第10話 ヤエヤマサソリ

 前項ラストで書いた、『シロアリを餌にして飼える可愛くない系の連中』の筆頭がコイツだ。

 日本に二種類だけ住む、れっきとした「サソリ」のうちの一種である。

 その名の通り、八重山諸島に住んでいて、小さい。

 朽ち木の中や樹皮の下に住んでいて、シロアリなどを食っているのだ。

 危険動物として紹介されることもあるが、コイツに刺されるなど、よほどとんでもない場所で変わったことをしていないとあり得ない。

 よって、善良な一般市民の方は、コイツを恐れる必要も忌み嫌う必要もない。

 むしろ、こんなに可愛くてカッコイイ生物は、飼育すべきだ。と、俺は強く訴えたい。

 だが、そう主張したところで、簡単においそれと遭遇できる生き物でもないのが現実だ。

 何故ならコイツは前述の通り、沖縄県の八重山諸島にしか住んでいないのだ。仮に八重山諸島と聞いてピンとこない方がおられても、代表的な島の名前、石垣島、西表島と聞けば思い出すだろう。

 こうした島は観光地でもあるが、自然保護区が指定されている場所でもあるので、うかつな場所で捕獲活動をしていると、自分が捕獲されかねない。

 運良く保護区でない場所で捕獲活動できたとしても、サキシマハブという、サソリより数倍危険性の高い生物が似たような場所にいて、これまたヤバイ。

 更に運良くヤエヤマサソリに出会えたとしても、コイツはかなり小さくてやわい。しかも、温度や湿度の変化にも弱い。生きたまま持ち帰るのは、そこそこコツを要する。

 故に、たまにネット通販などで見かけることもあるが、大きさの割には結構高価で取引されていて、数千円以上するのだ。

 俺は生き物の売り買いを否定しない。むろん、べつに推奨したいわけでもないのだが、こうした興味深い生き物は、どうせならちゃんと繁殖させた上で流通させて欲しいとは思う。

 なにしろ、現地でコイツを採集するということは、密林の中で朽ち木を破壊したり、樹皮をめくったりするわけで、自然界へのダメージもでかい。一人や二人がやるならいいが、狭い島のことだ。マニアが押し寄せて同じことをやったら、サソリなんぞあっというまに絶滅するだろうし、他の生物への影響も大きいに違いないからだ。


 俺がこのサソリを手に入れられたのは、偶然に近い。

 初の西表旅行の時、俺は所属していた研究室の先輩方から、ヤエヤマサソリを捕獲してくるよう頼まれていた。もちろん、ペット用ではなく研究材料として、だ。

 もちろん旅費は自分持ちだったが、捕獲用具やビン、アルコールなど様々な資材を貸してくれていたので、俺達はそれを引き受けた。

 だが、頼む先輩ですらヤエヤマサソリがどんなところにどんな状態でいるのか、また、どのくらいいるのか、そういった情報は何もなく、俺達は手探りでサソリを探すしかなかった。

 到着して一日目。民宿のおじさんや土産物屋の人に、サソリがどんなところにいるのか聞いてみた。だが、そうそう見かける生き物ではないらしく、人家に入り込むようなことはない様子。ほとんどの人が見たこともないようであった。

 唯一の目撃情報は、「ソテツの中」というもので、ソテツという植物の頂芽、すなわち一番てっぺんの芽の中で見かけたというのだ。

 ソテツのてっぺんは、白くてフワフワした毛に覆われた若葉がドーム状になっていて、たしかにその中なら、外敵などを避けて生活しやすそうだ。

 せっかくの南の島への旅行だから、海とか釣りとかやりたいことも山ほどあったが、援助してくれた先輩へのお土産くらいは、早いとこ揃えてしまっておきたい。

 俺達は集落内に植わっているソテツを、片っ端から……とはいっても大した数ではなかったのだが、調べてみた。ソテツの葉はチクチクしていて痛い。チクチクっていうか、ブスッと刺さるくらいのトゲが先端に付いていて、相当痛い。

 そこそこ苦労して探したのだが、すべて空振りに終わった。

 簡単に手詰まり。それ以外に何の情報もない以上、どうしようもないのだ。

 結局、一日目はサソリの捜索を中止し、浦内川河口へと釣りに出かけてしまったのであった。

 釣りをしていると、カンムリワシは飛んでくるわ、竿先をへし折る巨大魚は現れるわで大興奮。サソリのことなど、日が暮れるまですっかり忘れてしまった。

 翌日、新しい情報も得られないままであったし、もうサソリのことはほぼ諦めかけていた。その日は何をやろうかと、民宿の二階から、ぼーっと外を眺めていたのである。

 下の道を、ランドセルを担いだ小学生が歩いていく。

 そういえば今日は平日。大学ってところは休みが長いから、俺達は十日ほどもここに滞在する予定であった。

 突然、その小学生たちから声が上がった。


「あーっ!! サソリー!!」


 俺達は顔を見合わせた。

 あれほど探して見つからなかったサソリが、民宿の脇を通る道の脇にいるというのか。

 だが、二人の子供は道端にしゃがみ込んで、何かをしきりに観察している。

 あわてて駆け下り、子供たちのところへ行く。


「なになに? サソリいんの? 俺達にも見せてよ」


 子供たちは突然現れた見知らぬ男たちに少し警戒しつつも、得意げにサソリを見せてくれた。

 初めて見るヤエヤマサソリは、予想していたよりもずいぶん小さく、ハサミがしっかりして見える割に、妙に尻尾が貧弱だった。

 そっとつまんでみて驚いたが、俺の皮膚をコイツの毒針は通らない。そもそも、どんな局面でこの毒針を使うつもりかは分からないが、自分より小さな獲物にとどめを刺す以外に、使い道は無さそうだ。

 サソリはU字溝の縁に落ちていたらしい。子供たちは気前よく俺達にサソリをくれたが、一匹見つかるなら、もっといるはず。

 その道の脇には、松の木が十数本並んで植えられていて、根元は砂利で大した草は生えていない。

 そこで根元の石をどけたりしてみたが、サソリは見つからない。

 そのうち、仲間の一人が松の木の皮をめくってみた。


「いた!! ここにいるぞ!!」


 松の木は、老化した皮が大きく剥がれていくのは誰でもご存じだろう。

 庭木はこれを丁寧に剥がしておいたりするわけだが、道端の並木はほったらかしだ。その皮の下に、ヤエヤマサソリは住んでいたのだ。

 見ると、ワラジムシやシロアリなど小さな生き物もいる。考えてみれば、獲物となる生き物がいるところにサソリもいるはずだ。

 結局、その時は並木の松の皮をほとんど剥がして、二十匹近いサソリを捕まえることができた。


 その後、俺は何回か西表を訪問した。そのうち、松の木に限らず様々な場所にいることも分かってきて、採集数も増えた。だが、学生の間はそのすべてを先輩の研究用に渡してしまったので、自分で飼育したことは一度もなかった。

 数年後。社会人になってから、俺は一匹だけサソリを持ち帰り、自分で飼ってみることにした。

 といっても飼い方は単純。小プラケに昆虫マット、その上に松の木の皮を置き、たまに餌を投入するだけだ。

 餌は、ワラジムシもしくはシロアリ。

 それだけのことで、比較的小さかったサソリは次第に大きくなり、おなかが大きくなってきた。

 言い忘れていたが、このヤエヤマサソリは単為生殖する。

 つまりメスしかおらず、一匹だけで繁殖できるのだ。

 しかも、卵胎生。つまり卵を産まず子供を産む。

 だから条件さえ合えば、いくらでも殖える。ある日、サソリは全身に真っ白な子供を数十匹群がらせていた。

 繁殖は大成功である。といっても、ただ世話をしていただけだが。

 生まれた子供たちは、共食いを避けるため小分けし、俺と同じ飼育マニアの変態たちにお裾分け。手元には数匹と親を残した。

 残念ながら、親は子供を産んだ後すぐに死んだ。

 どうも子供にばかり気を使って、親サソリの方をおざなりにしてしまったのが原因のようだ。繁殖に体力を使い果たしている親には、もっとたくさん餌を与えるべきだった。

 で、実は子サソリの方も、しばらくして餌切れで死なせてしまった。

 その頃、引っ越しだのなんだのでバタバタしたってのもあるが、言い訳しても仕方ない。

 彼等の飼育上の注意点は、意外に大食らいで餌切れすると割とすぐに死ぬということ。

 しかもワラジムシやシロアリといった活き餌なので、いくらうまく環境を整えていても、それらを切らすと、与えようにも与えられなくなるわけだ。

 そんな時には、生まれたばかりのヨーロッパイエコオロギの子をやると良いのだが、都心のマニアショップならまだしも、地方都市ではそんなもの売っている場合の方が珍しい。

 子サソリたちが死んだのは冬。

 シロアリが全滅し、ワラジムシもいなくなって、新しくそれらを捕って来ようにも雪の下。やむなくコオロギに産卵させて、孵化を待つ間だった。

 見た目、苦しいとか腹減ったとかいう素振りを見せないので、ころっと死ぬまでどんだけつらいか分からない、というのは、コイツを飼育する上でのデメリットかも知れない。


 この他、乾燥にも蒸れにも濡れにも弱い。

 野生下では、けっこう乾燥した木の皮の下などにいるくせに、プラケ内が乾燥してくると、やはりころっと死ぬ。

 タッパなどの入れ物で密閉状態にすると、ブクブク膨らむ変な病気……おそらくカビ系の感染症かと思うが……に罹ってよく死ぬ。

 やはりベストは小プラケに昆虫マット、フタには乾燥を防ぐ紙かビニールを挟んだ飼い方だと思う。


 ヤエヤマサソリは、いつかリベンジしてみたい生き物の一つではあるが、ガツガツと採りに行ったり、金に飽かせて買いあさったりはしたくない。

 運があれば、いつかまたきっと巡り会える。その時まで、地道に餌となるワラジムシやシロアリを飼い続けていこうと思うのだ。


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