第二章 まっさらな産声

第五話

 じっとりと汗ばむような蒸し暑い夜。南地方特有の気温の高さとジメジメとした湿気で、天幕の中はやや息苦しさを感じるほどに暑い。そんな暑さのせいだろうか。なかなか寝付けずにいた黒髪ウルラの少年は、天幕をそっと抜け出した。


 夏仕様だという薄い布サシュで覆われた天幕の入り口をくぐり抜けて外へ出れば、ウェーラの暗さと外の解放感のお陰か、天幕のなかにいるよりも幾分か涼しさを感じる。


 ゆっくりと、静かに。寝ている同胞を起こさないように気をつけながら、少年はサーラナの光に照らされて輝く小川の畔へと足を進めて行く。


 かさり、と小さな音を立てて少年は川の縁へと腰をかけた。ゆるりと流れてゆくスーリに、火照った両足を浸してゆく。冷たく心地よいスーリの流れに目を細めながら、少年は柔らかい光を放つ銀色の月イリルザル・サラナをぼんやりと眺めた。


 唐突にさわり、と吹いた風が少年のウルの髪を揺らす。少年が何かに気づいたように振り返ると、そこには先程まで居なかった男が一人、音もなく立っていた。


 「……眠れないのか、ハルト」


 褐色ジゼの肌とイリルザルの髪の特徴が目立つ大柄な男は、少年ーーハルトに声をかけ、その隣にドサリと腰を下ろした。


 「……今日は少し、寝苦しくて。ガルド兄さんこそ、どうしたの?」


 「この暑さだからな。目が冴えて外に出たら、お前が歩いてゆくのが見えた」


 ちゃぷり、と足を浸した水が音を立てて小さな飛沫を上げる。宙に浮いた後に波紋を生みながら水面に落ちゆく雫が、サーラナの光にきらめいて美しい。たまに吹く緩やかな風が草を鳴らす音を聞きながら、二人は穏やかなウェーラの中に腰掛けて、ただ、在った。


 「……ここでの暮らしには、慣れたか」


 心配気な色を乗せた声にハルトはガルドを見上げた。厳しい顔付きで分かりづらいが、赤銅色アルジューザの鋭い瞳の奥には確かにハルトを気遣う色が見えて、ハルトは柔らかく微笑んだ。


 「ガルド兄さん……大丈夫だよ、みんな優しくてあったかいから。そっか、もう少しで流浪の旅団ミーネラ・エラに拾われて一年が経つんだね」


 あっという間だったなぁ、と息をはいて、ハルトは思い出すかのように目を閉じた。

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