夏休み③「悲しみなんて」

 それは夏季講習のある日、模試の結果が返却された時のことでした。


「聞いて驚け、見て轟け! これぞ、これこそが俺の偉大なる実力だ!」

「…………あー、うん」


 マロの模試の結果表を見て、僕はぼんやりと返事します。


「どうだ! 凄いだろう!」

「うん、素直に凄い」

「ファッファッファッファッファ、まあにゃ☆」


 マロの気味悪い笑い声を聞き流しながら、もう一度結果表を確認しますと、そこには全国トップレベルの成績が華々しく記載されています、よ、マロなのに……。


「山口よ、サインを貰うなら今のうちだぞ?」

「……へえ、サインくれるの?」


 鼻高々なマロ君が面白いことを宣いますので、僕はとっても愉快な気分になりました。


「おうともさ!」

「いくらでも?」

「愚問だ」

「ありがとう、じゃあ今度用意するから、連帯保証人として借用書にサインしてくれないかな。あ、ちなみに僕は借り逃げするつもりだけど気にしないで」

「……うん、ごめんなさい、大変調子に乗っておりました、すみませんでした」

「わかればよろしい」


 僕は胸を張って答えました。結果表をマロに返します。


「で、山口はどうだったのよ?」

「まあまあ、かな」

「具体的数値は? ああ、いや、わかっている、みなまで言うな、山口よ。どうせあれだろ、全教科77点とかそういうプライスレスな偉業をやってのけたんだろ。流石は山口、天に愛された男、正に英雄、yeah,you! ザ・幸運の王子!」

「もう、そんなんじゃないよ。ほら、見たかったら見ればいいでしょ」

「うむ、拝見」


 マロは僕の成績表を受け取りました。そして怒りました。


「………………普通だ。普通にいい成績だ。なんだこのつまらない結果は! せめてお前には全教科0点であって欲しかった! お前なんかもう山口じゃない。関口だ関口、関口の退屈優等生め!!」

「マロの方が成績いいのに理不尽だ……」

「俺はいいのだ。だが関口は駄目だ。他人の期待を裏切るなんて人として直下降だぞ。それに俺は最後の模試だから、少しくらい華があっても許されるんだよ」

「え? もう模試受けないの?」


 僕は驚きました。ただいまアブラゼミが狂乱する夏真っ盛りですから最後の模試にしては早過ぎます。何せ現役生はまだこれから、受験直前まで伸びるという都市伝説があるのですから。


「おいおい、関口。所詮しょせん模試は模試。いくらそんなものをやっても、本番が全てだぜ。一回受ければ十分だっての」

「まあそうかもしれないけど……。よく親が納得したね」

「まあにゃ☆ 俺の溢れんばかりの才能を知覚して、我が母上も当然に納得したのだよ。あっ、そうそう。ついでに二学期から塾も辞めるから」

「塾も辞めるの!?」


 僕はとても驚きました。いくらなんでもそれは性急な判断ではないでしょうか。

 けれどマロは平然と答えます。


「だって一人で勉強する方が効率いいし」

「そりゃマロくらい頭いいならそうかもしれないけどさあ……。なんてかマロってこの上なくマイペースだよね……」

「イエス! ゴーイングマイウェー! ウェ―――――!!」

「うん、二葉亭四迷」


 世界は今日も退屈です。

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