卒業式「青空にとぶ」
今日は卒業式です。
みんなスーツなり
それはさておき、僕は小菅君のことが心配です。三学期から学校に来ない小菅君は絶対に出席日数が足りていないに違いありません。来年度はどうするのでしょうか。このまま引きこもりかニートへ一直線なのでしょうか。
僕は小菅君の力になることが出来ませんでした。そもそもどうして学校に来なくなったのかを知りません。後悔が浮かびます。僕はもう少し踏み込むべきだったかもしれません。そうしたら小菅君の助けになれたかもしれなかったのですから。
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ようやく儀礼的なアレコレが終了し体育館を退出することになりました。女子には泣いている子がちらほらいます。もちろん僕は泣きません。
ふうと息を吐いてから周りの様子を見ると、猫山田さんと寺原さんが仲良く話していました。寺原さんは転校前にいた地方の国立大学に進学するそうです。彼女は泣いていません。笑っていました。
担任のそれなりにありがたい最後の話が終わり、みんな思い思いに集まったり帰ったりしています。彼等の喧騒をぼんやりと眺めているとなんとなく惜しいものを感じます。曖昧な名残惜しさを振り切って僕は教室を出ました。
廊下もやはり同様の喧騒に満ちています。そうです、とうとう高校を卒業するのです。僕は最後にF組の教室を覘くことにしました。そこには一脚だけ花瓶の置かれた机がありました。あんなにも明るく希望に満ちていた彼は死に、一方でうすらぼんやりと流されるだけの自分は馬鹿みたいにとんとん拍子で卒業します。僕はどうしようもない理不尽を覚えました。
彼のためとか。彼の分までとか。彼のようにとか。そんなふうには出来ないけれど。それでも生きています。生き続けていきます。いつかマロと馬鹿みたいに笑い合えて良かったと思える日まで。だから今はさようなら。僕は心の中で小さく呟いて別れを告げます。
「やあ骨折」
F組を離れたところで振袖姿の猫山田さんに会います。ちゃんと化粧なんかしちゃっていつもより可愛らしいです。
「卒業おめでとう。どこ行くんだっけ? 確か浪人じゃなかったよね」
「うん、そうだよ」
僕は合格した大学の名前を言いました。
「そかそか、骨折も無事大学生か。まあ大学では骨折するなよ」
「しないよ」
僕は口を尖らせて
「猫山田さんはいつ頃フランスに行くの?」
「ちょうど一週間後」
「早いね」
留学とは僕の想像以上に大変なことみたいでした。けれどもやっぱり猫山田さんはなんでもないように言います。
「ま、色々準備あるし。あっちに慣れておきたいしね」
「あーそうだよね」
僕は意味のない相槌を打つことしか出来ません。彼女と会うのはきっとこれが最後です。他に何か言っておくことがあるような気がしますが何も言えません。
伝えるべき言葉を探しているうちに猫山田さんの友人が彼女を呼びます。
「あー、うん、じゃあね骨折」
「あ、うん、じゃあね」
猫山田さんとぎこちなく別れ、僕は一人になります。帰るために淡々と廊下を歩きます。
ふと猫山田さんのやけに楽しそうな笑顔を思い浮かびます。もしかして自分は猫山田さんのことが好きなのかもしれない。そう思うと猛烈な後悔が襲いかかってきます。急いで後ろを振り向いても猫山田さんはいません。いるはずもありません。僕は泣きたいような叫びたいような、どうしようもなくぐちゃぐちゃな気持ちになりました。
嗚呼、やっぱり僕は地べたを這いずるだけなのです。猫山田さんのように、マロのように、月島君のように青空を飛ぶことなんて出来ないのです。
果たしてこんな僕は大学で上手くやっていけるでしょうか。大学を切り抜けたとしても就活して働いて。そんなまともな社会生活が出来るのでしょうか。今の僕はかなり否定的です。
やがて階段に差しかかりました。溜息をつき重い足でおりて行きます。
でも、とどこか諦め切れない僕がささやきます。きっと僕も彼等のように飛ぶことが出来るよ。新しい自分になれるよ。惨めで醜かったけれど、僕だって地べたを這いずり進み続けていたのだから。青空を飛びたいと願っているんだからと。
青空を飛びたい。そんなやりきれない感情が僕を満たしました。
階下の踊り場には小さな窓があります。そこから青空が見えました。澄み渡る青空が。歩みを止め、足に力をこめます。
それは階段三段分。
僕は青空に跳びました。
青空にとぶ ささやか @sasayaka
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