力学 その3

【目に見えないほどの超加速】

立ち止まった状態から一瞬で加速し、相手の懐や背後に回り込んで「残像だ」っていう展開よくありますよね。

この現象はなんとこのエッセイでは珍しく、ありえなくはないのです。

 驚愕です。むしろこの項がありえないのではないでしょうか。ちょっと検証してみましょう。


条件を示します。

戦闘している両人は5メートル離れています。

足場はコンクリートや砂場など、べたつかないところ。

この二つです。


人間が走るときに利用している物理現象は、基本的に摩擦です。

では摩擦とはどんな現象か?

ミクロの話になるとむつかしいので高校物理学レベルの話で説明しましょう。ミクロの話を知りたい方は最先端研究して、どうぞ。


物と物が接触しているとき、その表面間には摩擦が生じます。その大きさは

(摩擦の大きさ)=(垂直に押し付ける力)×(摩擦係数)

という掛け算で表される訳ですが、ここで「地面に立っている人」を考えると

(摩擦の大きさ)=(重力)×(摩擦係数)

で与えられます。


ちなみにこんなむつかしい数式など必要なく、ただ地面に立っているだけなら、

『重力加速度に摩擦係数をかけた分の加速度で動ける』

と思ってもらって大丈夫です。

加速度の説明は三段落後で。


例えば摩擦係数が0.5だとすると、地面に立っている人は重力加速度の0.5倍までの加速度でしか運動できない訳です。

摩擦係数が移動スピードに直結する大事な数値だと分かったところで、摩擦係数は、どれくらいの値を取るのでしょうか?


一般に摩擦係数は1を超えないとされています。普通車のタイヤとアスファルトの間で〜0.8程度、では靴では――もっと低いでしょう。ソースはありませんが恐らく〜0.6程度ではないでしょうか。砂場だとさらに低く、〜0.3程度でしょう。


さて、人が自由落下をするとき、加速度は9.8m/s^2(メートル毎秒毎秒)です。加速度とは一秒間に物体の速度がどれだけ増加するかを表す値で、この場合1秒間に速度が9.8m/s増加します。2秒加速すれば倍の19.6m/sまで加速できます。



ではその加速度で移動したとして、反射できないほど早く動くには人間の反射神経の限界より早く動かなければなりません。

その限界は某大爆笑腹筋トレーニング格闘漫画(個人的には格好いいと思った)では0.1秒と言われていたような気がするので、その間に加速できるのは0.98m/s。

神経の物理的性質に基づいた理論では0.2秒くらいとも言われている気がしますが、ここは短い方で行きます。

加速時間は0.1秒です。

時速に直すと3.528km/h。

さらに摩擦係数を掛けると、0.1秒で加速できる速度は、2.117km/h。

さて、2.117km/hで動くものは、見えない事があるでしょうか?

この速さはどれくらいの速さでしょうか?


答えは「小学生が歩く速さ」です。

見えますよね。ですが本当は小学生の歩行速度よりもちょっと遅いと思います。

目の前で小学生が急に歩き始めても視界から消えたりしませんものね。


さて、ここまでは悪例です。

見えなくなるほど速く動くのは無理そうに見えますが、僕はさっき無理ではないと言いました。

ではどのような条件なら可能か?

ここまでの議論なら摩擦係数を上げればいいという話を思いつきますが、摩擦係数は相性なのでどうやっても上げることはできません。もし上げることが出来ても、1はなかなか超えないので非現実的です。


つまり、地面との摩擦だけでは高速移動は厳しい。ではどうしましょうか。


答えの鍵は航空機用のエンジンにあります。ロケットエンジンも同様の原理で加速しています。

そう、「作用反作用の法則」です。

この法則は、「ものを押せば押し返される、引っ張れば引っ張り返される」ことを示しています。

つまり航空機用のエンジンは、圧縮した空気を機体後方に向けて「押す」ことで、機体は空気から「押される」ことを利用して前に進んでいます。


ダッシュしたい方向とは反対側に物を押せばいいわけですね。

摩擦ではなく物を投げたり蹴ったりみたいなものですから、この場合摩擦力による制限は受けません。


さて、どんなにステータスを強化した人間でも摩擦力には限界がありますが、物を押せる(=蹴りだせる)量に限界はあるでしょうか。

答えはお分かりだと思いますが、ないです。

力にさえ余裕があれば、それこそトラックを投げてニートにぶつけて異世界転生させることも容易いでしょう。



押した分だけ押されるのだから、出来るだけ重いものを出来るだけ速く押せば、「目に見えない超加速」というものも実現できるのではないでしょうか。


さてだからと言って何を押せばいいか分からないという人もいると思います。なので具体例を挙げましょう。

「砂、もしくは地面の一部」

ダッシュするときに地面を一部砕いて、それを後ろに高速で蹴りだせば、作用反作用の法則で超加速することができるでしょう。


ここで、「運動量保存の法則」というものが重要となってきます。

ある二つの物体が互いに力を及ぼしあうとき、それを外から見た時の運動量は変化しない・・・という分かりにくそうなものですが、具体例で。


賢治君と春樹君の二人がいます。それをあなたは少し離れてカップリングだ云々と見ているわけですが、彼らが台車に乗り込みました。

そして向かい合って互いを押すわけです。

彼らは偶然にも体重が同じで、台車も同じ重さです。

するとあら不思議、二人はどちらも同じ速さで遠ざかっていくではありませんか。

と、これが具体例でした。

解説すると、あなたから見て右向きに進む方向をプラスの速度(速度には向きがあります)とすると、賢治君が右向きで速度Vで動けば春樹君は左向きに速度Vで動くというだけの話です。


(運動量)=(質量)×(速度)

で与えられるので、

近くで眺めている貴方視点から見れば、

互いに押し合う前は、どちらも静止しているので運動量0

押し合った後は、質量が同じで速度がなのでプラスマイナスで打ち消しあって運動量0


つまり運動量が保存されている(変化していない)

というものが運動量保存の法則です。

ここで賢治君の体重が春樹君の2倍だったら賢治君は春樹君の半分の速度で動くことはここまでお読みいただいた聡明な読者のみなさんには容易く分かっていただけるでしょう。


さてこの感じで一丁kskしてもらいましょうか。


体重50kgのキャラクターが音速(時速340km/h)まで一瞬で加速するという設定の時、後ろに蹴りだされる砂もしくはレンガやブロック、土の総量を1kgとすると、その速さは

「約8600km/h」

時速八千六百キロ程度です。

エネルギー的にはTNT700g程度。プレハブ小屋は恐らく吹き飛ぶでしょう。家も怪しいです。


さて、見えない超加速の話に戻ると、結論として

「ダッシュした瞬間に後ろに砂が吹っ飛ぶ」や「アスファルトが割れて後ろに吹っ飛ぶ」などは正しい物理現象です。

逆に「地面に傷一つつけることなく一瞬で超加速する」はおかしいですね。

僕ソニックファンなんですけど物理学的にあってないのちょっと悲しいです。まあそれ以外の自由落下とかの挙動ではすごい物理学エンジン搭載してるらしいですよあれ。


そんなこんなで危ないので優しいあなたが目に見えない超加速をするときは後方確認してから行いましょう。家が壊れます。



力学編、終わり!

次は熱力学ですかね!

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