不愉快な赤い棘

春葉つづり

不愉快な赤い棘

 突然、きみは髪を真っ赤に染め上げてきた。理由をきみに聞いたのだけれど、要領を得るような回答はさっぱり得られなかった。

 もちろん、先生にもこっぴどく叱られたし、今すぐ帰って染め直してきなさいとしつこく言われたのに、きみは、そっぽを向いて聞いてないフリをするばかりだった。

「夕焼けってきれいでしょう」

 こちらを突然ちらりと横目で見やって、きみは口角をニッと上げた。僕はそれが、髪を赤く染めた理由なのかいと訊いた。そうしたらきみは、口をひん曲げて、鼻息をひとつ吹いた。

 なにか理由があるのだろうか。突然のストレスとか。せめて彼氏の僕にくらいは何か言ってくれと、僕はきみにしつこく言ったのだけれど、きみは答えなかった。

 数学の時間。きみを盗み見た。あれ? 前のきみってどんなんだっけ?

 唐突に思い出せなくなる。以前のきみは消失して、色あせて、あざやかな赤いきみだけが、僕の視界に印象づけられる。

 きみはこちらを向いた。僕を恨みがましそうな、何か言いたそうな、含みのある視線でこちらを見ている。

 空を、落ちそうなくらいの高度で飛行機が飛んでいる。その轟音にかき消されてきみが何を言っているのか、聞き取れない。

 きみはまっすぐこちらを見据えている。

 そのまま何事かをまるで呪文のように、喋っている。僕は聞き取れないでいる。

「聞こえた?」

 明らかに不愉快そうに、きみが言う。僕は途方に暮れてしまって、力なく首を振った。

「別にいいけど」

 きみは、もういちどふんと鼻を鳴らした。

「未来の自分から見たら、どうでもいいのかしらね。今のこの不愉快なんて」

 僕にはその不愉快の原因がわからなかった。些細なことなのだろうか、それとも大きなことなのだろうか。それによって、どうでもいい事態ではなくなると思うよと、僕はいたって理論的に諭したのだが、そうしたら、きみは今度は笑った。

「人生を左右しない程度にはやさしい不愉快よ」

 僕は釈然としなかったが、ふうんと頷いておいた。

 校長が呼ばれる。親が呼ばれる。きみは相変わらず不機嫌だ。些細だけれども、瞬間的には大きな不愉快。そう、誰にでもあるかもしれない。

 他人と、未来の自分から見たら、失笑してしまうくらいの、一瞬の棘。

 それは大きな揺らぎのなかでいつか消えてしまうのもだろう。それでもきみにとっては大事態だ。

 そんな個人的な瞬間のゆらぎを気にする他人はそうそういない、だから、僕は、見守ることにした。

 きみがその棘を刺さったままにしながら、ひとりで帰って行く後ろ姿を見守っていた。

 次の日、きみは、きれいさっぱり赤髪をやめて登校してきた。昨日の不愉快の理由は何だったの? と訊いたら、きみは、にやにやと笑っていた。

 ただ、上機嫌で、僕に向かって、微笑んでいたのだった。

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