第19話 少年の願い・二
まあ、とノームの少年は両腕を組んでまた偉そうに言う。
「僕のこと頭がおかしい子供だって言ってた奴らと比べたら、おねえさんはまだましだけど。あいつら、皆を返してって言っても返してくれなかったし」
「それって、君が精霊の器をとった人たちのこと?」
ようやく、聞きたかったことに話が回ってきた。インノツェンツァは
「私、そのことも君も聞きたかったんだよ。ねえ、どうして殺したりしたの? 精霊の器が欲しいなら、奪うだけにすればよかったじゃん」
「僕だって、むやみに殺すのは好きじゃないし、ちょっと力で脅したり奪い取るだけで済むならそうしてたんだよ。でも、中には脅しても奪おうとしても駄目な人がいて、腹が立って力を使ったら死んじゃったんだ。それだけだよ」
「それだけって…………そんな、それが、彼らが殺される理由なんて…………」
苛立ちから人を殺めたのだという不条理な理由に、インノツェンツァは思わず非難の声を上げる。言わずにいられなかった。
すると少年はどうして、と不満そうに返してきた。
「人間だってそうじゃないか。欲しいって言っても貰えないから、最後は力ずくで奪ってる。ドライアドのことなんか無視して木を伐ってる。そうやって僕たち精霊を傷つけて…………なんで君たちはよくて、僕はやっちゃ駄目なんだよ」
「それ……は…………」
「これを見て」
思いがけない切り返しに詰まるインノツェンツァに、命じる口調で視線を机へ向けさせると、少年は腕をふるった。すると、フライパンや指輪、首飾り、耳飾り、杖といった品々がどさどさと机の上に現れる。
鉱物や金属を素材としたそれらの品々は、その多くがどこかしら傷を持っていた。フライパンは言うに及ばず、中には手入れが悪かったのか、宝石がひび割れた装身具もある。各々が放つ、明滅する光が淡いのを通り越して今にも消えそうなのは、そのせいだろうか。
「皆、人間に器を傷つけられて、無理やり人間の世界へ連れて来られたんだ。元の器から無理やり移されたのもいる。そしてさらに傷ついた。この国は精霊を祀る国みたいだけど、現実はどう? 精霊を傷つけてるのに、気づきもしないじゃないか」
「……!」
「あの神殿がある丘だって、元々はノームの棲みかで精霊のたまり場だったのに、人間が奪ったんだ。精霊の器をそこらの道具か何かと同じだって勘違いしてる奴もいる。そんな奴らのところに仲間をいさせたくない、力ずくでも連れて帰ろうって思うのが、なんで悪いことなんだよ」
「で、でも…………だからって……」
逆に問い返してきた少年は、インノツェンツァを睨みつける。インノツェンツァはなんとか紡ごうとして、けれど結局は口をぱくぱくさせるだけで黙ってしまった。
違う、と言いたかった。そういう問題ではないのだと。死んだ人たちには家族や友達や恋人、仲間がいて、彼らと過ごす未来があった。生きていたなら、今も誰かとの未来を思い描きながら眠っていられた。――――その幸せを奪っておきながら、仕方ないじゃないかと言わないでと。インノツェンツァは言いたかった。
だがそれは、精霊も同様なのだ。
人間は精霊たちを元の居場所から引き離し、傷つけ、消滅の危機に追いやっている。祠を築き祀っていながら、殺しているのだ。この、精霊を愛すると他国に名高いガレルーチェでさえ、そんな話は時折聞かれる。これほど矛盾した、残酷な行いがあるだろうか。
喉まで出かかった言葉が滞留し、ぐるぐると回って消えていく。頭に血が上ったまま指先まで熱く、握りしめる手が震える。怒りと恐怖が混在して頭の中がぐちゃぐちゃで、不快だ。
「………………でも、やっぱり人を殺すのは駄目だよ」
震える唇を開き、インノツェンツァは言葉を繰った。
「君の言うとおり、君がやっていることと人間がやっていることは、同じなのかもしれない。私が我が儘なんだと思う。でも私は、人を殺してほしくない。優しい人が悲しんでるのを見たくないし、知ってる人が君に殺された話も聞きたくないよ」
本当に言いたいことの何分の一にもならないと思いながら、インノツェンツァは必死に言葉を探す。どんなに不格好でも言葉を繋がなければ、思いを伝えられないのだ。怒りよりも、伝えなければ何もわかってもらえないという意地とも使命感ともつかない気持ちが、インノツェンツァの胸中を占めていた。
「君だって、本当は殺すつもりはなかったんでしょう? だったら、精霊の器を持ってる人を眠らせるとか、そういうことすれば……」
「そんなこと、僕にできるわけないだろ。僕はノームなんだから。だから、そこのドライアドに頼んで、人間を眠らせようと思ったんだ。取り返した器に宿ってたノームから、緑の目をした女の子が持ってるヴァイオリンに宿るドライアドなら、そういう力を持ってるかもしれないって聞いたから」
「えっそうだったのっ?」
楽弓のみならず‘アマデウス’までもを彼が求めた理由が判明し、インノツェンツァは思わず驚きの声を上げた。
確かに、弦楽器の製作に最も相応しいとされる種類の木は煎じれば眠気を誘う効能があり、‘アマデウス’もこの木で作られているのだと聞いている。そんな木に宿るドライアドが眠りの力を持っていても、不思議ではない。
理由を知り、インノツェンツァはほんの少しだけ罪悪感が湧いた。‘アマデウス’を渡したくないし彼のやり方には反感が強いが、そういう事情なら話は違ってくる。
「えと、じゃあこの先仲間を集める予定は……」
「精霊の器を集めるのはもう終わったよ。あとは、あの岩山の神殿へ行くだけ」
と、ノームの少年は窓の外の影を指差す。彼の最後の狙いを理解したインノツェンツァは、頓狂な声を上げた。
「岩山の上って……クレアーレ神殿っ? 無理だよ! あそこは衛兵も魔法使いもいるんだよ? しかもあそこの魔法使い、かなり強いって言うし。とびきり強い女護衛隊長さんもいるし。忍び込めたとしても、捕まっちゃうよ」
「だから、そのドライアドの力を借りたかったんだよ。おねえさんにべた惚れだったから諦めたけどさ」
そう、ノームの少年はちらりとドライアドを見ると、インノツェンツァにもう一度顔を向けた。
「人間に頼みごとなんて、ものすごーく業腹なんだけどね。でも仕方ない。調べてみたけど、ドライアドの眠りの力を借りないとあの神殿に入るのは無理っぽいし、おねえさんは話を聞いてくれるし」
彼は、とても複雑そうな表情だった。困惑しているようでも拗ねているようでも、意地を張っているようでもあった。そう、大きな失敗をやらかして母親に見つかって、事情を説明すればいいのに説明も謝ることもできず、そっぽを向いている子供のような。
どう言おうかと目をさまよわせていた少年は、腹をくくったのか、やがて瞳をインノツェンツァに定めた。
「おねえさん。そこにいるドライアドを、ヴァイオリンごと僕に貸してほしい」
「……それは、人間を殺さないため?」
背筋を正してまっすぐに彼を見つめ、インノツェンツァが静かに問うと、別に、とノームの少年は顔をそむけた。
「神殿の奥へ行くまで人間の相手をするのが面倒だから、皆眠らせようと思っただけだよ。僕は石や岩を生み出したり操ることができるけど、それ以外は何もできないから」
「…………このヴァイオリンを、絶対に壊さない?」
「壊すつもりはないよ。これ以上傷つけたら、きっとそのドライアドは存在できなくなる。精霊同士だし、力を借りられるなら、守るよ」
インノツェンツァをまっすぐ見つめる少年の表情は、真剣だった。初めて見る表情と、気づけばいつの間にか張りつめていた空気に、インノツェンツァはごくりと息を飲む。
「……って言ってるけど、貴女はどうする?」
と、インノツェンツァはドライアドに問いかける。何よりもまず、宿るドライアド自身の意思を重んじるべきだと思ったのだ。
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