第3話
相変わらず、茹だるような暑さだった。でも、その暑さと比例するように私のテンションも上がってった。遊園地自体、久しぶりのことだったし、それ以上に「THE・JK!」という感じがして、高揚感で今にも踊りだしそうだった。
気が付くと、時刻は六時を回っていた。いつの間にか、西の空は真っ赤に染まっていて、反対側には、三日月もかすかに見える。
「ねえ、そろそろ、観覧車でも乗らない?」
真っ赤な空を背景によっちゃんがそう提案すると、皆がうなずいた。
§
閑散とした遊園地内で、観覧車のところだけ、わずかに賑わいが残っていた。
「ここの観覧車は恋愛成就のスポットとして、有名なんだって~」
「はぁ……」
茶笑男が解説しているのをカナが軽く受け流しているのが耳に入る。話によると、昔ここでカップルができたとか、どうたら……こうたら……
「まあ、そろそろ乗ろうか」
長々と話しをしている茶笑男に対し、よっちゃんがむりやり静止した。まだ、後ろのほうで、茶笑男がぶつぶつ言っていたけれど、まあ、これは無視するのが正解だろう。
だんだんと距離が近づいていく観覧車は、近づくにつれて、少しずつ大きくなる。
不思議と心臓がどきどきした。
§
街の景色を遠ざけながら、どんどん上昇していく観覧車からは、遠くの景色まで澄んで見えた。いつのまにか、私の家も見える。、前にカナと行ったレストランも。
「きれい……」
声が漏れた。でも、そのことに突っ込んでくる人はいなかった。
「そういえば、あそこの公園で昔、遊んだよね」
ふと、よっちゃんが私に尋ねてきた。
一呼吸ほどの間があった。
「あれ? そうだっけ?」
「うん。確か……あれは、今から……12年くらい前だったかな……? 俺は昔ここに住 んでたんだ。覚えてない?」
「……全く……」
思い当たる節がない。私はこの町で生まれて……幼少期を――――――
急に頭にもやがかかって、うまく思い出せない。
「あの頃は……カナも……確か一緒だったよね?」
よっちゃんがカナをちらりと見たが、カナは何も言わなかった。
「あれは確か……夏休みの初めのほうだったかな? そのあと親の転勤でこの街を離れちゃったけど……今の二人の様子を見て安心したよ。ずっと仲良くやってたんだね」
そんなはずはなかった。初めて、カナと会ったのは高校生になってからのことだ。
「カナ!」
思はず、硬い声が出た。
カナは少し、うつむいて、唇をギュッと〆た。
「カナは……よっちゃんが、私とカナは子供のころ遊んでたって言ってたけど……カナ、 知ってたの?」
ゆっくりと観覧車は上へ、上へと上がってく。
「さくらに……嫌な思い出をさ……思い出させたくなかったから……」
カナはばつが悪そうに話す。。まだ、下を向いたままだ。
「あれは……始業式のときだっけ。私は、さくらと再会したつもりだった。でも、さくらは『初めまして!』って話しかけてきたんだ。再会のはずなのに。そのとき、さくらは私のことも、あの日のことも全て忘れてしまってるんだって、気づいたの。私のこと……私と遊んだ日々のことを忘れられてしまったのは、とても悲しかった。それでも、あんな記憶忘れてしまったほうがいい―――そう思ったんだ。そして、あの日のことは、絶対にさくらに言わないでおこうって……そう決めたんだ。……さくらがあの日のことを覚えてないってことは……たぶん、さくらがあの日のことを思い出したくないから……さくらが忘れたいと思っているから……思い出せないんだと思う」
カナは咳ばらいをして続けた。
「さくらは、あの時のことを知りたい?」
雑音が耳の中でこだまする。
私は何も答えられなかった。
§
カナはずっと私を見つめていた。
もう観覧車は下に向かっている。
数分経った。まだ、私の中で、答えは出ずにいた。そんなの急に言われたって、答えられるわけがない。でも、ここであいまいなことをカナに言ったら……もう二度とこの話は聞けない。そんな気がした。
唾を一つ飲みこんだ。
「カナ……」
のどがつっかえた。それでも、絞り出すしかない。
「私は……知りたい。」
束の間の静寂が流れた。カナは一瞬、目を丸くしていたが、すぐに緩んだ顔を繕った。
「なんで?」
怒ったような表情だった
まだ、私の中で、完全な答えは出ていない。理由を答えよなんて、難しいこと言われても困る。
改めて、カナの顔を見返すと、カナはじっと私を見つめていた。答えるしかないのか。
「まだ、うまく言えないけれど……やっと、気づけたって、言えばいいのかな。よっちゃんと昔の話をしているうちにはっきりと確信したことがあるの。私には忘れてしまった過去があるってこと。きっと、それは私にとって、消したい記憶なんだろうし、思い出したくもないことなんだと思う。でも、でもさ」
いつのまにか、息が荒くなっていた。
「やっぱ……嫌だよ。このまま、知らないままでいるなんて。私の知らない場所がそこにあって、私の知らない人がいて、そこに私の知らない思い出がそこにあって…………」
それ以上は言葉がでなかった。
カナが何か言いたげにしていたが、観覧車のアナウンスがそれを遮った。
気づけば、地表が近づいていた。
明るかった西日も、なりを潜めている。
§
観覧車を降りると、よっちゃんが、「レストランでも行こうか」といったので、私たちは茶笑男が紹介してくれたレストランへ向かうことにした。観覧車の中でちょっとした修羅場が展開されていたせいか、皆の会話も沈みがちだったが、そこは、俺の出番と言わんばかりの茶笑男が一生懸命、場を盛り上げようとしてくれていた。そのせいか、はたから見たら、仲の良い高校生グループに見えたと思う。カナに聞きたいことは山ほどあったけど、レストランに向かっている間、カナはずっと、口をつぐんだままだった。
赤信号になった。
「見えたよ、ほら」
茶笑男の指の先には、木とガラスが見事に融合したロッジのような建物があった。テーブルの上にはキャンドルが焚かれているようで、温かみのある淡い光が幻想的な雰囲気を醸し出している。。おとぎ話の建物みたいだ。
「きれい……」
思はず、早足になっていた。
「さくら!危ない!」
カナの尖った声が耳に飛び込んでくる。それと、ほぼ同時に、甲高い警告音が私を襲う。音源を探ると、トラックがあった。急いで、ブレーキを切っているようだが、もうどう考えても間に合わない。
その瞬間、何かに押され、私は押し出された――――
§
「カナ! カナ!」
後ろで、よっちゃんの叫び声が聞こえる。今、私は、白線の上にいる。つまりは――――カナが助けてくれたってこと……。
振り返ると、そこには、ぐったりと倒れているカナの姿があった。
「カナ!」
私を押し出して、助けてくれたのは間違いないようだった。足がありえない方向に曲がってるし、頬に青あざがあった。
「なんで……」
気づけば、涙が出ていた。カナの体にそっと手をやろうとするも、小刻みに震えて、思い通りに動かない。カナへの罪悪感が私を支配していた。
「さくら!」
ふっと、意識が戻る――――よっちゃんの声だった。私をじっと見ている。
「さくら、大丈夫? さっきからずっと、ぼーっとしてたけど」
真摯な眼差しだった。いつのまにか、救急車も到着している。茶笑男も警察に事情聴取されていた。それでも……カナの意識はまだ戻ってないようだった。
「うん……大丈夫」
我ながら、ぎこちない応答だったと思う。
「ほんとに?」
「う、うん……」
「どっからどう見ても、大丈夫じゃないって。ほら、ついてきな」
そういって、私の手を握った。
§
救急車に乗って、病院に着いたころには、もうすっかり日も暮れてしまっていて、西の空には三日月がほのかに輝いていた。病院内は、独特のにおいが漂う。それをかき分けながら進むと、カナの病室があった。
「カナ!」
病室のドアを開ける。中には、包帯に包まれたカナと、四十、五十代の男がいた。
「先生……カナは大丈夫なんですか?」
よっちゃんが尋ねる。
「……まあ、奇跡的に当たり所がよく、本来なら、即死するはずの事故でしたが、なんとか軽傷で済みました。ただ……本人の意識がまだ戻っていないのが、気がかりですね……」
確かに、カナの目はまだ空いていなかった。
「えっ……大丈夫なんですか?」
思はず、声が出た。
「……正直なところ……なんとも。この気絶が事故のせいなら、もう意識が戻ってきているはずなんです。脳波に全く異常はないですし……。」
「ほんとに……」
ふいに、ため息が出る。私のせいだ。私のせいでカナはこんなことに――――
急に、肩をたたかれた。よっちゃんだった。
「さくら、あまり、自分を責めるなよ」
「で、でも――――」
ふいに、目頭が熱くなる。
「これは、事故なんだ。さくらのせいじゃないよ」
急に溜まっていた感情が、漏れ出した。自分でも、止められない。
「ごめんね……カナ……」
私はめいっぱい泣いた。
§
「先生……カナの意識を取り戻す方法はないんですか?」
よっちゃんが尋ねる。
「……これは私の推測ですが……事故に遭遇したときに、何らかのショックを脳が受けてしまったんだと思います。昔、あった事故のことを思い出してしまったとか……」
医者はそう言って、私たちのほうに、視線を向けた。
私の記憶にあるのは、高校生のカナだけだ。高校生でカナは事故にあったことはない。もちろん、カナと関係のある事故の記憶もない。それ以外に、カナと関係のあるものなんて…………
あっ! キーホルダー!
咄嗟にポケットを探った。
あ、あった。
「あの……一つ、心辺りがあるんですけど……」
皆の視線が私に向けられる。
「これ……カナに一回見せたんです。そのとき、カナ、かなり動揺してたんです……。きっと、このキーホルダーに何か、秘密が……」
改めて、キーホルダーを見る。何度見ても、キーホルダーには、血がべったりとついていた。、
「……どうでしょうか。このキーホルダーが関係あるとしたら……それが、代田さんが目を覚まさない原因だとしたら……目覚めるかもしれません」
医者はキーホルダーを見ながら、そう言った。
「やってみれば?」
茶笑男が気軽に語り掛けてくれた。
よっちゃんも顔をほころばせている。
……やるか
§
ただ、疑問なことが一つある。
「先生……このキーホルダーを使うとしても、どうすればカナは目覚めますか?」
「……今、代田さん、視覚は塞がれてしまっています。唯一の方法は語り掛け続けるしかありません。しかし……それでも、目覚めるか、どうか……」
…………
そっと、カナの傍に近づく。
「カナ……私を助けてくれてありがとね。そういえば、この前、私、血の付いたキーホルダー見せたでしょ。このキーホルダーって、きっと、今日、カナが言ってた〈あの日〉に関係あるんでしょ。…………今日さ…カナ、私に本当のことを話してくれようとしたじゃん。あのとき……カナが私のことを思って、真実を隠しててくれたって知って……本当にうれしかった。私のこと、そんなに思ってくれてたんだって。自分が苦しくても、私に苦しい思いさせないようにしてくれたんだって。ねえ……カナ、まだ、私、あの時の質問の答え聞いてないよ……あの時……なにが起きたのか教えてくれるんだよね。だからさ、目覚めてよ! カナ……」
出し切ったと思った涙があふれてくる。
「さ……くら……」
ふと、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。わっと感情が沸き上がる。
「カナ!」
カナが……カナが……目覚めた!
§
次の日、カナの見舞いに行くと、ベッドの上から、窓の外を見ているカナが目に入った。弱風のせいか、白いカーテンも少しなびいている。
「もう、起き上がって大丈夫なの?」
「ん……まあ、もう大丈夫かな」
安心させてくれる笑顔だった。。
「昨日は……ほんとごめんね。私のせいで……こんな目にあわせちゃって」
「い、いや、ほら見ての通り、こんなに元気だし。気にしなくっていいって。それに、私を目覚めさせてくれたの、さくらなんでしょう? むしろ、こっちがありがとうって、言いたいくらいだよ」
カナは元気そうなポーズをとった。なんだかそれが変なポーズで、思はず、笑みがこぼれた。
心地よい沈黙が流れる。
カナはわざとらしく、咳払いして、言い放った。
「さくら!」
「はい!」
思はず、声を張り上げてしまった。それをみて、カナはいたずらな笑顔を見せる。
「これから……話すことは、さくらにとって……さくらの人生にとって、重要なことだから、よく聴いてね」
カナは一呼吸入れてから、話し始めた――――
§
さくらは、忘れてしまっているかもしれないけど……私たちは、家が近所だったこともあってか……昔からよく遊んでいたんだ。そういえば、よっちゃんもこの頃、いたかな。まあ、ほんと子供って無知だと思う。このころは、今じゃ考えられないような危険なところとかも、知らなかったから、面白そうだったから……とか、そんな理由で遊びに行ってたんだ。
忘れもしない……あれは、二〇〇四年八月二十三日。くらくらするような暑さだった。ちょうど、お昼を食べ終わって、私たちは河川敷の近くにある公園へ行ったんだ。
そして、川に入ったり、ブランコに乗ったりして遊んだ。よっちゃんが、引っ越した後だったから、なんだか物足りないね―――とか、そういう話をしていたのを今でもかすかに覚えてる。
その公園の交差点を挟んだところに駄菓子屋があったんだ。私たちは、毎回、そこらへんで遊んだあとは、駄菓子屋によるのが、習慣だった。
あの日も、日も傾き始めて、五時のチャイムも鳴って……私とさくらは、駄菓子屋によった。いつものように。
駄菓子屋に入ると、珍しく……さくらが「このキーホルダー、とってもかわいいから、お揃いで買おう!」って、私に提案してきて……。幸い、お金はあったし、私もかわいいと思ったから、それを……買ったんだ。
……それが、そのキーホルダーだよ。
あのときは、私が、先に会計をすまして、先に……交差点を渡ったんだ。さくらは、「待ってよ~」って言いながら、すぐに慌てて、追いかけてきた。それが、いけなかった。
そのとき、一台の黒い影が私たちを遮った。
一瞬、何が起きたのか全く理解できなかった。さっきまで、話してた、目を合わせていた、隣にいた…………さくらが急に消えた。今でも、思い出すと、体が震える。私は……私は、さくらが引かれて、宙へ飛ぶのを見た。
それより、先は記憶がはっきりしていない。気づいたら、救急車の中にいた。たぶん、駄菓子屋の店主が呼んでくれたんだと思う……。
そのあと、私は、怖くて、外に出れなくなった。……学校にも行けなくなった。だから、そのあと、さくらがどうなったのかは知らない。
そして、私は引っ越した。
――――偶然か、必然か、私は、学習院高校に受かった。また、この街に戻ってきた。さくらと同じ高校だと知ったときは……正直、驚いたけど。それでも、また、さくらと会えてうれしかった。こうやって、また話ができるのが今、とても幸せなんだ。
§
カナは口ごもることなく、ゆっくりと語った。
「どう? 驚いた?」
暖かい目だった。
「……とても。まさに、唖然って感じ」
「そうだよね……大丈夫?」。
「うん……なんだか、不思議な感じ。とても、自分のこととは思えないよ」
「そりゃそうだよね」
少しの間があった。
「私さ、今回、さくらを助けて……なんか罪を償ったような気持ちになってるんだよね。なっちゃいけないんだけどさ。なんか……少しすがすがしい気分」
「いや……ほんとごめんね。よく聴いたら、過去も今回も全部、私がいけないじゃん。私のせいで、カナに負担かけちゃってさ……」
「いいの。いいの。さくらが落ち込んでると、私まで、暗くなちゃう。さくらが元気なのが、私の幸せなんだからさ」
そういって、冗談っぽく、微笑む
「ありがとうね、カナ」
「……なに言ってんのさ。これからもよろしくね」
もうすぐ夏休みが終わる。
闇04 岩咲 叶詩 @Iwasaki-Kanata
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