夏休み②「太陽の眩しさから宇宙の寒さへと思いをめぐらす者はいない」

「山口ー!」


 次の日、昨日と同じ席にひっそりと座っていると、やかましい大声が僕の耳を貫きました。


「お前その足どうしたんだ! いや、みなまで言うな。わかっている、わかっているとも山口。いやさ、英雄! どうせ颯爽と薄倖はっこうの美少女を助けたんだろう? それかあれか? 卑劣なひったくり犯を身をていして捕まえたか? なんにせよ、英雄、yeah,you! ザ・名誉の負傷!」


「ああ、マロ」


 今しがた教室に入って来たマロ(本名:樋口君麿)へ、僕は軽く頷きました。


「マロも夏季講習取ってたの? 昨日はいなかった気がするけど」

「ザ・スルー! 痺れるぜ山口、正に電気クラゲ。昨日はちょっと、アマゾンまで行ってアマゾネスと仲良くなって来たんだ。おっと、通販会社のことじゃあないぜ」

「そう、良かったね」

「またしても、ザ・スルー! 痺れるぜ山口、正に6万ボルト。本当は葬式だか法事だか違いがわからないが、そんなのがあったんで行けなかったのさぁ。嗚呼、出来ることなら夏休み中ずっと葬式が続けばいいのに」

「不謹慎だよ」

「じゃー、地震雷火事親父が続けばいいのに」

「わけわからないよ」


 マロは僕を見てやたら不敵に笑います。


「ふふっ、こんなことも理解出来ないとは。山口もまだケツがスカイブルーだな。お前なんかもう山口じゃない。濱口だ濱口、やい濱口」


 そうして意味不明なことをわめきながらマロ僕の隣に座りました。

 マロは二年生の時のクラスメイトで修学旅行の班も一緒だったりと、比較的交流のあった友人でして、何故か僕は気に入られているようなのです。きっとそれは僕が彼の意味の無い戯言ざれごとに、(他の人と比べたら)無視しないで付き合っているからでしょうか。


 僕は彼の戯言が嫌いではありませんでした。付き合っていると、まるで世界の螺子ねじが外れてバラバラに分解されていき、そしてその中を当ても無くふわふわと漂っているような不思議な気持ちになるからです。そう、あたかも空に浮いているかのような。


「ねえ、マロ」


 僕はふわふわと言いました。


「なんだ濱口。愛の告白ならしかる後に受け付けよう」

「いや、違くて、空はどうして青いのかな」

「かき氷のブルーハワイみたいで美味そうだからだろ」

「じゃあ夕方は」

「いちごシロップに決まっておろうが」

「夜は?」

「チャレンジャーがあんこだけかけて食そうとしてるからだ。ちなみにけっこうイケる」

「……そんなにかき氷食べたいの?」

「いや、むしろソフトクリームが食いてい」


 そんなこんなしているうちに、猫山田さんは知り合いとやって来て他の席に座り、講義が始まりました。

 ちなみにマロは講義開始直後から、漫画雑誌を読み耽っていました。読み終わると寝ました。いえ、僕は頑張ります。

 講義は今日も退屈です。



   ✚



「さー、これで今日の授業は終わりだー。くそったれな・な・な・缶詰からの解放っ! 素晴らしい、ハラショー! 平民総理はハラケー!」


 本日最後の講義が終わると、マロは弾けるようにして立ち上がりました。


「爽快、徘徊、日本は大政翼賛会! さあ帰るぞ山口!」

「あれだけ寝たいたはずなのに、何故にそこまで日本史の単語が出て来るかな……? というかそもそも日本史じゃなかったし」

「俺の頭は小コスモス!」

「なるほど、お花畑ということだね」


 僕はリュックサックを背負ってから、松葉杖を頼りにゆっくりと立ち上がりました。やれやれだぜ。

 マロは僕の前に立つと、先導するかのようにすいすいと進んで行きましたので、僕は必死でついていきます。


「やー、まあそれにしても結構しんどそーだな、それ」


 しばらくしてからマロは松葉杖を指差します。


「かなり疲れる」

「気のせい――」

「じゃないから」


 疲労も相まってあごを上げると、そこには電線の走った青空がありました。空は有限かつ共有で、ついでに地下も同様です。

 たとえ「翼を下さい」との願いが叶ったとしても、果たして僕達は自由になれるのでしょうか。嗚呼、自由な空は何処いづこに。


 ちょっとしょんぼりな僕を励ますつもりか、マロが喚きます。


「山口、元気を出せよ。骨折がなんだ! 受験がなんだ! 安心しろ、人生は無限大だ!」

「うん、だから何?」


 そんな風に言われるとむしろ不安なのですが。

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