに、ゴールである闘技場の扉の前に難なく辿り着いた。

「扉にセキュリティが掛けられている」

 なるほどな。

 高度なセキュリティを過信して、警備を建物の入り口側に集中したから、通路では誰にも出会わなかったのか。

 いや、それにしても一人の見張りも置かないってのは何かおかしいけど。

「そのセキュリティは一流のハッカーでも敗れない暗号化が施されている。もうこれ以上は止めておくんだ。今なら、僕がグレイッシュパンサーに取りなして、協会に背いた事は不問にしてもらうから」

 レッドが何か見当違いな事をほざいているが、無視だ。

 そもそも協会に背いてるのはトゥルーの方じゃないか。

「どうするの、アキト?」

 ブルーが心配そうにこちらを見るが、拳を握っているところを見ると、物理的に破壊しようとしてるのかも知れない。

 そんな力業で行かなくても大丈夫なのに。

「痛っ!何をするんだ、イエロー!」

 俺は背負っていたレッドを床に放り投げて、扉のキーロック部分に手を触れる。

 ロック部分が光り、ナノマシンが構成するディスプレイが顕れて、そこにパスワードの入力を促すメッセージが表示された。

 俺は端末キーボードを表示して、ロック部分に接続した。

 独自に作った解析ソフトを走らせると、ディスプレイに次々と情報を表示するウィンドウが開かれる。

「うーん、256bitか。ちょっと難解だな」

 解析出来なくは無いけど、時間がかかりそうだ。

「虎ンザム、そろそろ『エクステンション・リンク』出来そうか?」

「おう、大丈夫だぜ、マスター」

「よし」

 俺は虎ンザムとエクステンション・リンクして、デュアルドライブを起動した。

 その紋章の演算処理を利用して、256bitで暗号化されたセキュリティを解析していく。

 パターンが天文学的な数字になる256bit暗号化だが、実際はそれを完全に導入する事は不可能だ。

 人間が作ったものは必ず決まったパターンが存在するから、完璧なセキュリティなんて実現不可能なんだよ。

 DNA塩基配列は3%違うだけで人間がゴリラになってしまうのだから、多様な人種と言っても、人間はたった3%の範囲内にいる事になる。

 どんなに頭がいい人間がセキュリティを作っても、所詮は人間が作ったもの。

 俺はいくつかのパターンを次々にデュアルドライブに演算させていく。

「い、一体何をやっているんだ?」

 レッドが不可解そうに呟くのと、解析が完了したのはほぼ同時だった。

 俺の端末に表示されたパスワードを、扉のロック部に打ち込んで行くと、セキュリティはあっさりと解除された。

「ば、バカなっ!」

 レッド五月蠅いよ。

 父さんの制作したゲームのセキュリティチェックをやってたから、突破するのは得意なんだよ。

 中学2年ぐらいまではちゃんと手伝いになってたんだけど、高校に入る頃には最早バトルになっていたな。

 ゲーム制作会社のセキュリティ班が涙目になっていたとか父さんが言ってたっけ。

 終いには、もうオフラインにしようかという案も上がったとか。

 俺相手にセキュリティを作りたいなら、物理キー持って出直してきなさい。

「さすがアキトだね」


 巨大な白い扉を開けて入室すると、白い筈の闘技場の壁が薄い灰色に染まっていて、室内は廊下側よりやや暗めになっていた。

 俺は、ヒーロー協会の人達と連れ去られた黒木さんがいるか確認しようとして視線を彷徨わせ、次の瞬間その部屋の様相に眼を見開いた。

「な、何だ……!?」

 ヒーロー協会の人達が倒れている。

 全員、誰かにやられたように呻き蹲っていた。

 仮にも正義を唱っているトゥルーが、例え反撃されたとしても此処までやるだろうか?

 倒れている人達を見回すと、視界の端に見慣れたポニーテールが飛び込んでくる。


――お姉ちゃん!


 倒れているセーラー服姿の女性は、間違いなくセーラーポニーだ。

 俺の心がざわめき出す。

 何が起きたのか分からないが、誰かにやられたのは間違いない。

 俺がお姉ちゃんに向けて駆け出そうと一歩踏み出した時、その先に倒れている黒髪の少女が眼に入ってしまった。


――黒木さん!?


 顔を見なくても、髪を見ただけで誰か判別出来てしまうその少女が、力なく横たわっている姿に俺の中の何かが切れた。

「……誰がやった?」

 渦巻く憤怒を抑えつつ彼女の元へ駆け寄る。

 少し怪我をしているが、命に別状は無いようだ。

 ……だが、絶対許さねぇ!!

 俺の中で渦巻く憎悪に、こめかみの血管が悲鳴を挙げ始めた。

 どこだ!?

 直ぐに駆け付けたブラックに彼女を任せ、俺は敵を探す。

 彼女に危害を加えた者は、如何なる理由があろうとも俺の敵だ。

 睨みを効かせて周辺を探ると、ナノマシンの微かな揺らめきをシステムが捕らえた。

 俺はそこで僅かに見えた灰色の影に向かって殴りかかる。

 不意を突く事が出来たのか、その灰色の影は避ける素振りを見せなかった。

 俺は捉えたと思い、防御も考えずに怒りに任せて振り切った。

 だが、拳は空を切り、灰色の影が俺の拳を絡め取るように不自然に形を変えて、人型に変化した。

 そのまま腕を捻りあげられて、俺は投げ飛ばされてしまった。

「ぐうっ!」

 それでも、怒りに身を焦がしている俺は、大人しく倒れている事など出来ない。

 着地と同時に地面を蹴り、再び灰色の影に殴りかかる。

 先程の動きから次の動作を予測して、避ける先にフックで起動を変えて拳を叩き込む。

「おらぁ!!」

 さすがに今度は躱せなかったようで、腕でガードされた。

 俺の怒りに満ちた拳は、ガードの上からでもいくらか衝撃を与える事が出来たと思う。

 しかし、灰色の影は余裕ぶった口ぶりで話し始めた。

「くくっ、伊達にエクステンションを持っていないようだな。私の姿を捉るとはSS級並か。私の調整には丁度良い」

「うるせぇ!俺は今、怒りが有頂天なんだよ。てめぇだろ、あれやったの。絶対に許さねぇからな!」

「ふん、許さないだと?それはこちらも同じだ。息子がやられた恨みを返させてもらう」

「はぁ?息子?何言ってんだ?」

 俺は蹴りを放って、その反動で後方へ飛んだ。

 かなりの強さと、灰色の豹のような外見。

 間違いなく、こいつがトゥルーのリーダー、

「グレイッシュパンサー!何故こんな事を!?」

 レッド、先に言うなよ。

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戦隊イエローという微妙なポジションになっちゃったら ふぁち @fachi

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