1 怒りの定義
怒りに対してどのように対応したらいいかを考えるには、「怒りとは何か」を考えることが大切です。全然正体がわからないことに対してちゃんとした対応をすることはできません。
「怒り」というのは人間の感情なので、人間の感情を扱う学問として一番メジャーな心理学でどのように言われているか知ることも、参考になるものと思われます。
一般的な心理学の定義を見てみます。
基本的な感情の一つで、欲求充足が阻止された時にその阻害要因に対して生じるもの
「充足」「阻止」「阻害要因」と、やや固い表現が出てきますが、難しいことを言っているわけではありません。慣れれば、簡潔でなかなかよくできた定義だと思う人が多いのではないでしょうか。
逆に「簡潔すぎて味もそっけもない」とも言えますが、定義というのはもともとそういうものです。
しばらく、この定義の中に出ている言葉を見ていきながら、この定義について考えます。
欲求
「欲求」という言葉は、やや難しめの言葉ですが、単に「欲」あるいは「欲望」と言ってもだいたい同じ意味です。心理学では「欲求」という表現がよく使われます。
この場合の欲求は、いろいろなものを含んでいます。
「食事をじゃまされて腹が立った」「寝ている時におこされて怒った」という場合の食欲とか睡眠欲。これらは、単純で生物学的なものです。
それでは、「高校生や大学生が、親に自分の考えている進路を反対され怒っている」という場合に阻止されそうになっている欲求は、なんと呼べばいいのでしょうか。
自己実現欲と呼べばいいのかもしれません。なりたい職業がスポーツ選手や芸能人などであれば、有名になって多くの人から承認されたいという名誉欲も含まれているのかもしれません。
また、自分の考えている社会常識に反することをされた場合に怒ることもあります。
例えば、電車の中でお化粧をしている若い女性に対しておじさんが腹を立てる場合。
これは、何欲と言えばいいのでしょうか。「他人にも、自分の考えている社会常識に乗っ取った行動をとって欲しい」という欲求です。支配欲と言うと少し大げさなような気もするし、特にこれという名前はついていないのかもしれません。しいて言えば「秩序を求める欲求」ということでしょうか。
こうしたいろいろな欲求に対して、その「充足を阻止された」場合に怒りが生じます。
充足が阻止された
「充足が阻止された」時に怒りが生じるということは、「順当にいけば(阻止されなければ)充足されるはずである」「充足されるべきである」という「予想」「予定」あるいは「期待」があったと考えるべきでしょう。
「チキショー、オレが思っていたことと違うじゃないか」と怒っている人には、「オレが思っていたこと」というものがあって、それと現実が一致しないことから怒りが生じているのです(突然殴られたり、寝ているところを起こされたりしたときなどの瞬間的に生じる、原始的で単純な怒りはやや例外的)。
こういった怒りを感じる元になっている考えを、直接的に「『~べき』思考」と言う場合もあるし、それ以外の言い方としては、「心のメガネ」とか、このことを表す英語をそのままカタカナにして「コアビリーフ(確信の核となっている部分・価値観)」と言うこともあります。
どの言葉にもそれぞれ一長一短ありますが、場合に応じて予定、期待、またはコアビリーフ(「~べき」思考)という言葉を使い分けることにします。
「充足の阻止」という言葉を少しかみ砕いて言いかえると、「充足されるという予想のはずれ」「充足されるという予定の狂い」「充足されるという期待と現実の不一致」といったことになります。
先の、親に自分の考える進路を反対されたという例で言えば、その高校生は、「将来何々になる」という予定を狂わされそうになっています。
電車の中でお化粧している若い女性を見ておじさんが腹を立てる例だと、「その人が考えている社会常識からすれば、電車の中ではお化粧する人などは見ないですむはずだ」という予定が狂ってしまったわけです。
「歩道を歩いていたら後ろから自転車が走ってきて、よけなければならなくなり、腹が立つ」という例を考えてみると、「歩道を歩いていれば、自転車をよけたりしないでも歩けるはず」という予定が狂っています。
一番わかりやすい例は、囲碁や将棋で「待った」をされた場合です。将棋を指していて、相手が悪い手を指し、「しめしめ、これは悪手かもしれない。これは、勝てるかもしれないぞ」と考えている時に、「待てよ」と言って、別の手に変えられてしまうと怒る人が多いと思います。最初から、(悪手ではない)普通の手を指していれば、別に何事もありません。
この場合、「相手が悪手を指した。これで形勢がよくなったり勝てたりするかもしれない」という予定・期待が覆されたことから怒りが生じています。期待を持たされてから、それが裏切られたところがポイントです。
このように見てくると、怒りを感じる時には、その原因として「予定の狂い」「期待と現実の不一致」というものがあることがわかります。
ですから、この予定なり期待なりコアビリーフ(「~べき」思考)なりと、自分及び自分をとりまく現実との関係が、怒りを考えていく上で重要です。自分及び自分をとりまく現実と相性の悪いコアビリーフ(「~べき」思考)を持っている人は、怒る場面が増えてしまいます。
阻害要因
阻害要因もいろいろあります。
他人の場合が多いのですが、必ずしも他人とは限りません。自分に対して腹を立てる場合もあるし、相手が人間でない場合もあります。
また、阻害要因というのは、客観的に決まるのではなく、怒っている本人が主観的に決めるものです。もちろん、主観的に決めたという理由だけで、それが客観的に見て「間違っている」とか「根拠がない」というわけではありません。ただし、主観的に決めることができるものなので、別の考え方をする余地が残されている場合が多いことは事実です。
後の章で扱いますが、「阻害要因をどのように考えるか」というのは、怒りとつき合うための大きなポイントです。
例えば、学生が試験で悪い点を取った時、「チキショウ、こんなわけのわからない問題と出しやがって」と出題した先生に対して怒る場合もありますが、「なんでさぼってばかりいてちゃんと勉強しなかったんだ」と、過去の自分に対して怒る場合もあります。
また、麻雀で負けたとき、悔しくて相手に対して怒ることもありますが、いい牌をつもれなかった「運の悪さ」に対して怒る場合もあります。
家族が病死した時、不治の病で倒れたのであれば、怒りではなく悲しみが湧いてきますが、医師の医療過誤によって死んだのであれば、悲しみ以外に担当医師への怒りも生じます。
東日本大震災で福島の原発の被害に遭われた方の場合、東京電力に怒りを感じる人や経済産業省に怒りを感じる人、誰に責任があるのかわからないまま物事が進んでいく日本社会のシステムそのものに怒りを感じる人、運が悪かったと考え怒りなど感じない人など、いろいろな人がいると思います。
たまに、どうして予定が狂ってしまったのか原因がわからず、「何に対して怒りをぶつけていいかわからない」と言って怒ることもありますが、基本的には「何か=阻害要因」に対して生じるものが怒りです。
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