閑話休題② 恋愛事情Part2

 前回書ききれなかった当時の恋愛事情をもう少し。私の情報元は源氏物語など当時の物語で歴史書ではありません。それも残念なことに原文ではありません。それらを現代語訳した漫画や解説書を参考にしています。史実に忠実ではないかもしれません。それでも現代との違いをざっくばらんにご紹介させてください。


【好きになるきっかけ】とにかく身分が高貴であればあるほど、女性は姿を見せてはいけません。年頃になれば父親や兄弟ですら直接顔をあわさないくらい。声も発さない。お言葉はお付きの女房がかわりに伝えます。お屋敷でも障子や扉を閉め、御簾みす(今でいうすだれ?)を下ろし、几帳きちょう(今でいう移動式カーテン?)で姫を取り囲む。姫の身の回りの世話をするごくごく一部の女房だけが姿を見ることができ、声を聞くことができ、その人となりを直接知ることができるわけです。


 こうなると、どこそこの姫が美しいという噂が流れると、人づてにその姫の女房と連絡がとれるように図ります。男性側も侍従(家来)を使って。「うちの主人がおたくの姫さまに興味があるんだけど、どんな感じの姫? かわいい? 性格はどんな?」これに姫の女房が答えることになります。ここで女房は相手が自分のお仕えしている姫様にふさわしいか判断します。身分はどうか。どんな人なのか。評判はどうか。情報戦です。お話にもならないときは女房が断ってしまうでしょう。ときには屋敷の主人(姫の父親)に相談することもあったでしょう。姫様ご本人になんとなくさぐりをいれることもあったかもしれません。年頃の姫のところにはそんな探りが多々舞い込んだことでしょう。どなたとのお話をすすめるか、ここが女房の腕のみせどころです。

「将を射んとすればまず馬を射よ」ではありませんが、姫を落とすにはまず女房を味方につけることがなによりも重要でした。どうか自分のふみや和歌を姫に渡して仲を取り持ってほしい、と女房に頼んだわけです。入社試験の面接みたい? はたまたオーディション? 


 そんな情報戦を勝ち抜いた男性はようやく女性にふみや和歌を贈るようになります。女性はその文や和歌から彼の人となりを読み取り、女房からの情報(口コミ?)を聞き、まぁ会ってみてもいいかな、と思えば歌や文を返すことになります。興味がなければ返事はしません。


 ここまで読んでお分かりのとおり、残念なことに女性側の気持ちはあまり反映されません。特に最初の段階では。自分の父親はある程度の官位の役人ですから、家へもお客として多くの貴族がやってきます。彼らの姿を女性の方は部屋の中から見ることができました。それにだれそれは蹴鞠けまり(当時の貴族のたしなみ。今でいう数人でするサッカーのリフティング?)がとても上手だ、とか、だれそれは和歌の名手だ、琴や琵琶がうまいのはだれそれだの噂が飛び交います。「あの人、かっこいいわ」「あら、こっちもイケメン」「あの方の琴が聞いてみたいわ」なんて思うこともあったでしょう。けれども女性の側からアクションをおこすことはできませんでした。父親に「あの人のことが気になるんだけど」とうっすら伝えるのがやっとだったかもしれません。それも人づてに。あくまでもうっすらと。父親が娘につりあうふさわしい相手だと認めれば、父親経由で男性に話を持ち込むことはあったかもしれません。「いや、うちの娘がね、これが結構キレ―でね、年頃なんだよねぇ」なぁんてつぶやいてみるのです。カレの前で。


 まぁ、想像もつかないくらいに回りくどい。見知らぬ人とでも簡単にチャットができるようになった現代とはあたりまえですが、比べようにならない世界です。でも、そうした回りくどい行程を経ながら恋しい気持ちが増幅していくのかもしれませんよね。「そこまで焦らされるなら絶対会ってやる。彼女を落として見せる!」ってね。そしてそんな情熱的な歌がいくつも届けば「あら、そんなにまで私のことを……」とこちらも盛り上がるのかもしれません。あくまでも推測ですけれどね。



【デート】ようやく回りくどい行程を経て、男性は姫のお部屋に伺えることになります。でもまだ直接会いません。姫のお部屋にやってきても、御簾みす几帳きちょうで隔てられた席に座ります。話しかけたり和歌を詠むと姫付きの女房が代わりに返事をします。それでも姫の衣装から漂うお香の薫りが漂ってきたり、ちらっと長い黒髪が見えたり、女房を介していた会話だったのが直接声が聞けるようになったり、とステップアップしていきます。ときおり琵琶や笛や琴などの演奏を披露したり、合奏したりもするかもしれません。まさに五感で感じる恋ですよね。そしてやっとのことでご対面となるわけです。


 そうして、まぁ、オトナの関係になり(会ってからここまでの展開は早すぎません?)、朝を迎える前に男性は帰ります。いくら離れたくないと思っても朝まで滞在するとお互いの評判が落ちてしまいます。そして帰宅したらすぐに彼女のもとへ歌を届けます。「後朝きぬぎぬの歌」といって、送るのが早ければ早いほど誠意の証となります。贈らないなんて論外。疲れた~なんて寝ている場合ではないのです。こうしたやりとりで女性側も「あら、素敵なお歌。結構、本気なのね」とキュンとして「今晩も来てね(^_-)-☆待ってるわ」なんて返事をしたのかしら? 

 返事が遅かったり、来なかったりしたら? 「うっそ、私、ダメだったってこと? フラれるの?」なんてことになります。そして、よろしくない評判がたってしまうのです。そうは言ってもね、そっちが勝手に盛り上がってやってきたんじゃないの! あんなに会って、会ってっていうから会ってあげたんじゃないの! アタシ自分から綺麗だとか美人だとか言ってないわよ! なのに何よ、1回会っただけでアタシを捨てるの! ちょっと! どうゆうことよ!! ……、女性の叫びが聞こえるようです。

 まあね、男性の言い分もわからなくもないですよ? いや――、美人だ美人だって評判だから、やっとのことで会いに行ってきたけどさぁ……。暗くてあんまり見えなかったけどさぁ……。なんかさぁ……。

 そもそも好きになるきっかけが噂話からですからね。こんなことも多々あったのでしょうね。

 

 源氏物語の末摘花の君とのエピソードがこれにあたります。あのドッロドロの恋愛絵巻の中でもほっこりさせられるエピソードです。源氏と友人の頭中将はウワサの美女と付き合おうとお互いをけん制し合います。頭中将に奪われたくない源氏は姫君の部屋に侵入します。噂をたよりにやっとのことでお会いした姫君は源氏の想像していたような美しい姫ではありませんでした。他の男の人ならそれかぎりで見捨ててしまったかもしれませんが、源氏は彼女を色恋がらみではなくいたわしく思い、世話をするようになります。鉤鼻のような鼻の先が寒さで赤かったので、「末摘花(紅花=紅鼻の別称)の君」と名付けたようです。


 そう、デートといっても彼女のお部屋で夜に逢うだけ。ええ、ええ、エッチして帰る。会うまでの歌のやり取りなどは風流ですけれど、会ったらいきなりカラダの関係? もっとさぁ、楽しいこといろいろあるでしょ。出かけられないにしても、音楽聞いたり、楽器を演奏したり、映画見たり(この時代なら絵をみたり、小説よんだり?)、ゲームしたり(絵合わせとかにする?)、ふたりで料理を作ったり(高貴な人達だからそれはしないか)、それを食べ(これはできるよね)……。あ、お酒なんか飲んでみる? お月様ながめながらお団子食べたりして、お酒飲んだりして、また風流な歌なんか贈りっこしたりすればいいのに。そんなことしながら楽しくおしゃべりして相手のことが徐々にわかってきて好きになっていくんじゃないのかなぁ。いや、いいんですよ、エッチもね。でもなんだかそれだけが目的のような感じがしてしまうのは源氏物語に感化されすぎ? なのかしら?

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