第16話 オオウナギ

 もちろん、ご存じの方が多いだろうが、ただ大きめのウナギ、というわけではなく、オオウナギ、という種類の魚なのである。

 南方系の魚であり、日本海側ではほとんど見られないが、太平洋岸では千葉県まで自然分布が確認されている。

 ただ、ウナギと同じく海に降りて産卵し、子ウナギが暖流に乗って帰ってくる、という生活史だから、分布、というか子ウナギが辿り着ける限界点が千葉県、ということなのだろう。

 大きい個体は二メートル近くにもなるという。また、ただ大きいだけでなく、暗褐色のごま模様といい、ずんぐりした体型といい、不敵な面構えといい、実に魅力的な魚なのだ。


 こいつに初めて出会ったのは、やはり西表島。

 夜行性の生き物を見るために、皆で連れ立って向かった沢に、ソイツはいたのだ。いわゆるナイトハイク、というやつだが、そんなに格好いいものではない。

 手に手にタモ網やバケツ、布袋などを持ち、額にはヘッドランプ。狙いはヘビ、カエル、サソリモドキ、ヤシガニ、オオオカガニなどだ。

 生まれて初めての夜のジャングルである。

 未開、というほどではなくても、どんな危険が待ち受けているか分からない。スリルと興奮は最高潮であった。


 メインの獲物は友人に頼まれたヤシガニだった。

 だから、ジャングルとはいっても、海岸沿いを走る道のさらに海側へ降りた場所だ。

 牧場の中を流れる渓流が直接海に流れ込んでいるような場所、といっても、なかなかイメージできないかも知れないが、そういう場所だと思っていただきたい。

 ヤシガニはニワトリの餌に寄って来る、という民宿のご主人の話を聞いて、明るいうちから、下見がてら撒きに行ってはいたのだが、夜になるとまた打って変わった雰囲気で、すぐそこに道があるとは思えない。

 海側だから、迷ったら下れば間違いなく海岸、登れば道に出られるはずなのだが、そんなことも忘れるほど、夜のジャングルは神秘的で暗かった。

 とはいえ、誰もが恐怖よりも好奇心が勝っていた。

 見る物すべてが新しく、興味深い。

 夜になると、オカヤドカリやアフリカマイマイもでかいのが現れるようで、昼に見た連中とはひと味違った。

 ニワトリの餌の場所には、とてつもなくでかい……俺にはそう見えたが……ヤシガニが来ていた。宿のご主人の言った通りになったわけで、ただ、コイツはでかすぎてバケツに入らなかったため、記念撮影だけして逃がすことにした。

 逃がす、というか確保できなかったわけだが。

 渓流の中を覗くと、赤い光が点々と灯っている。

 これはコンジンテナガエビ、というヤツで、本土で採れるテナガエビの二回り以上もでかい。ただ、酸欠に弱い上に寿命も短い生き物なので、観察した上でコイツも逃がす。

 そうやって、少しずつ海岸へと下っていたのだが、突然、先を歩いていた友人が声を上げた。


「何かいるぞ!! ポリプテルス!?」


 ポリプテルス、とはアフリカ原産の熱帯魚であり、こんなところにいるはずはないのだが、そんな感じのヤツが浅瀬をうねうねと泳いでいったというのだ。

 ちなみに、この友人は『きゃっち☆あんど☆いーと』で登場するキノコ男である。

 俺たちは色めき立って水の中を走った。

 たしかに、妙な生き物がうねりながら逃げていく。

 いったんは見失ったが、そいつが大きな石の下に潜り込むのを、もう一人の友人が目撃していた。


「この下やな?」


 一抱え近くある大石。普通なら諦めそうな巨大な石だが、その時、俺達はジャングルの熱気に当てられ、アドレナリンが全開であった。


「うらああああ!!」


 大石をひっくり返すと、やはりアイツが飛び出してきた。

 すかさずタモ網ですくい取る。が、タモ網を乗り越え、あっという間に脱出。それを空中で再びキャッチ。


「こっち!! バケツに!!」


 友人が差し出したバケツに、ソイツを入れた……が、あろうことかあっさりとバケツから飛び出し、今度は捕捉不能な淵へと飛び込んで姿を消してしまったのであった。


「な……何やったんや、アレ……」


「オオウナギや、たぶん……」


 その子供、といったところだろう、とは、俺の予測に過ぎなかったが、結局のところそれは当たっていたようだ。

 その後、得意の置き針をしてみたり、日中に石をひっくり返してみたりして確認した結果、その沢には、オオウナギが結構な数住んでいることが分かったのだ。

 最初の出会いはショッキングだったが、見つけるコツをつかめばさほどではない。大きな流れも淵もないため、サイズはどれも数十センチ以下だが、飼うにはこの方が良い。

 そういうわけで二十数センチ、という非常に小型のオオウナギを捕獲できた俺は、意気揚々と帰国……じゃない、本土へ帰ったのであった。


 で、話に出たのでヤシガニについて述べておくと、結局小型のヤシガニが道路をうろついていたので、縛り上げて宅急便で友人の元へ送った。が、友人はヤシガニのパワーを甘く見ていて、なんと逃げられてしまったのである。

 無駄なことをして、と俺はずいぶん文句も言ったが、実は俺も人のことは言えない状態だった。持ち帰ったオオウナギは、日を経ずして飛び出し、昇天してしまったのである。


 オオウナギ飼育のポイントは、飛び出させないこと、これに尽きる。

 その後、数回の西表行きで三度オオウナギを持ち帰り、一度はある飼育施設に寄付したのだが、二度自分で飼育してみて、出た結論はそれだった。

 つまり、二度とも飛び出しで死なせているのである。

 それどころか、その後も通販で何度となくオオウナギを手に入れ、そのたびに様々な原因で死なせて、ようやく問題なく飼育できるスタイルを確立して、今日に至っている。

 なんと間抜けな!! とお怒りになる方もおられるかも知れない。

 そう言われても仕方がない。

 が、決して不真面目に飼育に取り組んだわけではないのである。彼等が予想を遙かに超えたパワーと繊細さを併せ持つ、希有な生き物であることだけは、ご理解いただきたい。


 まず、パワーが違う。

 飛び出し対策は、オオウナギに限らず、ウナギ、ウツボの仲間すべてに共通する命題なのだが、オオウナギはそのサイズから想像できないほどのパワーを持つのだ。

 普通にガラス蓋をしただけでは、餌やり用の三角の切れ込み部分から飛び出して死ぬ。

 そこを何かで押さえたとしよう。

 軽いモノだと、簡単に鼻で押し上げ、飛び出して死ぬ。

 重い物で押さえたとしよう。

 上部濾過装置の水流を遡上して、濾過槽内に入り込み、軽いプラスチックの蓋を押し上げて飛び出して死ぬ。

 上部濾過装置の蓋をガムテープで留めてみよう。

 今度は上部濾過槽内に住み着き、見ている間は決して出て来ない。

 つまらないことこの上ない。

 とりあえず、下にタナゴやフナ、スジエビなんかを飼育しておき、この上部濾過槽にオオウナギが住み着いた水槽をしばらくキープしていたのだが、ポツポツと魚たちが消えていき、食っているのだな、と分かる程度。

 割とうまく飼育できていたつもりだったのだが、これはヒーターの温度設定ミスで煮殺してしまって、その姿を見るとだいぶ痩せていた。濾過槽などに住み着かせたのでは、やはりダメなのだ。


 通販で仕入れた十数センチクラスのオオウナギを死なせたこともある。

 このサイズのオオウナギは、打って変わってひ弱い。

 懸命に温度、水質を合わせて放したはずなのに、一ヶ月ほど餌を全く受け付けずに痩せて死ぬ、ということを何度か繰り返した。

 これが、非常に根本的な理由……淡水だから死んだ、ということに気付くまで、かなりな時間を費やしてしまった。

 オオウナギの幼体は海から遡上してくる。

 だから、ある程度のサイズになるまでマングローブ域に住んでいるのだ。

 それがいきなり淡水に入れられたのでは、調子が悪くなって当たり前。海水と淡水、半々くらいのいわゆる汽水で飼育すると、俄然元気を取り戻すのである。


 そんなこんなで、今でもオオウナギを飼育できてはいるが、犠牲の多さは弁解の余地がない。どうしてそんなにもこんな生き物が飼育したいのか、と聞かれれば、好きだから、としか答えようがないのだが。

 今の個体は一番長く生きていて、サイズも四十センチ以上になった。

 メインの餌はザリガニ。

 ビオトープで駆除したザリガニを、自分が食べるだけでなく、オオウナギにもやっている感じだ。っていうか、食べられそうな水質のところで捕ったのは俺。生活排水とか混じってそうな場所のはオオウナギ。

 そんな感じだ。


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