第23話 生ゴミ処理機

 「生き物ちゃうやないかい!!」という突っ込みが入りそうだが、生ゴミ処理機は、生き物なのだ。いや、そう考えなくてはうまく使いこなせない。

そういう話をしたいのである。

 事実俺は、そうやってここ十年、ヤツを飼い続けてきたのだ。

 むろん、現在主流となってしまった「乾燥型」の製品は別。あれはまあ、普通に機械だ。

 だが、十数年前からしばらくの間、様々なメーカーが発売し、脚光を浴びた「微生物分解型」の生ゴミ処理機というヤツは、これは生き物なのである。

 何故なら、生ゴミ処理機の微生物も生物である以上、調子が悪くもなるし、病気にもなるし、死ぬ。季節による気温、湿度の変化、入れる生ゴミの質や量、フタを開ける回数、付属換気扇の調子、回転翼の摩耗具合、などによって、分解能力も変われば、処理物の様子も変わる。

 機嫌良く黙々と処理し続けてくれるかと思えば、場合によっては、周囲百m四方に渡るほどの悪臭を発するようにもなる。

 最悪なのは、中がべちょべちょのぐちゃぐちゃになり、凄まじい悪臭を発するようになった場合。

 撹拌羽根で、粘土のようにねっちょりとこねくり回された生ゴミは、臭いの質こそ微妙に違うが、要するに『便』のような状態であり、長く臭いを嗅ぎ続けていると、吐き気と頭痛を誘発するのだ。

 こうなるのには、当然いくつか原因がある。

 まず、投入物の量。

 妻が、実家から貰った野菜を、冷蔵庫に入れ忘れてごっそりと腐らせたことがあった。

 ナス、ジャガイモ、ピーマンなど……もったいない話だが、ウチの妻は農家の出のせいか、野菜は無料(タダ)もしくは安価と考えている節があって、食えそうな部分も平気で捨ててしまう傾向が強い。

 この時以外にも、キャベツ丸ごととかサトイモたくさんとか、そういう無茶なモノを投入するのは、決まって妻だ。

 生ゴミ処理機には、いうまでもなく一日の処理能力ってヤツが決まっている。

 機械の能力、というよりは、中に住み着いている微生物たちの能力によるわけで、湿度や気温など環境状態によってもその能力は上下するのはそのせいだ。

 たとえベストコンディションの微生物たちであっても、数キロに及ぶ腐った野菜が処理し切れようはずもないことはいうまでもない。

 野菜から浸み出した水分で、すぐに処理機内は『便』と化す。

 厄介なのはまるごと放り込まれた野菜で、生きている部分は腐らないから、「便」状の処理物の中から、ツヤツヤしたナスやジャガイモそのままが顔を出していたりするとさすがの俺もゾッとする。

 恐怖の瞬間だ。


 もう一つの原因は生ゴミの質だ。

 量の失敗は、妻がやらかすことが多いが、こっちは俺がやらかすことが多い。

 これ、処理できるかな……ってんで放り込んでみて、やっぱダメだった、って時にそうなる。

 これまでに一番ヤバかったのが、梅酒のウメだ。

 むろん、少しは食べているのだが、形の悪いものや固いものは生ゴミ処理機行きとなる。

 だが、普通に三角コーナー一杯分程度でも、翌日には生ゴミ処理機は異臭を放ち始める。

 まあ、水分が多すぎるわけではないから、中はべちょべちょではなく、量をオーバーした時ほど重症ではないものの、中学生男子の靴下にも似たツンと鼻をつく異臭は、頭痛を誘発するには充分だ。

 ウメだけでなく、果実酒を造ったあとの果実は、どれも決まって処理しきれない。糖分とアルコールに問題があるのかも知れないと思う。よく物の本では、そうした果実酒の残りはジャムにすると美味しい、と書いているが、俺はコレを使ったジャムはどうも苦手だ。

 独特の臭いがして、フレッシュさが無いからだ。

 ウメ果実だけはたまに煮て、チャツネもどきとして料理に使うが、一度造ると二年ほどは保つから、そんなに量はいらないのである。

 投入物としては、米ぬかもヤバイ。

 米ぬかなんて、粉状だしいくらでも処理できそうに思えるかも知れないが、アレはかなり油を含んでいて、水をあまり吸わない。それなのに、微生物が食い始めると一気に発酵……いや腐敗が進むらしく、乾燥状態であるにもかかわらず、独特の異臭を放つ。

 この他、賞味期限切れの穀物酢やきな粉。スイカの皮一個分。腐った白ご飯など、量や質の問題で生ゴミ処理機が悪臭発生装置になってしまったことが何度もある。


 そのたびに、俺が修正。

 手を突っ込んでべちょべちょの内容物を取りだし、通気性のある肥料袋に入れて屋外へ出す。そして、あらたに分解補助材を投入する、という流れ。

 まあ、何度も経験しているから手慣れたモノで、多少残った悪臭も翌日には綺麗サッパリ消えているという寸法だ。

 この補助材。昔はバカ正直にメーカーから買い入れていたから、注文して到着するまで数日間、悪臭がそのままだった。

 だが、けっこう高価な割にどう観察してもただのおが屑にしか見えないから、おが屑を放り込んでみたら、これが大して機能的に変わらない。

 今は様々な実験結果から、他にもっと良い補助材を見つけたので、それを使用している。

 何かというと、カブトムシ幼虫を飼育した後の昆虫マットともみ殻を一対一に混ぜ合わせたもの、である。

 カブトムシ飼育後のマットは、俵型の糞の塊だ。だが元々の木屑が噛み砕かれ、黒くなっているだけでなく、セルロースなど繊維分までが分解されているところを見ると、相当強力な土壌バクテリアが住み着いているのであろうと推測できる。

 この土壌バクテリアの分解力を借りるわけだ。

 だがしかし、カブトムシの糞だけでは、少し水分を含むとすぐに粘土状になり、細かすぎて固まってしまうことがある。よって、もみ殻を混ぜ、ふわっとさせるわけだ。

 この他、近所のマイタケ工場から捨てられた廃菌床が黒くなって土に返り始めているものを貰ってきたり、腐葉土をふるいに掛けたヤツなんかを、これまたもみ殻とブレンドして使ったりしているが、これらも悪くない。

 要するに、土壌菌ともみ殻を混合して使えば、それなりに生ゴミはうまく分解されるという寸法であるらしい。


 それにしても、生ゴミ処理機は下火になった。

 特に、微生物型は少なくなったようだ。まあ、生き物を飼う感覚でなくては使い切れず、時に凄まじい悪臭を出すのだから無理はないかと思う。

だが、そもそも家電だと思うからダメなのだ。カメだって水換えしなければ悪臭を発するのは同じこと。餌代が掛からないだけ、カメよりは余程飼いやすい。

 散歩も日光浴もいらず、猫のようなかまってちゃんでもない、役に立つペットだと思えば、普通に飼育できる。

 そうやって付き合えば、機械に過ぎない乾燥型にはない暖かみと味わいも分かってくる。

 微生物型も本体はあくまで機械であり、「生き物を飼うシステム」であるのだが、使っているうちに、機械そのものにも次第に思い入れも出てくるし、生き物扱いして悪いわけではなかろうと思う次第。

 また、生ゴミを処理したものは、高栄養な肥料となるのだが、乾燥型の処理物と微生物型ではモノが違う。

 乾燥型はただ高温で乾かしただけだが、微生物型のものは微生物が関わっているので、減容率が違うのだ。つまり元の生ゴミが、乾燥型に比べて数分の一の体積になっているから、栄養分がぎゅっとつまっていて肥料としても優秀だといえる。

 この処理物。庭木、菜園、ビオトープの樹木など、使い道は豊富だ。最近では、イヌの散歩時に処理物をバケツに入れて持ち歩き、犬糞と混ぜて持ち帰る。こうすると、犬糞がコーティングされて、持ち歩く間、臭わないばかりか、一緒に土に返した時に犬糞だけよりはるかに腐りやすくなる。

 犬糞混合処理物には犬糞の肥料効果も加わって、パワーアップ!! ブジュブジュルつぶしてえええええ!!

 違う。いかん。エキサイトしすぎた。

 それほどまでに、この肥料効果はかなりなものなのだといいたい。

 昨年は、この肥料だけでプランターのゴーヤを十個以上も収穫。数年与え続けている庭木も目に見えて緑が濃く、幹が太くなっている。某ビオトープで、植生が貧困すぎて困っていたところなどは、蒔いた部分だけごっそり草が生えて除草に困るほど。

 問題点といえば、たまにそこからカボチャやスイカが発芽してくることくらいか。

 以前にも某公民館のビオトープに、立派なカボチャが出来てしまったことがあって、驚かれると同時に、そんなものが野生化したのでは? と心配までされてしまった。

 だが、ご安心。カボチャやスイカは日本で野生化はまずしない。野生化するならとっくにしているはずである。ゆえに、生態系へのインパクトも大したことはないはず。

 まあ、その年だけウリハムシの生息密度が上がったり、うどんこ病が他の植物に付いたりはするかも知れないが、それくらいであろう。

 この他、トマトやメロンなども発芽してきたことがあるが、種の耐久性の違いからか、リンゴやナシ、アボカド、柑橘類などはしょっちゅう放り込んでいても、発芽してきたりしたことはない。

 

 だが、なによりも便利なのは、生ゴミがスッキリと消えることだ。

 我が家の場合、週に二回ある燃えるゴミの日は、二週に一回で充分、といえるほど排出量が少ない。紙、プラスチックをリサイクルに回し、生ゴミを処理機に入れれば、燃えるゴミなどほとんど無いに等しいからだ。

 燃えるゴミで出しているのは、リサイクルできない紙と、燃やした方が良い汚れたもの、ボロ布くらいか。

 割り箸やようじも、剪定バサミで細かく切れば、生ゴミ処理機に入れられるし、アレルギー性鼻炎の息子のティッシュも生ゴミ処理機行き。

 紙は入れるな、というメーカーも多いし、我が家の機種にも取説にはそう書かれているが、紙は普通に腐るし、いざという時の湿度調整にもなるようで、むしろ調子が良い。

 一度、生ゴミ処理機を回転させているチェーンが切れて、数日間止まったことがあったが、その時のゴミの多さには辟易した。

 何故、このように便利な生ゴミ処理機があまり普及していないのか、むしろ減りつつあるのか、使っていない人のお気持ちを是非知りたいところだ。 

 なんにせよ、家庭としても、ビオトープ管理士としても、俺の生活に生ゴミ処理機は欠かせない。

 しかし実は、製造元メーカーは数年前に製造を中止してしまっているので、コイツが壊れたらどうしようもない。

 だから、微生物型生ゴミ処理機には、是非とも復権してもらいたいと思う。

 それにはまず、世の中の人々が、これが家電などではなくひとつの生き物だということを認識し、犬猫やカメを飼う感覚で使うのを、当たり前に思うようにならねばならないのだが……道程は遠いかも知れない。


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