第33話 アメンボ
なんだか、失敗談や飼育に関係ないエピソードだらけになりつつあるので、たまには看板どおり、生き物の飼育法についても書こう……と思うと、前項のゲジのように嫌われ者に肩入れする内容となる。
これではいかん。
そこで今回はアメンボの飼育法でいこうと思う。身近で大して嫌われてもいないが、それほど好かれてもいないから、まあこの作品のテーマには沿っているのではないだろうか。
飼って楽しもうなんて人は世の中にそうはいないであろうこの虫。そもそもこんなモノ飼えるのか? と、思う人も多いはずだ。
実際、アメンボはかなり脆い生き物で、普通に水面にいるヤツをバッサリと網で採集し、水を入れたバケツで持ち帰ると、自宅に着いた頃にはほとんど溺れ死んでいたりする。
あのか細い脚をじっくり見たことがおありだろうか? 髪の毛よりも細いあの脚で、そこに生えた細かい毛で水を弾き表面張力を利用して水面に浮いているだけだから、極めて弱く脆いのだ。
捕獲時に濡れてしまったり、足先が汚れたり、輸送時に何度も水を被ったりするだけですぐに浮けなくなってしまう。
バケツで運ぶと、中で揉まれた挙げ句よく壁面に張り付いて死んでいる。やったことのある方は経験しているかも知れない。
そもそも彼等が採集のショックでずぶ濡れになっている状態は、異常事態だ。それを水に泳がせたままでは、立ち直らないでそのまま死ぬ。
しかしそれでは、というので水を入れずに輸送したりすると、今度は乾いてしまってまたまた壁や床に張り付いてやはり死ぬ。べつにエラ呼吸でもないはずなのだが、小さくて乾きやすいので水分がないとあっさり死ぬのだ。
これは他の水生昆虫、マツモムシやタイコウチ、ミズカマキリにも言える。
どれも半日も水の外に置けば死ぬ可能性が高い。こいつら空を飛ぶクセに、乾燥にも弱いのである。
だから、捕獲&輸送はきわめて慎重に行わなくてはならない。
流れの緩い川や池などでも見かけるが、確実に捕獲するならば、まだイネが育ちきっていない春から初夏にかけての水田がいい。
しかし、農地は私有地だ。子供向けの自然観察本ではよく、様々な生物の説明に「水田でよく見られ」なんて気楽に書いているが、見られるからといって無断で私有地に踏み込んで良いというわけではない。
無論、通路に立ってのぞきこむくらいで怒るような、心の狭い農家の方はいらっしゃらないと思うが、土を盛って作った畦を踏み壊したり、タモ網で苗を倒したりすれば普通は怒る。
だから使用する道具は水槽内で使う、小さくて四角い網だ。青や黒でビニールコーティングした針金を曲げて作られたアレである。とはいえ、最小クラスのヤツだと小さすぎて素早いアメンボは捕獲できない。よって中くらいのヤツ……イネとイネとの間のスペースくらいのサイズの網を使用するとよい。
これを水面にかぶせるようにしてアメンボを採る。
意外に逃げ足が速いから、網には1mくらいの柄を縛り付けて長くしてやるとより使いやすい。
採ったら持っていったプラケに入れるのだが、これにはあらかじめ濡らしたティッシュを敷いておくといい。
何枚か重ねて底にぴったりと張っておけば、多少揺れても動かないし、水と違って溺れたりこぼれたりしない。一度はずぶ濡れになったアメンボも、自分で体をスリスリして復活するし、床は湿っているので乾いて死ぬこともないわけだ。
マツモムシやコミズムシなんかの小型の水生昆虫も同じ方法でいける。だが、ミズカマキリやタイコウチ級の大きさなら、足場を兼ねて草を濡らして入れておくのもいい。コイツらは水に入れて移動させても溺れたりはしないが、水抜きだと軽くていいのだ。だが、濡れ草はアメンボでは使わない方がいい。彼等は小さく、草に紛れてどこに行ったか分からなくなるからである。
要は乾燥しない状態で足場があればいいわけで、同様の技は他の空気呼吸できる水生生物……つまりカニやカエル、イモリなどでも使えるのでお試しあれ。
余談だが、入れ物がないからといって素手で持ち歩くのはお互いにとって不幸である。
もちろんアメンボのダメージもでかいが、肉食のカメムシの仲間はその尖った口で刺すことがあるのだ。つまり人間の方も痛い目に合う可能性がある。
水生のカメムシ連中はほとんどが肉食性なので、タガメはもちろんタイコウチ、ミズカマキリ、マツモムシなども同様に素手で持ち歩かない方が無難である。
彼等はみな消化液を獲物に注入して肉を溶かして吸う。だから、ちょっと刺されただけでもその消化液が入るらしくかなり痛いものだ。ヘタをすると跡が残る。
…………経験者として忠告しておく。
さて。捕まえたら速やかに帰る。
これはどんな生物にも言えることだが、捕まえてだらだら持ち歩くのが一番いけない。
死なないまでも、劣悪な輸送環境でトコトン弱ってしまうと飼育開始から大きなリスクを背負ってしまうことになる。
しかもアメンボは小さくて脆い生き物だ。温度変化にも弱いから、プラケのまま持ち歩いたり、車内に放置したりすれば、あっという間に死ぬ。だから、寄り道などしてはいけない。遙々と田園地帯まで車を飛ばし、あるいは電車を乗り継いでたどり着いたとしても、アメンボの為なら、即帰宅すべきである。
まあ、俺の場合は周り中が水田のど田舎住まいなので、徒歩で行って帰ってこれるわけだが。
アメンボは縄張りを作る。
よって中プラケでも数匹飼いが限度。つまり、小さなアメンボを数匹捕まえたら即帰宅だ。つまらないことこの上ないが、そうしないとアメンボを元気な状態で飼うのは難しいのである。
もちろん、そこそこ広い容器ならもっと飼えるし、いくつもの容器に分けて飼う場合にも話が別でもう少し多めに捕獲して帰ってもいいが、場所はとるし、そこまでしてたくさん飼うほどの虫とも思えない。アメンボの餌は生きた生物だし、結構世話は大変なので、そのへんは理解した上で捕まえていただきたい。
容器には半分くらい水を入れ、休憩場所として石を水面上に出しておいたり、木ぎれやホテイアオイなどを浮かべておくと良い。
あと、重要なのはフタだ。まさかご存じない人はいないと思うが、アメンボは飛ぶ。
だから、彼等が抜けられない程度の網目のあるフタがベスト。しかし、ガラス蓋などでは中が蒸れて水滴だらけになるのでまずい。ああいう生活……つまり水を弾く体で水面で生活しているわけだから、常時湿度が高くて蒸れてしまうと溺れてしまう危険があるのだ。
餌は水面に落下した昆虫など。
それに群がって尖った口先で消化液を注入して溶けた液を吸うから、意外に大きな獲物でも大丈夫なのだが、口が細いから堅い生き物はダメだ。また沈んだ餌は食べないから、すぐに沈んでしまうような虫もダメということだ。
やってみれば分かるが、ダンゴムシやワラジムシ、コガネムシの成虫などは表面張力が弱く、沈んでしまうことが多い上に体が堅いので食べにくい。
イモムシ系の幼虫もすぐ沈む場合が多いし、毛虫系の幼虫も毛が邪魔になるのかあまり食べない。アリやバッタ、コオロギなども割とすぐ沈んでしまう。
やはりハエやハチ、カの仲間、ヨコバイ、小型の蛾などの羽根付きの昆虫の方がよく食べるし沈みにくいのでオススメだ。
クモでもいいが、クモは種類によっては水面を自由に走ってアメンボを逆に補食する場合があるので気をつけられたい。水辺や草むらで走り回っている、巣を作らないタイプのクモにはそういう連中がいる。
アメンボの飼育の醍醐味はやはり餌やり。
水面に落としたハエやカに、数匹が群がって吸い付く様はなかなか面白い。これを面白いと見るか不気味ととらえるかはその人次第だが。
吸いカスは取り除くようにする。こういうモノが腐って水面に油膜が張ると、表面張力を失ってアメンボは溺れてしまうからだ。だから、水中にいない虫なのに水質を気にしなくてはならないわけだ。
飼育は、もっと格好良くすることもできる。
プラケではなく水槽を用意し、木ぎれや石だけでなく水上まで出るような水草を植えて休憩場所としてやるのだ。水中にメダカなどを泳がせると風情もあるし、メダカは水面のアメンボまでは攻撃しないから問題も起きにくい。アメンボの餌を横取りすることはあるが。
そうやって、美しくレイアウトされた水槽をいわゆるアクアテラリウムとして飾るのも、なかなか楽しいと思うのだがどうだろうか。
テーマは春の水田。あくまでメインがアメンボというのが、ひねくれていて良い。
さてアメンボは水面ギリギリの水中に卵を産むから、プラケの壁面や休憩場所に卵を産むことになる。だから、うかつに休憩場所を交換してはいけないし、すぐ沈んでしまうようなものではまずい。水位をうかつに変えると石に産み付けた卵が水上に出て乾燥してしまったりするのでこれもまずい。
その点、水面に浮かぶ休憩場所なら、水位に合わせて上下するので問題が少なくオススメだ。俺は直径一センチ程度の木の枝を浮かべておいてそこに産卵させた。
捕獲した中に交尾済みのメスがいれば、産卵自体は難しくないのだ。だが、問題は生まれたばかりの幼虫の餌である。
ゴマ粒よりもなお小さいようなアメンボの幼虫は、羽こそ無いが、それでもいっちょまえにアメンボの形をしていて水面で生活する。
体液を吸うから餌の大きさはあまりこだわらなくて良いとは言ったが、小さなアメンボはストロー状の口吻も弱いから、それこそ甲虫や大型の虫は表面が堅くて体液を吸えない。
ショウジョウバエやカなどがちょうど良い餌となるが、そんなものちまちま捕まえるのは大変だ。楽なのは、アブラムシのたかっている植物を見つけておいて、毎日少しずつ水面にパラパラと落としてやることである。彼等は水面に浮かびやすい上に柔らかく、アメンボ幼虫の餌としてはベストだと思う。
たぶん、野生状態でも風で吹き落ちてきたアブラムシをよく食べているのではないだろうか。
そうやって飼育していくと、一ヶ月も経たないで順次脱皮して成虫になっていく。
寿命は三ヶ月程度が普通というから、こうやって世代交代させていかないと、すぐに死んでしまって手詰まりとなるのだ。
しかし、数も問題。順調にいけば一度に数十匹から百匹ものアメンボが出来てしまうから、いらない個体はフタを開けて飛んでいってもらうのが良いと思う。
採集地と違う場所で放すのは、彼等にとっても自然界にとっても良いことではないが、まあ、アメンボ採集のためにそこまで遠出する人も少ないだろうから、ほぼ同じ地域の採集個体であれば許される範囲ではないだろうか。
まあ、こうまで詳しく紹介しても、実際にアメンボを飼ってやろうかって人はなかなかいないかも知れない。小さな餌昆虫を探すのも想像以上に手間だ。
見栄えもしないし芸も少ないから、あまり人に自慢も出来ない。
だが、飼育コストはほとんど掛からないし、見慣れてくると可愛さも出る。丁寧に飼育して産卵させ、ある日小さな幼虫が水面に現れた時には、かなり感動することは請け合いだ。
採集の大変さに比べて、ケースに収容してしまえば飼育は容易な部類に入ると思うので、身近な生き物飼育のワンステップとしては、ぜひチャレンジしてみていただきたい生き物の一つである。
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