第17話 カミツキガメ

 カミツキガメは、今では、無許可飼育は違法となる生き物だ。

二00四年に施行された「特定外来生物法」、正式には「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」により、「特定外来生物」に指定されたからである。

 この法律で指定された特定外来生物は、飼育するどころか、生きたまま持ち運んだだけでも三十万円以下の罰金となる。

 販売目的で所有したりすれば、罰金はなんと三百万円。


 だが、昔はけっこうお手軽なペットとして流通していたのだ。

 小さい時は、トゲトゲして焦げ茶色で、まさしく小型のガメラといった風貌だから、そこそこ人気も高かった。その名の通り、かなり気性は荒いのだが、金魚や子ザリガニといった活き餌を襲ってバリバリ食べる姿も、人気の一つだったのだろうと思う。

 大学に入学して、初めて一人暮らしを始めた時、二千円ほどで買えたカミツキガメは、俺にとっても手頃なペットに思えた。だが、この生き物を最初のルームメイトとして選んだのは、あまりにも愚かだったと言わざるを得ない。

 買ったばかりの時には、それは可愛らしい子ガメだった。

 俺は活き餌をやることにはかなり抵抗があったから、何でも食う、という店主の言葉を信じてカメの餌をやってみたのだが、どうもうまく食べない。

 一週間やそこらなら、食べなくてもそう心配もしないのだが、一ヶ月も食べたかどうか分からない、となると、これはかなり心配になる。見るからに痩せてきてもいた。


 甲羅に覆われたカメが、なんで痩せたの太ったのといえるのか、とお思いの方もおられるかも知れないが、これが分かるのである。

 まず見るポイントは、首と前脚の間の肉だ。

 痩せてくると、ここが大きく窪み、甲羅の中身が無くなっていくのがすぐ分かる。

 逆に太ってくると、ここにプユプユの肉が盛り上がってきて、太りすぎると前脚や頭がしまいにくくなってくる。

 あとは体重。これは子ガメだと分かりにくいが、成体だと歴然。持ってみれば、痩せた個体は軽い。太った個体の半分以下なんてこともある。

 ともあれ、痩せているのは確かで子ガメは成体と違って弱い。

 気は進まなかったが、ヒメダカを百匹買ってきて水槽に入れてみた。途端に子ガメたちの動きが変わった。

 見たこともない速さでヒメダカを追い回し、隅へ追い詰めると食いつく。

 しかし雑だ。通常、捕食者ってのは獲物が逃げられないよう、頭から襲う。また、尻尾に噛み付いちゃっても咥え直して頭から呑み込む場合が多い。

 だが、この子ガメたちの襲い方の雑なことといったら、尻尾だろうが腹だろうが背中だろうが、手当たり次第に噛み付き、食いついたらそのまま無理やり呑み込む。

 見ようによっては豪快で爽快感すらあるが、ヒメダカの立場になると、残酷すぎて見ていられない。血やはらわたやウロコも水中に飛び散り、あまりにもひどい。

 とはいえ、子ガメたちを死なせるわけにもいかず、それからしばらくはヒメダカを与えた。

 餓死寸前だったカミツキガメたちは、すくすく大きくなり、三ヶ月もしないうちに餌用金魚でなくては間に合わなくなってきた。通称、餌金を、三匹で一度に百匹とか食うのだから、たまったものではない。

 むろん財布もだが、視覚的にもキツイ。

 そこで、順次、ミミズ→小アジ→魚の切り身→カメ用配合飼料→九官鳥の餌 へと切り替えていった。

 九官鳥の餌と聞いて『えっ!?』と思われる方もおられるかも知れないが、食いつきも良く、長年与えていても大きな問題も出ない。なにより安価なので、俺はよく使うのだ。

 ちなみに、今飼育しているセマルハコガメ、スッポン、アカミミガメもほぼこれだけで飼育している。


 さて、このカミツキガメたちと俺は、結局大学の四年間と、研究生の一年間をともにして、就職先である千葉県へもともに引っ越した。

 この頃になると水槽では狭いため、大型の衣装ケースに一匹ずつ入れていたが、新しいアパートは安普請だが広く、ダイニングキッチンと八畳の他に、日当たりの良い六畳間も付いていたので、置き場所には困らなかった。

 というか、この六畳間は完全な飼育室となった。

 引っ越しからしばらく経つと、俺は近所のペットショップの常連となり、魚類を中心に、様々な生き物を飼育し始めていた。

 観葉植物や食虫植物の鉢植えもどんどん増やし、二ヶ月と経たずにその部屋はジャングルと化したのであった。

 そんなある時、採集してきたカブトムシの幼虫の入れ物に困った俺は、カミツキガメの衣装ケースを使うことを思いついた。

 どうせ古くなってきていたし、ヒビが入って買い換えようと思っていたケースだ。

 カミツキガメには、今夜のところは空いている六十センチ水槽に入ってもらい、明日にでも新しい衣装ケースを買ってきてやろう、と思ったのだ。

 真夏だったと思う。

 真夜中まで入れ替え作業をやった俺は、ベランダに向かうサッシを開け放ち、そのまま寝てしまった。

 翌朝。


「…………いねえ」


 カミツキガメ(甲長二十センチ強)の姿は、影も形もなくなっていた。

 焦って部屋中を探したが、どうしても見つからない。凶暴なカメだから、どこかに潜んでいて寝ている間に噛み付かれでもしたら厄介だ。部屋中の荷物を運び出すつもりで探したが、やはり見つからない。

 最終結論は、開けていたサッシから外に出て、ベランダの鉄柵の隙間から落下したのだろう、ということになった。

 もちろん、下の植え込みも探したがやはりいない。周囲に水場はないため、イヌかネコに攻撃を受けた可能性もあるが、そんなのは返り討ちにするくらいの大きさだったし、野生化したらどれだけ迷惑か分からない。

 とはいえ、どうにも手の打ちようが無く、そのカミツキガメのことは心にひっかかったまま、俺はそのアパートで暮らしたのであった。


 さて。それから二年ほど経った頃、俺は関連会社に異動することになった。

 新しい勤務先は神戸。せっかく千葉の空気にも慣れてきた頃ではあったが、仕方なく引っ越し作業を始めた。

 引っ越し先は古い社員寮で六畳一間。六畳間に溢れていた生き物たちも、さすがに全部連れてはいけない、ということで、友人や常連だったペットショップに引き取ってもらったものもあった。その中に、残っていた二匹のカミツキガメもいた。

 植物はもっと大変だった。

 観葉植物といっても、購入してきたものなどひとつもなく、会社の観葉植物から失敬してきた枝葉を挿して殖やしたものや、ゴミ捨て場から拾ってきた鉢植え。発泡スチロールの箱に夏ミカンの種や大根の頭を植えたようなものばかり。

 フィロデンドロンやパキラ、ポトスなんてのは、出来るだけ綺麗におめかしして同僚やお客さんにも配れたが、さすがに大根の頭から生えた葉っぱとかはもらい手が付かない。

 結局、そういうのは少しコンパクトにして持っていこうと決心した。

 三十センチ四方程度の発泡スチロールの箱には、夏ミカンの種から生えた苗が、びっしり植わっている。土だけ捨てていこうと、外でひっくり返した時。

 ごろんっと、中から何か塊が出てきた。

 土と全く同じ色。だが、見覚えのあるその形は、カメの甲羅に間違いない。


(あれ? 俺、こんなところにカメの死体、埋めたっけな)


 そう思った。千葉は都会だ。その辺に死体を埋めるわけにもいかず、魚などの死体は、肥料代わりにプランターに埋めるのが常になっていたのも事実。

 とはいえ、ここしばらくこんな大きなカメは死なせていない。

 っと思っていたら…………そのカメの死体?が、ゆっくりと手足を動かし始めた・


「!! !! !?」


 生きている。それに、こいつは……カミツキガメだ。カミツキガメといったら、心当たりはひとつしかない。そう、二年前に行方不明になったアイツだ。


 驚いた。なんてものではなかった。

 なんと、水も食い物もとらず、そのカミツキガメは丸二年間、土の中で生きていたのであった。

 その箱は、俺が食った果物や野菜の種子や根を植える場所で、土を一回も取り替えたことが無く、また常に何か植わっていたため、カラカラに乾燥させたこともなかった。

 それが良かったのか悪かったのか、とにかくカメは生きていた。

 かなり衰弱してはいたものの、水槽に入れ直すとどんどん元気を取り戻した。

 数週間のリハビリ後、さっさと食欲も動きも普通レベルになったのは、驚くべきことだった。これほどの怪物だからやはり連れて行くのは困難と判断して、ペットショップに引き取って貰ったが、今にして思えば、一生飼ってやれば良かったかなとも思う。

 といっても前述の通り、カミツキガメは二00四年に特定外来生物に指定されたから、申請してまで飼い続けられたかは分からない。

 縁があったのか無かったのか、それからカミツキガメという生物には、再会してはいないが、それで良かったのだと思う。

 ビオトープ管理士の立場としては、もし、再会できたとしても「駆除」しなくてはならない可能性が高いのだから。


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