第11話 いつもの楽器店・二
インノツェンツァが物騒な目的の達成をもくろんでいると、からん、とベルが鳴った。我に返ったインノツェンツァが振り返ると、見慣れた顔の青年が入ってきている。無駄に顔が良い幼馴染み、マリオだ。
マリオはインノツェンツァを見るなり、眉をひそめた。
「……お前、怒っているのか?」
「ああー、ちょっとろくでなしに絡まれた挙句、ろくでもないもの送りつけられたものだから、つい」
「意味がわからない。ともかく、ルイージさんと楽器に当たるのはやめろ」
呆れた顔でマリオは言う。怒っていても一応思考はまともなインノツェンツァは、わかってる、とそっぽを向いた。無関係なルイージや人生の友である楽器に当たるほど、馬鹿ではない。
それより、とインノツェンツァは話題を変えたのとほとんど同時に、新たに客も入ってきた。ルイージはぱっと立ち上がると、インノツェンツァがそちらへ向かう前に客の応対をする。怒りの名残をまき散らすインノツェンツァから逃げたかったのだろう。
ルイージが客の応対をしているのをちらりと見やり、インノツェンツァはマリオとの対話に意識を戻した。声量はもちろん落とし、楽器を購入したいという客の邪魔にならないよう窓辺のソファに寄る。
「で、マリオ。こんな時期にわざわざどうしたの?」
「こんな時期だからこそだ。妹がお前のことを気にしていたから、様子を見に来た。お前は犯人に狙われやすい特徴をしていないから襲われたりしないと言ったのだが、心配らしい」
「悪かったわねふつーの顔で。私はこのとおり、傷一つないよ。母も無事。イザベラ様には、心配してくれてありがとうございますって伝えてよ」
まず一言は人を貶さずにはいられないマリオにいらっとしつつ、インノツェンツァは伝言を頼む。マリオだけでなく、彼のすぐ下の妹ともインノツェンツァは仲良くしていたのだ。上流階級の生まれ育ちに相応しいしとやかさよりも子供の元気と素直が勝る子で、身分を気にせず慕ってくれる彼女がインノツェンツァは好きだった。
マリオは腕を組み、ため息をつく。
「妹がお前に会いたがっていてな。思い留まらせようと、侍女たちが必死になっていた」
「あはは、まあ今はちょっと町に出せないよね。いくらお付きの人がいるとしても」
「ああ。だから私がお前の様子を見てくるはめになった」
あれの我が儘はどうにかならないものか、とマリオはうんざりといったふうに言う。だが緩んだ空気と口元は、愛らしい妹への愛情に満ちている。口うるさく言ってもこういうときは‘お兄ちゃん’だよね、とにやにやしたくなるのを、インノツェンツァはこらえなければならなかった。
「それで、用は私の様子を見に来ただけ? なんか最近、王城は一部で忙しくなってるらしいのに、マリオは暇人なんだね。それともさぼったの?」
「暇じゃない。仕事の合間を縫って来ているんだ。何故お前は私を怠け者扱いにするんだ」
「だって王城からこの店まで、そこそこ距離あるじゃん。暇じゃなきゃ無理でしょ。それよりマリオ、もし赤竜騎士団の偉い人――特に団長さんに会うことがあったら、さっさと通り魔捕まえてって言っといてよ。下町で二人通り魔に殺されてから結構経つのに、まだ捕まってないし。被害者が庶民だからって手抜き捜査してるんじゃないかって言う人もいるくらいなんだから」
マリオの抗議を聞き流し、インノツェンツァは伝言を頼んだ。
マリオは口を開きかけたが、騎士団が被害の拡大を許し続けていることは事実だからか、結局このことについては何も言わなかった。
「…………会えたら言っておく。あの人が心を入れ替えるとは思えないがな」
「それは期待してない。文句言わずにいられなかっただけだし」
あの男が今までの所業や自分の傲慢を振り返って改心するなんて、天地がひっくり返ってもありえない。そんなことができるならとうの昔に悔い改め、真っ当な第二王子として聡明な異母兄や父王を支えているだろう。
当人の性質を無視した地位を拝命しているのも、どうにか矯正させようという国王の親心ゆえに違いない。そう確信しているインノツェンツァは、あまりに報われていない親心が哀れでならなかった。
本当に用はインノツェンツァの無事の確認だけだったようで、マリオは帰ろうとした。が、そこに、客の応対がひとまず済んだらしいルイージが声をかけてくる。
「そうだマリオ君。今、クレアーレ神殿はどうなっているか、知らないかい? 僕はこのところあちらへ行っていないから、どうなっているか知らないんだ」
問われ、ルイージを見たマリオは怪訝そうに眉を寄せるものの、すぐ答えた。
「現在は参道の通行を禁止し、神殿の神官たちが参道全域の清めを行っているところです。終われば封鎖は解かれるようですが、神殿側は私兵による参道や頂上の見回りを強化したと聞きました。他には特に聞いていません。おそらく、詰所の兵士たちは神経質になっているでしょうから、あちらには近づかないようにしたほうが賢明です」
「そうだね。ありがとうマリオ君」
と、笑顔でルイージは感謝する。対するマリオは何故か不可解そうな表情をすると、インノツェンツァが目を丸くしている間に今度こそさっさと店を出てしまった。
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