9 高校野球の審判 

 A高校では、2年間野球部の顧問をしていました。

 A高校では、クラブの顧問を決める時期にそれぞれの教員が紙に希望を書いて、それを集計した表を見ながら係の教員が適当に割り振って案を作り、それが職員会議で承認されて決定していました。だいたい日曜日・祝日などに顧問の教員が学校に出てこなければならないような盛んに活動している体育系のクラブの人気が低いのが通例でした。

 私はたまたま野球が好きだという理由だけで高校野球の経験がないのに野球部の顧問を希望したのですが、日曜や祭日に練習試合のために学校に行く機会が多く、やってみて「失敗したかな」と思うこともありました。

 事務職員の方で高校野球の経験者がいてその方が監督をしてくれたのですが、教員が一人以上参加していないと活動してはいけないことになっているので、私ともう一人の顧問の先生が交代で日曜・祝日でも活動のある日は学校に出て行きました。

 私のいた学校は高校にしてはグランドが広く、よその学校のチームが来て練習試合をすることが多かったと思います。私はほとんど毎回練習試合の審判を務めていました。監督はベンチに座って支持をださないといけないし、選手が審判を兼ねるよりは教員がやった方がいいに決まっているので、そうすると私が毎回やることになってしまいます。

 野球の審判は、一球一球必ずかがんだ姿勢をとって球筋を見極め、「ストライク」「ボール」をコールしないといけないのでなかなか骨が折れるものでした。

 審判をやっていて一番印象に残ったのは、キャッチャーの性格・キャラクターや言動と審判(自分)の心理との関係です。

 キャッチャーと審判とは長期間至近距離にいるので、いろいろと伝わってくるものがあり、特にキャッチャーが判定に不服な様子を見せるとどうも気になります。自分の審判経験が少なく下手だということも当然あっただろうと思いますが、審判経験者同士で話をすると多かれ少なかれみんな似たような経験はあるようです。

 どうすればいいのか考えて、審判をするようになって半年くらいして始めたことは、キャッチャーがボールの判定に不服な様子を見せた時に左右と上下のどちらで外れているのか言ってあげることでした。意外と効果があり、わりあいキャッチャーが不服な様子を見せる場面が減りました。

 ところで、自分の学校のチームにはキャッチャーをしている子が二人いて、その二人はまったくタイプの違う子でした。

 名前はA君・B君としておきます。

 A君は学校の勉強がよくできて顔立ちのスッキリした知性派で、ストライクだと思った球をボールに取られてもあまりイライラせず、最初のうちは「えっ、ボールですか」と若干の疑念をはさむような言い回しをし、それでも同じような球をボールに取られると「ああ、ボールか」と悲しそうな声を出しました。

 B君は顔にニキビがたくさんあるやんちゃ坊主のようなキャラクターで、A君とは審判に対する態度が全然違います。判定に疑問があるとイライラし始め、時々振り向いてギロリとした眼で睨み、「今のがボール」と非難するような言い方をしました。

 当然と言ってはいけないのかもしれませんが私にとってはA君の方が印象がよく、もちろんいつも変わらず公平に判定するように心がけてはいたのですが、A君がキャッチャーをしていた時の方が自分の学校のピッチャーに甘い判定をしていたような気がします。

 審判も人間なので知らず知らずのうちに人に対する感情がジャッジに影響してしまうのでしょう。

 今振り返ってみると、「相手を非難するのではなく、自分の心情を訴える話し方をする方が相手の印象がよくなる」という法則が、高校野球の世界でも役に立つことがわかり、興味深いところだと思います。

 また、イライラしないで冷静でいたり、イライラしてもそれを態度に出さなかったりすることは大切なんだな、とも思います。

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