第6話 カラスヘビ

 幼少時から、とにかく『手当たり次第に飼育してみる主義』だったから、変わったモノも結構飼った。定番の熱帯魚やカブトムシ、オタマジャクシ、ザリガニから、ニワトリ、ハムスター、犬、猫、海水浴時に捕まえたカニはもとより、魚屋で買ってきたサザエやウニ、防波堤や用水路で釣ってきた魚などもずっと飼っていた。

 それは大人になってからも変わらず、ついこの前まで相当数の生き物を飼育していた。

地元では「両生・爬虫類好きの変わった男」で通っていて、そう認識している輩も多いが、べつに両生・爬虫類が特に好きなわけではない。

 手間が掛からないヤツが多いので、比較的多く飼っていただけだ。しかもカメに代表されるが、彼等は寿命が長い。結果的に、飼育部屋は次第にそいつらだけになっていくというわけだ。

 こんなことがあった。

 二十代半ば頃。地元に帰った俺は、親の勧めで何度か見合い写真を見せられていたが、なかなか見合いするまでには至らなかった。そんなある日のこと。見知らぬオッサンが勤務先に訪ねてきた。

オッサンは、受付の女性を無視して事務所の中へずかずかと入ってくるなり開口一番。


「あんた……ヘビ飼っていなさるのか?」


 挨拶も何も無し。

 出し抜けに無礼も甚だしい話だが、あまりのことに俺の脳は対応が追いつかなかった。

 しばらく目を白黒させるだけだったが、とにかく何か受け答えはしなくてはならない。俺は正直なところを答えた。


「いや、ヘビは飼っていませんけれども?」


「そうなのか? あんたはヘビを抱いて寝ていて、引き出しでネズミを飼って、ソレを餌にしてるってもっぱらの噂なんだが……」


「いやいや。まずヘビなんか飼ってませんけど、もし飼ってたとしても、抱いて寝たりなんかしませんよ。体温とストレスで、ヘビ、死んじゃいますって」


 もっぱらの噂って、どこで噂になってんだ。

 ていうかあんたは誰だ。何者だ。


「そうか……いや、それならいいんだが……」


 とことん名乗る気ないなこのオッサン。もう聞くしかない。


「で? どういうご用件なんですか?」


「いや、実はワシは仲人やっとるこういうモンなんやけどな――――」


 オッサンはようやく名刺を差し出した。それでようやく分かったのである。

 このオッサンは「職業仲人」つまり、見合い相手を斡旋して報酬を貰う、という人だったのだ。これは田舎特有の商売……というか、ご隠居の趣味みたいなモンである。

 そういう連中が、結婚相手を探す独身男女の情報を持ち寄る会を開いている、ということらしい。

 それはいいのだが、そこに嫁を探す未婚男として俺の名が出ているらしいのだ。俺の立場は長男で家付き。遊び歩くわけでなく、飲み歩くわけでなく、博打好きなわけでもない。

 条件自体は悪くないものの、どうも尋常ならざる性癖を持つ、という噂があった。

 それが「ヘビと寝ている」というものだったらしい。

 そうと分かれば話は早い。

 俺は笑顔で、ネズミを引き出しで飼育しているのは事実であること、カメ、トカゲ、魚、昆虫その他、数十種類、百個体以上飼育していることを告げてお引き取り願った。

 敢えて悪い噂を流すこともなかったろうが、生き物飼育に不寛容な女性とは結婚できない。そう思ったから、ありのままを伝えたわけだ。

 まあ、ネズミといっても実は「ロボロフスキーハムスター」。

 小さく、素早く、よく殖えるので、プラケでの飼育では追っつかず、引き出し状の衣装ケース棚で飼育していただけなのだが。

 そして、予想通りというか何というか、その後しばらく見合いの話は来なくなり、たまに来た縁談も失敗続きであった。べつに嫌がられるほど不細工なわけでも、ダメ男だったわけでもない、と自分では思う。

 だが、最大のネックが「生物飼育」であったとも思ってはいない。

 たぶん、拙作「きゃっち☆あんど☆いーと」でも書いた片思いの子のレベルが高すぎて、どんな人に対してもそういう気になれず、態度がいい加減になっていたというのが最も大きな原因だろう。

 その子が結婚したというメールをもらった頃、なんとなく覚悟が決まったせいもあって今の妻と結婚したのが証拠みたいなものだ。

 妻とは当然お見合いであり、生き物については充分確認したつもりだったが、妻は、普通の女性以上に、生き物に不寛容であったのは計算外だった。

 最初に「生き物大丈夫か?」と確認し、「大丈夫」というからおつきあいしたのだが、何度目かのデートで連れて行ったヘビ展でのこと。

 「田舎育ちだしヘビでも大丈夫」と聞いていたので、安心していたのだが、タッチコーナーで手渡された白蛇を見せようとしたら、ダッシュで逃げられた。

 よく聞くと農村出身のくせに、じっくりヘビを見たことがなかったようだ。他の生き物にもそもそも興味がないから、観察していない。つまり、どんだけキモイか実感してなかったということらしい。

 まあ、冷静に考えれば、周囲にいるからといってそうじっくり眺める人間ばかりではない。そもそも、デートにヘビ展を選ぶ時点でヤバイ人扱いされても仕方ないが、それでも結婚してくれた妻には感謝するしかないのだろう。


 しかし結局、結婚後も生き物飼育を止めろと言われ続けた。

 こっそり通販で買ったトカゲがバレて小遣いが減額され、制度も大幅に変更になったり、自宅に現れるハエやクモ、コオロギなどはすべて飼育部屋からの脱出だとレッテルを貼られたり、真冬に飼育部屋の電源ブレーカを落とされて全滅させられそうになったりした。

 で、長年の戦いの末、結局俺の家から飼育部屋はなくなり、今は娘のピアノ部屋。

 最も日当たりの良い部屋を占領して、電気代や水道代をかけまくっていたのだから、このご時世、仕方ないといえば仕方ないのだが。

 だが、べつに生物飼育が嫌いになったわけではない。

 ずいぶんと数は少なくなったが、カメは五種類、クワガタは三種類、魚は七種類、その他植物やカタツムリなど、数種類を飼育している。

 要するに、電気を使わず手間も掛からない連中だけ残ったわけだ。


 さて。

 ヘビを飼ったことがない。わけではない。

 その変な仲人のオッサンに聞かれた当時は飼っていなかっただけだ。

 だがこれまで飼ったヘビは二種だけ。シマヘビとリュウキュウアオヘビ。爬虫類飼育マニアにとっては、たったの二種か、てなところだろうが、人目をはばかって飼うには限界といったところだろう。メクラヘビもしばらく飼っていたが、あれはヘビではないので省く。

 どちらにせよ飼育下での世代交代まではいっていないから、俺自身の基準で言えば、飼っていたことにはならないのだが、今回はシマヘビの話を書こうと思う。


 シマヘビといっても、その時飼っていたのは真っ黒なヘビだった。

 通称、カラスヘビといって、シマヘビにはよくある色彩変異で、ネット通販で買ったのだ。

 買った理由は、大変物騒で申し訳ないが、ヤクザまがいの相手を脅すためだった。

 その相手は取引先だが、とにかく払いが悪い。

 支払が遅いだけでなく、値切りがハンパ無く、過去のミスを引き合いに出しては、難癖を付け、結局、請求の半額程度しか払わないのだ。

 それも数千万円の売上のうち半分だから、値引き額が数千万単位。

 部品代は出るが、工賃はほぼゼロの計算だ。フツーに考えて、そんなんで商売が成り立つわけがない。だから正直、縁を切りたいのだが、向こうにしてみれば他にそんなに面倒を見てくれる会社はないから、脅したりすかしたりして縁を切らせない。

 しかしその頃、急逝した親父から会社を受け継ぎ、赤字の連続で非常に苦しい時に、ごっそり数千万も値引きされ、あまつさえ、数年前に俺が言ったことを曲解して、一度集金した金を返金させるという暴挙にまで出たもんだから、俺は完全にアタマに来た。

 ヤツの事務所に、不吉な黒いヘビを放してやろう、と真剣に考えた。

 田舎のオッサンは、大抵ヘビ嫌いだ。オッサンでなくても嫌いな人は多いだろうが、常軌を逸した嫌い方をするのは田舎のオッサンが多い。あくまで経験上だが。

 普段、ベンツなど乗り回しているごついオッサンも、めちゃくちゃ驚くに違いない。

 卒倒してくれれば儲けもん。すぐに捨てられるだろうが、そうしたらまた手に入れて放しに行けばいい。心身ともに衰弱するまで、事務所にヘビを放し続けてやる。

 冗談抜きでそう考えた。

 ネットでカラスヘビを検索し、通販可能な店を探す。その日のうちにメールでやりとり、現金を振り込み、数日後にはカラスヘビが届いた。

 だが、宅急便の箱を開けた瞬間。


「おおおお……なんて美しい黒……」


 カラスヘビとはよく言ったモンだ。

 カラスの濡れ羽色にも喩えられるほどの、光沢と深み。全身黒のカラスヘビは珍しいようだが、その個体は口元に少し白が入っているくらいで、ほぼ真っ黒だった。

 そして更に美しかったのが目だ。

 ヘビの目は、本来無機質で感情表現に乏しいが、それだけに純粋な美しさを持つ。シマヘビの目は普通、鳶色をしていてそれはそれで美しいのだが、瞳孔が小さいので怖がる人も多い。

 ところがカラスヘビは、色素が沈着しているせいか、目全体が黒いのだ。それがまた何とも言えず愛嬌があって美しい。

 これをポケットに忍ばせ、ヤクザもどきの事務所に放つのは簡単だ。

 だが、もしこのヘビが殺されてしまったらどうするのか。

 ヘビに罪はない。

 こんな美しい生き物を、人間のくだらない価値観で殺されてたまるか、と思った。

 ヤクザがその気になれば、勤務先どころか、家族、ご近所、親戚、子供の学校までめちゃくちゃに出来るという。

 ビオトープ管理士がその気になれば、事務所どころか自宅から子供の学校、地域全体まで、あらゆるキモイ生き物や毒虫で埋め尽くすことは出来る。

 だが、それで生き物たちに迷惑を掛けることは、俺の信条が許さない。

 人間どもは別にどうでもいいが。

 そういうわけで、カラスヘビはそのまま俺の飼育室の仲間入りをしたのであった。


 ヘビの飼育は意外に簡単だ。

 日光浴も散歩もレイアウトも要らない。

 餌も毎日与える必要はない。

 新聞紙を敷いたケージは、体を丸めるだけのスペースがあればいい。

 生き物を丸呑みにする捕食法だから、活き餌を与えるしかなかった時代は、マウスを飼育したり、カエルを採集に行ったりして飼うしかなかったらしいが、今や冷凍マウスが簡単に手に入るから、それを解凍してピンセットでつかみ、目の前でフルフルふってやるだけで食いつく。

 慣れてくれば無闇に噛み付かない。

 そう、ヘビは人慣れもするのだ。といっても勘違いしてはいけない。『馴れる』のではなく、『慣れる』のだ。尻尾振って媚びたり、呼ぶとやって来たり、芸をしたりはまずしない。

 だが、腹が減ったら人の気配を察して隠れ家から出てきたり、手の平にのせて餌をやったりも出来るようになるし、ピンセットでなく指でつまんで餌を与えても、指には食いつかないくらいのことはやるようになる。

 カメとヘビなら、ヘビの方がずっと飼いやすくペット向き、というのが爬虫類マニアの間でも定評だが、まあ見てくれだけで嫌がる人の多いこと多いこと。

 見てくれだって、じっくり見ればあんな美しい生き物はいないのだが。


 しかしこのカラスヘビ。結局、俺の手元で数年生きる間、一度も自ら餌をとらなかった。

根気よく数十分も目の前で解凍マウスをブラブラさせたし、そのマウスだって毛の生えていない幼マウス、いわゆるピンクマウスから、少し毛の生えたファジーマウス、立派なアダルトマウスまで試してみたが、無駄だった。

 結局、一週間に一度、口をこじ開けてピンクマウスを押し込み、吐き出さないようにのどをマッサージする、というめんどくさい給餌をやり続けていたのだが、ある時、どうしても冷凍マウスが手に入らなくなり、数週間餌をやれなかったことがあった。

 代わりのモノといってもなかなか見つからないし、野生のカエルをやると寄生虫が怖い。

 それで少し痩せさせてしまったのだが、そのまま急速に衰え、無理やり食わせても吐き出すようになって死んだ。

 繁殖個体でなく野外採集モノだったらしいが、ヘビは偏食傾向もあって、何故かカエルしか食わない個体や、トカゲしか食わない個体もいるらしい。白いマウスではダメだが、野生色の茶色いマウスなら食うという個体までいるらしく、ヘビを飼うなら多少高価でも自家繁殖モノに限る。


 ヤクザまがいの相手は、どうなったかというと、いまだに取引がある。

 ある時。俺を怒らせたバチが当たったのか、カラスヘビの祟りか、日頃の贅沢な食生活が祟ったのか、倒れて生死を彷徨い、退院してきた時には性格が少しだけ丸くなっていた。

 そのせいってんでもなかろうが、今は正規料金の七割くらいはくれるようになったので、なんとかおつきあいできている状況だ。

 あまり儲けさせてはくれないが。


 カラスヘビは機会があれば、もう一度飼育してみたい生き物だ。

 不吉な黒いヘビだが、俺にとっては色んなコトを考え直す機会を与えてくれた、幸運のヘビなのだから。


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