第3話 ダンゴムシ

 自然界で生きるべきものを、無理やり手元に置く、というのは、どこまでいっても個人のエゴでしかない。

だが、飼育する、というのは一つの重要な技術でもある、と俺は思っている。 

 生き物の生活を飼育下で再現することで、見えてくるものもあるわけで、それが生き物の保護や環境保全につながることもある。

 そんなもの、水族館や動物園にだけ任せておけばいい、とお考えの向きもあるかも知れないが、そうした公的機関は予算がなければ何も出来ないため、往々にして目立つモノ、貴重なモノ、人気のあるモノにばかり軸足を置く。

 その辺にいる普通の生き物や、地味であったり、手間が掛かったり、しかもキモかったりする生物をそういう機関は真面目に飼育しようとはしない。

 現にそういった生物で飼育法、繁殖法、栽培法の確立にアマチュアが貢献している例が非常に多いことは、ぜひ知っておいていただきたい。

 しかも、普通種と言われていた生き物が、絶滅危惧種になったり絶滅した例のなんと多いことか。

 だから、その辺の生き物を飼うことがまったくの無駄とはいえない、と俺は思うのだ。


 例えば、今回ご紹介するオカダンゴムシ。

 タイトルに反してなんで一番目じゃないのか、などという疑問はおいといて……これを展示している動物園や水族館、博物館が国内にいくつあるだろうか?

 神戸市立博物館が「ハナダカダンゴムシ」を展示しているらしいが、この場合は、少々珍しい種類。どこにでもいるダンゴムシを飼育、研究、展示する施設はそうはないと思われる。

 以前、どっかの博物館でダンゴムシを展示しているのを見たこともあるが、下手くそな飼い方プラス展示するための高光量ですっかり乾いて全滅していた。


 ダンゴムシは比較的可愛い。

いや、土壌動物にしては可愛いというべきか。

 これは俺の主観ではあるが、そう思う人は多いと思う。節がたくさんある生き物が苦手な人も、ダンゴムシくらいなら平気、という人は多い。

まず、あの短さが良い。

 ヤスデやムカデ、ゲジなどの多足類も俺はべつに嫌いではないが、あの長さと目立つ脚の多さが、人間どもに嫌われる理由の一つであることは疑いがない。

 あの適度なスピードも良い。

 ゲジやムカデほど素早くなく、ナメクジやコウガイビルほど遅くない。

 ゆっくり歩いているクセに、いつの間にかとんでもないところまで辿り着いている。なんとも味のある遅さなのだ。

 乾いた体も良い。

 土壌動物というと、ヌメヌメうにょうにょした印象があって、事実そういう連中も多いわけだが、ダンゴムシに関してはサラッとしていて堅くて良い。

 その生態も良い。

 土壌、すなわち地べたに棲んでいるわけだが、落ち葉を中心に何でも食べ、有機物を土に返すという地球に優しい(笑)生き物。

 その他、歩いていて突き当たると必ず右、左、と交互に曲がる習性。鳴かず、飛ばず、物静か。

 またほとんどがボルバキアという微生物に寄生されていて、性別をコントロールされてしまっている。卵に寄生して渡り歩くボルバキアにとってオスは邪魔なので、メス化させられてしまっている場合が多いのだ。


 俺の子が小学校高学年になってからは、自由研究ってヤツの受賞作をチェックしているが、ほぼ毎年のように、ダンゴムシをテーマにしている子がいる。

 それほどまでにダンゴムシは万人に愛される生き物だということだ。

 そういえば子供の頃、庭先で大量に捕まえ、イチゴの空きパックに入れて、飼育しようと試みたものだ。家の中に持ち込むと、即日母に捨てられたので、庭先でキープしようとしたが、雨で水没死させたり、日光で乾燥死させたりで、結局うまく飼育できたことは一度もなかった。

 では、このダンゴムシ、どうやって飼えばいいのか?

 ダンゴムシといえば、ネット上では日陰者の代名詞のように使われるが、たしかに彼等を日向で見つけることは、ほぼ不可能であろう。

 よく見かける場所といえば、庭先や公園などの落ち葉や石の下が定番だ。雨が降った後などは、公衆便所など建物の壁に登っていることもあるが、大抵は見える場所にいない。

 生き物を飼育する、となれば、まずは自然の生息空間を再現することを普通考える。

 だが、『公園の石の下』なんてものを、飼育下でどう再現するか? となると、これが結構難しいのだ。

 やってみれば分かるが、よく販売されている飼育ケース、いわゆるプラケに放り込んだだけでは、ダンゴムシはあまり長生きしてくれない。

 俺も当初は、よくプラケの中で干涸らびさせてしまったものだ。


「土を入れればいいんでないの?」


 というあなた、それは浅はかだ。モノを知らない昔の俺も、そのくらいのことは考えついた。

 プラケに薄く庭の土を入れ、落ち葉をばらまいてダンゴムシを入れる。

 この程度の飼い方でも、数日は生きてくれる。だが、何故か次第に弱り、ポツポツと死んでいくのだ。

 問題は、プラケ内の土の湿度を安定させるのが難しいことだ。

 とりあえず足場があればいいだろうと、土を薄く敷くのがいけない。

 毎日霧吹きをすれば、水分は維持できるが、それでは手間が掛かりすぎる。鳴きもせず、派手な捕食シーンもなく、常に物陰に隠れているような連中に霧吹きするためだけに、毎日観察するか? と聞かれれば、大抵の人はノーであろう。

 ならば、滅多にのぞき込まなくても大丈夫なようにセッティングすべきなのだ。

 ダンゴムシを飼うには、湿度保持のために中型以上のプラケを用意する。千円まではいかないが、そのくらいの値段のヤツだ。そして深さの半分ほどもたっぷりと、土を入れるのがポイントとなる。

 なんとなく、飼育ケースが土ばかりになってしまった印象を受けるかも知れないが、どうせ地べたを這い回るしか能のないダンゴムシ。生活スペースは変わらない。

 そして、プラケのフタと本体の間には、新聞紙を挟む。

 これはナメクジの項でも書かせていただいたが、プラケ使用の際の必殺技にして必需品といえる。小さな生き物の逸出を防ぐだけでなく、ショウジョウバエやノミバエ、コナダニ、ゴキブリといった生物が、周囲から侵入してくることも防いでくれる優れ物なのだ。

 そこへ、広葉樹の落ち葉を入れる。この落ち葉は餌と隠れ家兼用だから、広葉樹といっても、クスノキやユーカリなど香りの強いものはよくない。

 クリ、クヌギ、コナラ、サクラ、プラタナスなど、いわゆる落葉広葉樹の柔らかい葉を使う。サザンカやツバキなど常緑広葉樹の固すぎる葉も食べなくはないし、なかなか無くならないので、餌皿や隠れ家として使うなら悪くない。

 こうして落ち葉だけ入れておいてもなんとか飼えるし、葉っぱは地味に減っていくものの、やはり見ていて面白いものではない。

 そこで、野菜とか果物とか煮干しとかドッグフードとか、いろんなモノを入れて反応を見るのが一つの楽しみとなる。

 彼等は雑食であるが、「好きなモノ」というのはあるわけで、特にそういうものを与えると、喜んでみんなでしがみつき、食べる。

 ダンゴムシを飼っていて、唯一楽しめる時間であるかも知れない。

 だが、落ち葉以外の餌は毎日交換する。ナメクジの項でも書いたが、与えた餌は腐りやすいしカビやすいのだ。

 ケージ内は常に一定温度、一定湿度が理想的だから、限られた種類のカビが大繁殖することがあり、厄介なのだ。

 庭土や畑土を使っているとそういうことは起きにくいが、絶対起こらないわけではない。

 もともと地べたに住んでいるダンゴムシのこと、カビくらい生えても平気そうに思うかも知れないが、カビは自分の版図を守るため、抗生物質という名の毒を出す。

 かのゴキブリでもハエでも、飼育上の大敵はカビで、カビにやられてあっさり死ぬのであるから、ダンゴムシに限らずどんな生き物でもカビは生えないに越したことはない、と覚えておこう。


 プラケの置き場所も重要。高温と日光が大敵だから、窓際や玄関先なんかには絶対置いてはいけない。温度変化が少なく、よく観察できる場所がいい。

 俺の場合は、自室の本棚にスペースを作って置いていた。

 水分は霧吹き。たまに落ち葉を入れるだけで、日に当てる必要もなくいつまでも生きている。なかなか良いインテリアだ。


 そうやってしばらく飼育していると、一mmもないような、白い虫が無数に土の間を動き回っているのを見つけるかも知れない。

 これは、ダンゴムシの子供達。

 ダンゴムシは卵ではなく子供を生むのだ。正確には、メスのお腹に卵を抱えて孵化まで守って過ごすのだが、そういった前振りなしに、ある日急にチビダンゴムシが無数に現れるものだから、苦手な人にとってそのショックはでかい。

 一匹一匹は小さいダンゴムシの姿をしていて結構可愛いのだが、まとまって蠢かれると、正直言ってかなりキモイ。

 一週間もすると少しずつ色づいてきてダンゴムシらしくなり、キモさは半減するが、餌にびっしりたかる様は、なかなかに衝撃的だ。


 びっしりといえば、犬の散歩をしていると不届きな飼い主が放置した犬糞があるので、俺はいつも回収してやるのだが、暑い時期にはこれにダンゴムシがびっしりたかっていることがよくある。

 おそらく食べる、というよりは水分を採っているのだろうが、理屈はどうあれダンゴムシに素手で触る気は無くなる。

 ちなみに、ナメクジやヤスデも犬糞にたかっているのをよく見る。臭いだけでなく、回虫卵などがあって危険なので、そういう生き物にさわった後も手は洗うべき……っていうかバカ飼い主ども、ちゃんと片付けろや。


 まあ、それはさておき、自家繁殖したダンゴムシは実に可愛い。大人になるまで一年以上かかるが、それだけに長く楽しめる。

 さらに、どんどん殖やしていくうちに、中に色の違う個体が出てきたらラッキー。真っ白なアルビノ個体は、数千匹から数万匹に一匹と言われていて、ネットで高値で取引されていたりもする。

 ちなみに青い個体はイリドウイルスに冒されている「病気個体」で長生きしないので、野外で見つけても手を出さない方がいい。他の健康な個体まで死んでしまうからだ。

 ダンゴムシを真剣に飼っている人はそう多くないから、新しい発見もあるだろう。色彩変異にしても、白だけでなく、黒とか赤とかあるかも知れないし、異様に大きな個体が出るかも知れない。

 何の手間も掛からず、癒しを得られて、もしかすると新しい発見もあるかも知れない。

 そんなダンゴムシ飼育の魅力の一端でもお伝えできただろうか?

 最後の犬糞のくだりで台無しって気もするが、それを言ったら犬猫だってたまに食糞するヤツはいる。

 要は、最初に捕まえたヤツは汚いかも、って思うくらいで充分。

 さあ、みなさんもレッツチャレンジ。


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