二学期①(欠席)

 当たり前ですが九月になると学校が始まります。僕は相も変わらず羽虫の群れに混じって登校していました。新鮮味ゼロの退屈な日常第二部の始まり始まりもうやめたい。どうせ誤差の範囲内なんだからみんなみんな死んじゃえばいいよー、って思いました。今日も空は青いなあ。

 始業式です。めんどいです。ありきたりです。

 HRです。めんどいです。ありきたりです。

 こうして僕の二学期は始まるのです。です! です!!



   ✚



 始業式の朝はなんとなく浮ついた空気が流れています。夏休みの残り香です。高校最後の夏休み、羽虫のみんなは受験勉強が辛いとかなんとか愚痴を零しながらなんだかんだで青春とやらを謳歌していたのでしょう。


「やあ、骨折」


 猫山田さんはにやにやと笑みを浮かべ、僕の机までやって来ました。


「松葉杖はもう終わりか、つまらない」

「当り前だよ」


 そうです、夏休みという長すぎる雌伏の時を経て僕はとうとう松葉杖状態から脱却したのです。嗚呼、二本足で十全に歩けるって素晴らしい! 僕は地べたを歩けます!

 ですが猫山田さんはあろうことか舌打ちをします。


「ちぇ、つまらない。面白かったんだからもっとやりなよ」

「やだよ。あれ疲れるんだ」

「つまらないなあ。あたしは面白くないと退屈なんだ」

「面白国に帰りなよ。この世界は退屈だから」


 そう、退屈なのです。薄い灰色が覆う退屈な世界。猫山田さんほどの人なら青空を飛んでもっと自由で愉快な世界に行けばいいのです。

 僕も青空を飛べるはずでした。あの、きっと広く自由な空を。だけどどうしてだが僕はいつの間にか飛べなくなってしまったのです。僕はもう輝きに満ちた白紙ではありません。仕損じたコピー用紙です。


「別にそうでもないよ」


 だけど猫山田さんは朗らかに微笑みます。


「何を面白いとしてどう楽しむかは私次第じゃないか。退屈だ退屈だとくだを巻いていればどんなものでも退屈だよ。あたし達は自由だ。少なくとも空を飛ぶ鳥くらいにはね。たとえ生きることが退屈で苦痛でも、生きようとすることは素晴らしいんだ」

「まあ、そうかもしれないけど」


 僕は情けないくらいまともに頷けませんでした。頷けなかったのです。

 猫山田さんの目がすっと細まります。


「だからこうやって骨折をからかう、もとい、骨折と会話するのも中々愉快だよ」

「……うん、その言い直しは何かな」

「ほう、じゃあ君はあたしと話すのが退屈で仕方ないと」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「ならそれでいいじゃないか」


 猫山田さんの瞳はとても澄み切った黒で、僕はその漆黒に吸いこまれてしまいそうでした。それほど彼女の瞳は綺麗でした。性根はともかく少なくとも瞳は。少なくとも瞳は(大事なことなので繰り返しました)。

 僕は思いました。きっと猫山田さんはそれなりに尊敬に値すべき人だと。そして始業式だというのに小管君は休みでした。夏風邪だとしたら心配です。



   ✚



 こうしてどうして日々は過ぎていきます。二学期になったところで何か明るい方向に変化するとかそんなわけありません。もし時間の経過で全て解決するなら世界はもっと平和だし、僕の人生だってもっとましなはずです。まあせいぜい羽虫のざわめきに受験の音が多くなったくらいです。


「ハローハローハロー!」


 とかなんとか語りかけてくるマロを無視して、僕は速やかに羽虫まみれの廊下を通り過ぎます。


「ザ・スル―――! 無視するなんて酷いじゃないか山口!」


 しかし回りこまれてしまいました。


「ああ、マロ」


 僕はそこで初めてマロの存在に気づきました。断固として主張しますが、僕はここで初めてマロに気づいたのであって、それではまさかマロがいるなんて思いもしませんでした、ええ。


「おうっ。そうだろうそうだろう、俺に会えなくて夜な夜な眠れずに涙した山口よ! 安心しろ、俺は今ここにいる!」

「へえ。そうなんだ。それじゃ、またね」


 僕は家に帰り一休み。それから塾に行かなければなりません。ああ忙しい忙しい。受験生は灰色ながら暇じゃないのです。

 けれどもめげない負けない挫けないがモットーのマロはまだまだ喚きます。


「ファオッ! 山口ー、俺と一緒に図書館で素敵な一時を過ごさないか? なんか一人で勉強するのに飽きた!」

「えー」


 なんか、めんどーい。


「何だその、『なんか、めんどーい』ってな顔!」

「あ、うん。正解」


 マロのクセにわかるとは驚きです。


「HAHAHAHA! 冗談きついぜ。お前の言葉は思春期のナイフみたいよく切れる。流石は山口、口から生まれ出た男!」

「そうだね。それじゃまたね」


 僕は華麗なる通行を試みましたが、またしてもマロに回りこまれてしまいました。お前はどこぞのモンスターかっ、と脳内でツッコミを入れてから、あ、おおよそ間違ってないな、と一人で納得します。


「だから無視はよくないぜ。人の話はちゃんと聞きなさいって、小さい頃ママンに教わったろ。今こそその教えを守るときだ!」


 僕は溜息をつき、仕方なく尋ねました。これ以上馬鹿をやっていると周りから注目されてしまいそうです。いや、もう遅い気もしますが。


「……で、何?」

「HEY! 俺と一緒に図書館でランデブろうぜ!」

「だから、僕はこれから塾があるんだって」

「そんな一般大衆的方法でどうする! もっとオリジナリティを発揮しろ、この坂口め! わからないところがあるなら手取り足取り教えてやるよ! だから来い!」

「えー」


 だから、めんどーい。


「あのね、マロ」

「なんだ、俺は寂しいんだ」

「うん、そう、うん」


 マロのあまりにストレートな本音に、僕は思わず頷いてしまいますが、


「悪いけど今日は無理」


 断ります。


「今日は塾でテストがあるんだ。これを休むと後が大変なんだよ」

「…………そうか。………………わかった」

「だから、また今度ね」

「約束だぞ?」

「嘘なら五割増しで謝ってあげる」


 意気消沈するマロに言ってやります。やれやれだぜ。

 僕はこうしてマロと別れてから塾のテストという孤高の闘争に身を投じました。

 世界は今日も退屈です。

 そういえば南条君と柴田さんが別れたみたいです。理由はよくわかりません。それと最近小菅君を見ていないです。心配です。

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