第15話 ドブネズミ

 この作品、予想通りというか、キモイという理由でドン引きする読者が増えている様子。

 さらにはネコやイヌの重い話で更に引き気味のところ悪いが、次はなんとネズミだ。こんなもんまで飼っていたか、と呆れる方もいるだろうが、何を隠そう飼っていた。

 だが、この話は悲劇である。飼っていたとはいえない程度しか、生かすことが出来なかったのだ。つまり失敗談となる。


 高校の時、俺は生物部の部長をやっていた。

 高校三年間、ずっと部長。

 何故なら、俺が入る時、先輩は一人もおらず、俺が入ることで初めて生物部は始動したからである。

 だが、俺一人では活動もままならない。弓道部や帰宅部、数研、吹奏楽部などの友人を説得して引き込み、生物部はやっと動いていた。

 とはいえ、やっていたことは生物の飼育のみ。

 大した研究をしていたわけでもないが、翌年、後輩に女の子ばかり五人も入部してきてくれた時は大変嬉しかった。


 なんと、その子達のおかげで、俺は大学に受かることとなる。

 せっかく部員が増えたのだからと、顧問の先生がカワニナという貝の研究を勧めてくれて、ズボラな俺の尻を叩き、懸命に県内中のカワニナを集めて、殻の大きさを測ったり、いた場所の底の泥の質を調べたりしてくれたのだ。

そのおかげで、研究は賞を取った。全国までは行けなかったが、県内では一位。

 勉強の振るわなかった俺は、その実績をつてにして推薦を受け、合格したわけだ。


 だが、ドブネズミの話はカワニナの研究を始める少し前の話だ。

 ある日、後輩女子の一人が、脱脂綿にくるまれた何かを生物部室に持ってきた。

 それは、ミニソーセージのような黒っぽい物体で、うねうねと蠢いていた。


「何コレ?」


「ええあの……昨日ウチにネズミが出まして……」


「ほほう」


「親ネズミは父が殺したんですが……」


「え?」


「タンスの裏に巣がありましてですね……」


「なにぃ!?」


「こんな子供たちがいたので可哀想になって……」


「待て、じゃあコレは何か!? ネズミの……」


「赤ちゃんです」


 初めて見た。

 小指の先ほどのネズミたちは、ぷよぷよして頼りなくて、何ともいえず美味しそうな……というか、なんというか。

 どうしよう。というのが、正直な感想だった。

 っていうか、正直なところどうしようもない。目の開いていない哺乳類の子というのは、母親が超絶の技を駆使して育て上げるものなのだ。

 実際、自分の子供を育ててみたから、人間だって同じだといえる。

 四六時中つきっきりで、数時間おきに授乳、タテ抱っこ、下の世話、お風呂入れ、便でかぶれた尻の清拭……しかも、ずっと同じことをやっていればいいわけでなく、成長に従って少しずつ世話の内容は変わっていく。もちろん、次第に楽になる部分もあるが、子供がアクティブになること、自己主張を始めることで、どんどん大変になっていく部分もある。

 当時は高校生だから、むろん自分の子供などいない。ただ動物関連の書籍を読みあさっていて、特に畑正憲氏のエッセイを読み込んでいた俺は、哺乳類の子供の大変さは知識として知っていた。

 だが、可愛い後輩(しかも女子)の頼みである。

 なんとかしてやらねば、と思ったわけだ。

 とにかく冷えてはいけない。寒い時期であったから、体温を維持するために「足温器」を用いた。これの上に脱脂綿と段ボールでベッドを作り、子ネズミたちを置く。

 その数、十一匹。

 一腹でこれなら、いくらでも増えるはずだと納得しつつ、猫用ミルクを脱脂綿に浸して、口元に持っていく。

 飲んだ。

 大量に、とはいかないが、ミルクを含んだ脱脂綿を、子ネズミたちは懸命に吸っていく。

 とりあえず、すぐに死ぬようなことはなさそうだ、と判断して、その日は下校することにした。

 翌朝。先に登校した後輩女子が、子ネズミが一匹死んでいるのを発見。

 そいつは脱脂綿のベッドを潜って、足温器表面に辿り着いたヤツだった。おそらく熱すぎたのだろう。他の子ネズミたちはいたって元気そうだったが、ミルクを吸う力が昨日より弱まっているように感じて心配だった。

 更に翌日、翌々日と、ポツポツと子ネズミたちは死んでいった。

 だが、正直言って対処法もなく、同じ作業を繰り返すのみ。今の俺なら、足温器そのものをタオルで何重かにくるむとか、足温器を止めて爬虫類用のもっと温度設定を低くできるモノに変えるとか、使い捨てカイロにするとか、いくらも対処は考えついたろうが、その時の俺は、そこまで思い至らなかったのだ。

 子ネズミが半分くらいになった日。


「ドブネズミは有害生物だ。もし育ってしまったら、その後どうする気だね?」


 顧問の先生から、呼び出された俺は、かなり厳しく詰問された。

 それに対して、どう言ったか、詳しくは覚えていないのだが、なんだか、カッとなって色々反論したような気がする。

 ごくおおまかにいうと「子ネズミに罪はない。害をなしたら、その時考える」というような事を言ったのだと思う。

 先生は、納得はしなかったが、今回だけは目をつぶる、と言ってくださった。

 だが、いざとなったら相談しようと思っていた相手からダメ出しを食らって、俺はかなりへこんだ。その時悟ったのは、ペット動物ならまだしも、子ネズミの飼い方を誰に聞いたところで、決してまともな答えは返ってこないだろう、ということだった。

 ペットショップだろうが、動物園だろうが、ドブネズミの子はただの害獣。

 殺す方法は教えてくれても、決して育てる方法なぞ教えてはくれないだろうし、そもそも誰もその方法を知りもしないのだ。


 結局。その三日後には子ネズミたちは全滅した。

 持ち込まれて十日も経ってはいない。ただ、苦しみを長引かせただけだったのだ。顧問の先生はかなりホッとしたようだったが、俺の中には忸怩たる思いが残った。


 その思いは前項、子猫の時まで持ち越され、子犬を育て上げてようやく、育てることよりも大事なことに気付かされるわけだ。


 そしてドブネズミを逃がしたらどうなるか、については、何度も思い知ることになる。

 大学の研究室で、その後さらに独身時代に実家でも、俺は性懲りもなく、巣立ったばかりのドブネズミの幼獣を飼育して、ハムスターかハツカネズミの感覚でいたために、逃げられた。

 大学では書類や研究用資材をダメにされて、教授にしこたま叱られた。正直、たった一匹であれほどの被害があるとは、思いもしなかった。

 実家でも、米袋に侵入されたり、冬物衣料の隙間に巣を作られたり、相当の被害を出した。

 ネズミがもともといない場所は、食い物と隠れ家の宝庫であり、一匹でもやりたい放題やるから、本当に被害がでかいのだ。

 ネズミが元々住んでいるところなら、人間の方もある程度用心しているせいか、食い物などの始末をきちんとするので、そこまでの被害は確認されない……というのは、今の勤務先がそうなのだ。

 今の勤務先にはネズミが大量に出るが、社員の皆様はあまり気にしていない。

 むしろ、そのネズミを狙って侵入するアオダイショウやシマヘビの方が問題視されているから不思議だ。

 ヘビが出ると必ず呼ばれ、普通に素手で引っつかんでどこかに放しに行く俺を、みんな不気味なモノを見る目で見つめるのだ。

 そのまま居着かせた方が、ネズミの被害はなくなるのだがなあ…………

 秋のシーズンになると、ちょろちょろとデスクの隙間を子ネズミが走り回る。だから粘着シートなどを仕掛けておき、捕まったらポイっである。

 正直、可哀想に思うが、やめろとも言えない。俺だけは地道に箱罠で捕獲する。そんで、殺すのが可哀想なので、ライバル企業の裏道に放しに行くことにしている。

 まあ、これはスレスレで業務妨害でも犯罪でもないと思っているのだが、どうなのだろう?



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