第8話 ハナムグリ
小学四年くらいの秋だったか。
俺は友人たちと、放課後、自分たちの学校のゴミ捨て場をほじくり返していた。
しかし、何の目算もなくそんなアホなコトをしていたわけではない。
ゴミ捨て場には落ち葉や草が山積みだったが、こういう場所にはカブトムシの幼虫が来る、と本で読んだからだ。
子供の俺達にとって、カブトムシは宝物だった。
だが田舎といっても、県庁所在地の駅周辺が地元だったから、そのへんで採ってこられるような環境ではない。
夏になると、必ず親にねだって買ってもらったものだ。
だがオスは一匹五百円~七百円。メスでも二百円~三百円していたと思う。
当時の物価から考えると、えらく高値だ。それを毎日さわりまくり、戦わせたりしてすぐに殺してしまうようなものに、親たちもよく金を出してくれたものだが、カブトムシを持っていないと仲間はずれみたいな雰囲気だったのだから必死だった。
そんなカブトムシの幼虫がいそうな場所が、なんと身近にあったものだから、とにかく掘ってみよう、ということになったわけだ。
落ち葉の山を手で掻き分けると、いくらもしないうちに白くて丸い生き物が、ころころと出てきた。
「やった!! カブトムシの幼虫や!! いくらでもおるぞ!!」
友達は叫んで回収にかかったが、俺は秘かに首を傾げていた。
いくらなんでも小さすぎるのだ。たしかに、よくいるコガネムシの幼虫よりはかなりでかいが、それでもカブトムシの幼虫に感じるような巨大感がない。
それに……太短い。
カブトムシのように、完全に丸まることが出来なさそうなくらい短いのだ。
しかもこいつら、その辺に置いておくと、何故か仰向けでもっくらもっくら歩き出す。
カブトムシの幼虫と同じような小さい脚はついているのだが、それは使わずに仰向けになり、背中を波打たせて進むのだ。カブトムシと比べて妙に毛深くもあって、どうやらその毛が脚の役目を果たして進める様子。
その頃、俺は「ファーブル昆虫記」を読み始めたばかりだった。色々な昆虫が紹介されていて興味深く、市立図書館で借りては何巻も一気読みしたものだ。
ファーブルはフランス人だから、たとえばカマキリといっても俺達の見知っているオオカマキリではなくウスバカマキリだったし、サソリやフンコロガシといった、見たこともない昆虫もたくさん紹介していた。
だが、その中にそういえば、このように太短くて背中で歩き出す妙な幼虫がいたはずだ。
「おいこれ……カブトムシと違うぞ。ハナムグリってヤツやないか?」
「何!? これ、カブトムシやないんか!?」
「たぶんやけど……見てみろ。カブトムシは背中で歩かんやろ?」
俺の説明に納得したのか、友達は幼虫を掘るのを止めた。
俺もなんとなく気が削がれてしまい、集めた幼虫をどうしようか迷っていると、突然、先生が現れた。
「あなたたち、何やってるの!? もう下校時間過ぎてるわよ!?」
それは俺達の担任の先生だった。
だが、思わず逃げ出した……のは俺一人。振り返ると、他のヤツらは普通に先生と話している。
当時はかなりな悪童で、日頃怒られまくっていたせいで反射的に逃げたが、そういや、べつに悪いことしていたわけじゃない。
先生はなんでそう私から逃げるのか、という件で、俺にしばらく説教したあと、幼虫を見て驚いた。
「そうなの? 先生もこんなの初めて見たわ。じゃあ、飼ってみて成虫になったら教えてね」
そう言われては、今更「カブトムシじゃないので飼いません」とも言えない。
まあ、もともとファーブル昆虫記から興味はあったこともあって、結局、数十匹の幼虫は俺がすべて飼うことになった。
で、使い古した大きめのプラケに買ってきた昆虫マットを入れて飼うこと数ヶ月。そいつらはファーブルの書いていた通り、繭玉をこしらえた。
この繭玉、糞でこしらえるらしく、乾燥するとかなり固い。
そう、ハナムグリ飼育のコツはこの繭玉が固くなる程度には、乾き気味に管理することなのだ。
カビや線虫が繁殖しやすくなるせいか、逆に湿度で死ぬからカビや線虫が繁殖するのかは知らないが、湿度過多で飼うと、場合によってはカビや線虫で全滅することがあるのだ。
当時はそんなこと知りもしなかったが、手荒く扱ってひび割れていた古いプラケはマットが乾きやすく、ちょうど良い具合に数十匹のハナムグリは無事に繭玉となった。
繭玉の中で蛹になったのであろう、振ると軽く音がする。
だが、翌年の初夏くらいだったろうか。繭玉を振ってみても音がしなくなった。蛹には脚がないので繭の壁に当たって音がするが、成虫になると踏ん張れるので音がしなくなる……のではないか、と俺は推測した。
それにしてもこの固い繭玉を、虫が破れるとは思えない。
そういえば、ファーブル昆虫記では、飼育下のハナムグリは繭玉から出られずに死んでいたはずだ。
何度も書くように、そもそも繭玉はかなり固いのだが、野外と違って飼育下では梅雨がない。雨が降らないせいで、湿り気のない繭玉は新成虫には破れないほどになるのかも知れない。
俺はだいぶ迷ったが、とりあえず繭玉を一個だけ、そっと指で押し割ってみた。
出た。
金属光沢のある黒緑色の体に、白い点々。図鑑で調べると「シロテンハナムグリ」という昆虫だと分かった。
もちろん先生にも報告。とりあえずの謎は解けたのであった。
だが、このハナムグリ飼育の経験は、その後もかなり役に立った。
日本にはシロテンハナムグリだけではなく、アオハナムグリ、コアオハナムグリ、トラフハナムグリ、クロハナムグリ、オオチャイロハナムグリといった仲間が結構いて、どれも簡単に飼育できるのだ。
春先から初夏に掛けて、ヒメジョオンやクサギ、クリ、リョウブなど、昆虫がたくさん集まる花に行くと、必ずこの宝石のような美しい虫がいる。
何匹か捕まえて市販の昆虫ゼリーを餌に飼っておくと、市販の昆虫マットに卵を産む。
種類にもよるが数匹の親から、数百匹の幼虫がとれる。成長過程で少し死ぬが、どんなに雑に飼っても数十匹のハナムグリになる。
実際、カブトムシなどよりは余程楽に殖やせる、面白い昆虫と言えるだろう。
少々せわしない虫で、ブンブンとうるさいのが玉に瑕だが、とにかくどの種も美しい。カブトムシやクワガタと同じように飼えるのだが、それよりずっとコンパクトに飼育できて、お金も掛からない。
挟まれたり噛まれたりすることもなく、安全だ。
じつに飼育向きの昆虫だと思う。
だが、このいくらでも殖えるのが逆に問題で、あまりに殖えすぎるので、一匹に対する思い入れが薄くなりやすい。
俺も、しばらく忘れて放って置いたら全滅させてしまった、なんてことが正直言って何度かある。
採集してきたモノなら、採集してきた場所へ帰せばいい、という考えもあるにはあるが、大量に増えたハナムグリが、自然界で何をしでかすか分からないし、病気を撒き散らす恐れもある。実は、飼育下で外国産のダニなどに感染する場合があるのだ。
外国産のカブトやクワガタから感染するわけだが、小さいダニだからどんなルートで感染するか分からない。ショップから買ってきたマットや朽ち木にそういったものがまぎれていないとも限らないわけだ。
最近は、野外で外国産のダニにびっしり覆われたカブトムシが見つかったりもしているから、既に実害は出ている。いったん飼育した生き物を、うかつに放すわけにはいかないのだ。
これは昆虫だけではない。
今、野生のタヌキたちに蔓延している
カエルツボカビ病は、飼育下のヒメツメガエルやアフリカツメガエルにとっては致命的ではないらしいが、他の多くの種類のカエルにとっては死亡率の高い感染症を引き起こす。
つまり、外来種や人工品種でなくとも、一度飼育したらその辺に放すことは、大きなリスクを伴うと言える。
飼育に飽きたら、あるいは飼えなくなったら、野生に返してやる、なんていうのが、過去の日本では当たり前のように行われてきたし、それがいいことのように思われてきたフシがある。
ある程度以上の歳の人は、いまだにそんな考えを持っているが、それは人間がグローバルに活動していなかった頃の話。
こうも人間の活動範囲が広がってくると、どこで何がどうなるか分からないのだから、できるだけそっとしておくしかない、のだろう。
正直、それはそれでつまらない気もするのだが。
まあ、そんなに殖えるのが面倒くさいと思ったら、このハナムグリの場合、最初っから最後まで野生状態で観察する、という手もある。
庭に落ち葉を積んでおくのだ。
この場合、気をつけるのはモグラが侵入してこないよう、周囲にブロックや波板を埋めたり、大きめのプランターを使ったり、そもそもモグラがいないような場所を使うことくらいか。
これだけで、翌年の秋にはハナムグリの幼虫がごっそり観察できる可能性が高い。
カブトやクワガタと違って飛翔能力が高く、樹液だけでなく花にも集まるから、都会にも結構いるのだ。
成虫の様子を観察したければ、リョウブ、クサギ、クリ、ウワミズザクラなどを植えておくといい。ヒメジョオン、オオイタドリ、ヤブガラシなどの花にも来るが、どれも悪名高き『雑草』で周囲から苦情が来やすいので避けておいた方が無難だ。
ミカンや夏ミカンなどの柑橘類の花にも集まるし、これらはアゲハ類の食草でもあるから、植えておけば昆虫ガーデンとしては理想的にも思えるが、実際にやってみると彼等に食われて丸坊主になり、枯れてしまうことが多いのであまりお勧めはしない。
庭先の花で、宝石のような甲虫を観察するというのは、かなりな贅沢だと思うので、よろしければお試しあれ。
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